魂と尊厳(Soul and dignity)その31
イタいのはいつものコトだ。
叩かれたり、蹴られたらイタい。腕とか足とかを思いっきり掴まれたらイタい。ホネがおれたらイタい。刃物で刺されたらイタい。内臓が出たらイタい。溶かされたり、灼かれたり、凍ったらイタい。でも大丈夫。イタいのはいつものコト。涙も出ない。だって、もう、そんなの慣れっこだもの。
イタいのはキライ。でもイタいからって泣くのはもっとキライ。
泣いたら、白い服を着たイヤな人が笑うんだ。だから泣くもんか。
イタいのはキライ。でもガマンするんだ。泣いたらきっともっと、イヤなコトが起きてしまうに決まってるのだから。
だから、イタくてもガマン。血が出たって、身体が動かなくたってガマン。ケガなら治る。だから、こんなの平気、ヘッチャラだ。
◆
肉食獣を思わせる獰猛な笑みの裏側で。零二は腹部の激痛に抗う。
まるで食材を攪拌でもするかのような手際で、腹をかき回された。内臓がグチャグチャにされ、これだけでも悶絶どころじゃない、ショック死しても不思議ではない。
なのに、それだけの重傷にもかかわらず、血の一滴も流れていなければ、腹部にも傷はない。体内の、中身だけがピンポイントでズタズタになっているのだ。
その不自然さに脳の処理が追い付かないのか、さっきから違和感に起因した吐き気を覚えている。
いっそ吐瀉してしまえば楽なのかも、とは理解している。だがそうすればあの薄気味悪い相手が喜ぶに違いない。だからそうならぬように堪える。
つまるところは。
(ま、いつものこった)
零二は自分が弱いとまでは思ってはいないものの、かといって強いとも思ってもない。
もっと小さかった頃、白い箱庭での実験という名の殺し合いからカウントすればそれなりの場数は踏んでいるとは思う。だから自分の強みは何かと問われれば、同年代の同類と比較すれば経験豊富という一点。だからこそ、今日まで生き延びてきたのだろうとも思う。
マイノリティ同士の戦いに限った事ではないが、戦いの基本とは情報を如何に活用できるかどうかである。
ポーカーに例えるなら、自分のイレギュラーはバレてしまい、その一方で相手の手札はまだ完全には分からない状態。
クリムゾンゼロこと武藤零二は、数々の戦いの末にそのイレギュラーがどういうモノなのか周知されている。故に対策を打たれ、苦戦を強いられる事も多いのだが。彼は未だにこうして生きている。
「貴様アッッッ」
突如激高した相手を零二は、冷静に見定める。
ツンツン頭の不良少年にとって、目の前で対峙する相手は御しやすい。
何せちょっとした挑発で簡単に激怒。こうして感情を露わに襲いかかってくるのだ。
ここまでの戦闘により、イレギュラーに関しても遅ればせながらおおよそ当たりは付いた。
確かに簡単な敵ではない。厄介な能力だ。実際、身体は酷い状態に陥っている。
気を抜けば、気絶してしまってもおかしくはない。
(だが、──そンだけのこった)
まだ手足は動くし、イレギュラーだって遣える。であれば問題はない。
今にも途切れそうな意識を保つ意味でも、頭を働かせる。
(さっきのは、何だってンだ?)
先手を取られるのは分かり切っていた。だからこそ敢えて先に攻撃をさせて、それを受けた上で反撃する腹積もりだったのだ。それがどういう訳だか、見事なカウンターが入った。
(単に速度、──じゃねェな)
だが実際、気付けば相手の動きに対応していたのは事実。
(なら何に反応してた?)
思考を巡らしながらも、その目は油断なく敵へと向けていると、相手は再度姿をくらます。
「ったく、タチの悪いホラー映画みてェだわな」
こうして目の当たりにしても、冗談みたいな気分になる。そこにいたはずの敵がすう、とその身体を地面へと沈み込ませる様はやはり異様だった。
「さて、どうすっか」
さっきのやり取りがどういった理由なのかは未だ分からない。
「でも、ま」
何故か自信があった。次も対応出来るという確信があった。根拠など何もないが、負けるとは微塵も思わなかった。
ふぅ、と小さく息を吐く。目を閉じ、意識を集中させる。
心眼などないのは分かってる。
(マンガとかアニメならこういう場合、パッと開眼するけどもよ)
世の中がそんなご都合主義ではないのは、身に染みて分かってる。
痛みの事は一旦忘れる。ただ意識を傾ける事だけに集中。殺意、殺気ではない。何か別のモノを感じ取るべく、ただただ意識を集中させていく。
何秒、或いは何分経ったか。見えない相手は再び姿を見せた。
音もなく真っ正面から飛び出し、間髪入れずに心臓へと手を差し出す。ブッチャーには分かる。壁の、地面の外側で敵がどうしているのかが分かる。視えるのではなく、肌で感じる。だからこそ常に先手を、有利を取れるのだ。何度も背後を突かれればどうしたって意識は背後に向けられる。その為真っ正面からへの対応は遅れる、そのはずだ。
「なにぃっっ」
にもかかわらず、差し出した手は何も掴んでいない。
一体どうやったのか。
零二は一歩、いやほんの一〇センチ程後ろに身をそらしていて、まさしく薄皮一枚、紙一重で殺手を逃れている。
「ば、ば────」
見えないはずの、必中のはずの自分の攻撃が空を切り、──そこに拳が突き出され。
「ブッ飛べ」
カウンターの右ストレートが相手の顔を正確に撃ち抜いた。