魂と尊厳(Soul and dignity)その37
「うわ、……こいつはひでぇなぁ」
周囲を見回してクリアリングを行い、安全を確認した田島は嘆息する。
通信途絶している現状、このまま待機していても仕方がないとの判断により、施設内に入ったものの、入った先では外部よりも一段と凄まじい光景が広がっていた。
明らかに銃撃によるものであろう弾痕が壁や天井、床に至るまであらゆる場所に刻み込まれ、あちこちに倒れ伏した誰かの姿。そのいずれもまた絶命しているのだろう、誰も彼もピクリともしない。
「しかし、何者の仕業だろうな?」
「さぁな」
いずれにせよろくでもない連中だろうさ、とボヤきつつ、進士は近くに倒れている何者かの持ち物を確認している。
「まぁ、本人確認出来るような代物は持ってはいないようだ」
「そりゃま、当然っちゃ当然だわな」
何せここは日本なのだ。そこに明らかに銃火器で武装した戦闘集団。しかも取り外したヘルメットの下から出て来た顔はどう見ても日本人ではない。つまりは彼らが本来ここに存在してはいけない者だという何よりの証左。
「さてと連中の組織は何処だと思うよ?」
「知らん。何処でもいいさ。どの道僕達のやる事に変わりはない」
「そりゃそうか。とは言え、だ」
不意に田島が銃を構え、壁に張り付く。同時に進士もまた反対側の壁に身を隠す。
田島がいち早く誰かの気配を察したのだ。
すると数秒も経たずにざ、ざ、という足音が耳に届いた。一歩一歩はお世辞にも早くはなく、かなり間隔も空いている。だが間違いなく何者かが近付いて来ている。それに近付く毎にか細い呻き声が聞こえる。田島と進士は互いに頷き合い、飛び出そうとした瞬間。炎の矢が吹き抜け、何者かへと着弾した。
「「…………」」
唖然をする両者を尻目に、ズカズカと美影が進み出ると「何してんの? さっさと確保」とまるでゴミでも見るかのような冷たい視線を向けながら、吐き捨てるように言い放った。
「で、何か分かった?」
「あのなぁ、そうそう簡単に尻尾を出すような連中ならこんなに手間取ったりはしてないんだよ。進士、どうだ?」
「つい今さっき負ったであろう火傷よりも銃創の方が酷い」
「だってさ」
「別にフォローになってないわ」
反射的に相手を燃やした事に流石に反省したのか、美影はばつが悪そうに顔を背けた。
「だってさ」
「うるさいぞ、一。それに問題はない」
と言うと進士は目を閉じ、呼吸を整え出す。そうして何度かの深呼吸をした後に何者かの手を握る。
「下手に尋問するよりもこちらの方が有益だしな」
美影に対するフォロー込みの一言を告げると、イレギュラーを使い、観る事に専念し始めた。
◆
刹那、進士は様々な情報を垣間見た。
それらはまるで記録写真のような、静止画のような場面を描き出した一枚絵のような物。時系列は揃ってはおらず、この建物の壁にまだ傷一つないかと思えば次の瞬間にはボロボロになったり、とてんでバラバラ。まるで繋がりを書いたパラパラ漫画の様な物であり、とてもじゃないがこれらを瞬時に見せられても何が何だか理解するのはまず困難だろう、普通であれば。
だが進士は違う。彼にはこの繋がりに欠けたパラパラ漫画の流れが理解出来る。よりより正確にはその流れ、繋がりが予測可能である。
彼のイレギュラーである、不確実なその先はこれから起きるであろう、様々な可能性の予測がその真骨頂。ほんの僅かな先とは言えど、未来を予見する異能。今、彼が行っている行為はそれとは真逆の、過去に起きた事の予測。
されど難易度としては未来も過去もさほど変わらない。これから起きる事にせよ、これまでに起きた事にせよ時間に換算すればせいぜい数秒。その程度であれば誰にだっていつかの可能性を想像するのは難しい事ではない。
だが進士のアンサーテンゼアは違う。そういった様々な可能性をそれこそ無数に浮かばせ、選択させる。その上で次の可能性をまた予測。同じく選択させる、という流れを繰り返すというのを瞬時に行う。常人ならば脳の処理能力の限界を超える様な多大な負荷がかかり、倒れかねないような作業。それを彼は行っている。当然ながら負担は大きい。しかし、今回の場合は通常よりは難易度は低い。何せそこに倒れている何者かがいるから。何もない状態からの予測よりも物言わぬ屍でもあるだけで判断材料にはなる。顔に張り付いた表情から感情が予測出来る。その右手に握り締めたアサルトライフルと、左手で抜き放とうとしていたナイフからは、どういった状況で没したのかが予測出来る。周囲を見回すと、足跡らしき痕跡も見て取れる。これで足取りも予測可能。その上で全身についた泥や埃、ブーツに残った虫の潰れた跡からここまでの経路も予測可能だ。これだけの痕跡、証が残っていれば本来のイレギュラーとは真逆であろうが何の問題があろう。
無数のパラパラ漫画のような断片が編纂されていく。
時間に換算すればおよそ二秒足らず。
進士の脳内で予測は成立した。