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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 17
600/613

魂と尊厳(Soul and dignity)その30

 

「な、んだと?」

 自分にかけられた言葉が信じられない。

「今、何と言った?」

 思わず聞き返す。どう考えてもおかしい。そんな筈がない。

(私は、芸術家だ。作品を作り出す者だ。誰も彼もが等しくその為の材料に過ぎない)

「貴様アアアアアアッッッ」

 激高した継ぎ接ぎだらけの男が地面へと姿を沈み込ませる。

 またしても姿を消した相手。だが、零二に焦りの色は一切ない。

「────」

 沸騰していた肉体の温度を低下させ、エネルギーを消費を抑える事に意識を傾ける。

「さて、と」

 ふぅ、と小さく息を吐く。ここで深呼吸など以ての外。隙が大きくなれば、付け込まれる可能性はより大きくなるのだから。

(ま、やっぱ分からねェわな)

 耳を澄ましても、聞こえないモノはどうしようもないし、目を閉じた所で今この場にて心眼に目覚める訳でもない。

 正直言って後手後手。さっきの反撃だってそのつもりはなかったかもだが、相手が油断していたのが大きい。また同じように出来るか、と問われれば、まぁ現実はそう甘くはない、といった所だろう。

(じゃ、どうすっかだけどよ)

 熱を探知するのはどうか、と考えだが却下。確かに熱源を辿る事は可能だろう。地面という一種の壁に阻まれている以上、どうしても察知するのにはひと手間かかってしまう。

(アイツだったら違うかもだけどな)

 脳裏に浮かんだのは美影の姿。認めるのは釈だが、自分よりも精密にイレギュラーを手繰れる彼女であれば相手が地面にいようとも問題ないのだろう。

「ま、アイツはアイツでオレはオレだよな」

 誰も彼もが同じように解決出来るというのも何とも気分が悪い。問題の解決策は千差万別、個々人によって違って然るべきだろう。

「なら、何とかするっきゃないわな」

 今現在、自分に出来る最大限の手段に思い至り、零二は不意に脱力してみせる。いずれにせよ後手に回るのは確定なのだ。飛び出してくる相手を如何に素早くこちらが反応出来るかどうかの勝負だ。

(ならよ、なるだけリラックスしとかなきゃな)

 執事兼師匠役でもあり、後見人でもある秀じいに言わせれば、この程度の状況など窮地でも何でもない。

(要するに、ちぃっとばっかコッチに不利なだけだからな。だったらよ)

 思い浮かべるのは数々の状況。伝説の武侠と呼ばれた老人によって課せられたハンディキャップ。

(見えないってなら目隠し。聞こえないってなら、耳栓してるってこった)

 未だにその首に多額の賞金がかけられており、いついかなる時でも殺し屋に狙われる可能性のある身だからこそ、それはありとあらゆる状況を想定しておくとの名目で負わされた数々の条件。


 “宜しいではありませぬか。常在戦場。他の者ならそうそう味わえぬ経験です“


 この状況をこそ糧により強くなればいいだけの事、と事もなげに告げ、破顔一笑する老人。あまりにも嬉しそうなその笑顔に引きつった笑みを返す他なかった事を思い出し、零二は苦笑。その上で「つまりはさ、──こンなの大した窮地じゃねェってこった」と自身に言い聞かせた。



(クソガキがクソガキがクソガキがああああああああ)

 継ぎ接ぎの男こと背外一政は久方ぶりの感情が湧き上がっていくのを感じる。

(あのようなガキが、私がこのおれが虚仮に、馬鹿にしやがって)

 まるで焼けるような、いや、炎の如く燃え上がるような怒りが身体中を駆け巡るような感覚。こんな感情が自分にあるのだとは思ってもいなかった。

(私は芸術家だ)

 自分という存在は作品を造るモノ。他人による評価など関係ない。

(私は心を満たせるモノを造り出すモノだ)

 古今東西、世界中を見回して見ても同じ様な存在は大勢いる。

 果たして現在、世界的な芸術家達の内で、生前から名声を得ていた者がどれだけいる事やら。中にはそういった者とていよう。だが、多くの芸術家、その作品が評価されたのは、死後である。つまりは、作品についての評価などその程度。見る目のない愚人達が高尚なる芸術を理解するには時間が必要。

(ああ、そうだ。あのクソガキは愚人達の権化なのだ)

 つまりはそういう事。ああいった愚人こそ自分を始めとした、偉大なる芸術家達にとって、不倶戴天の敵。

(ああ、どうしてやるべきか)

 一瞬で殺すのではあまりにもつまらない。出来うる限りの苦痛を与え、あの小生意気な顔を絶望に染め上げてやらねば。

(四肢を引き裂き、腸を抜き取って、背骨を引き抜いて、最後に首をもいでやる)

 そこまで考えてようやく気分が収まる。タイミングはいつでもいい。

 地面のみならず、中に沈み込んでいる間は五感が研ぎ澄まされる。相手がどれだけ警戒しようとも関係ない。先手は常にこちらにあるのだ。

 負ける筈などない。冷静でさえあれば無敵なのだ、と気分を沈め、解体者(ブッチャー)と呼ばれる男は一気に地の底より浮上。

(簡単だ、いつも通りに)

 その手を相手に入れるだけ、それで事足りる。それだけでどうにでもなる。



 ◆



 音もなく解体者が地面から飛び出す。

 完璧と云えるタイミング。相手の背後。距離は五十センチ。この距離ではまともな反撃など出来ぬ。

「死ねッッッ」

 声で位置を察しようが最早手遅れ。こちらはただ手を前へ差し出すのみ。これで終わりと利き手を前へと突き出す。

 決着の一手だが、ここで予想外の事が起きた。

 相手の中を突き通す筈だった手は空を切る。いるべき筈の相手の姿は一歩前。

「ば、か──」と言葉を言い終わる前に小生意気な小僧は反転。尋常ではない、超反応と言って差し支えない超高速から一歩踏み出し──白く淡く燃え輝く拳を突き返す。

「──が、きゃはっっ」

 よもやのカウンターに、意表を突かれた継ぎ接ぎだらけの男は、為す術なく拳の直撃を受けた。ズシンとした鈍器のような重い衝撃が鼻を中心に顔全体に生じ、次いで激烈な痛みが襲いかかり、涙が視野を狭める。足元がおぼつかずに、そのままフラフラと二歩、三歩と動いて地面に尻餅を付いた。そのまま数秒が経過。

「バカな────────」

 まさしく茫然自失。何が起きたのか全く分からない。どうして自分はこうなったしまったのか、何よりも、見下ろしているはずの素材がこちらを見下ろしているのか?

「く…………」

 不敵としか言えない表情。狙われていたはずだ。いつ襲いかかられるのか分からない状況。一方的に攻撃を受けるという恐怖に、呑み込まれるはずだのに。

「ン、どした? もう終わりかよ」

 どうして素材がこうも獰猛に嗤っているのか? 芸術家たる彼には理解出来ようもなかった。


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