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早朝の調査

 

「ふぁーあ……ねむ」

 四月五日。その早朝朝六時。

 少女は、歌音は駅前にいた。

 その服装は彼女が最近お気に入りにしているファー付きのモッズコートで色は濃い緑。それにピンクの長袖シャツに星形のペンダント、これはこの数日で事件絡みで”友達”になった神宮寺巫女とお揃い。下は茶色のスカートに更に下に黒のスパッツだ。

 家族には友達と朝から遊ぶ為、と嘘を言っている。

 一応、彼女は学生生活を努めて真面目にこなしており、今の所”優等生”というイメージを周囲の人間に印象付ける事に成功している。相棒である武藤零二とは真逆のイメージで自分の事をカバーしている。

 もっともそれ故に、優等生のイメージを崩す様な行動が表向きには、出来ないのが問題ではあったが。

 だがこうして嘘をついても、日頃のイメージにより彼女はまず疑われない。例外は星城家の長男である星城聖敬位だろう。

 何故かあの兄の前では普段何の問題もなく使い分けている優等生の仮面が使えないのだ。だから彼の前でだけは”素”の自分が出てしまう。つまり皮肉屋で反抗的で、自堕落な自分が。

 そんな面を知っているのは聖敬以外なら、相棒である零二くらいだろうか、もっとも彼は歌音の姿を見た事などないが。


 いつも人でごった返す九頭龍とはいえ、流石に朝六時ともなるとまだ駅前を行き来する人もまばらだ。

 そう言えば自分が始発電車に乗ったのも随分久し振りだったな、とか思う。

 とりあえずただ漠然と待つのも時間が勿体ないので、歌音はバックから昨日のラノベを取り出すと栞を挟んだページから読み始めた。小腹もすいたのでとりあえず駅のコンビニで買ってきたドライフルーツを取り出すと、口に入れる。

 最近の彼女のお気に入りはドライストロベリー、つまり苺だ。

 酸味と甘味が程よくミックスされており、口の中で広がる様だ。

 そこにソーダを流し込むのがお気に入りだった。

 スーッ、とした刺激で眠気と、小腹も紛れる。

 そうしてしばらくして。

「カノン、お待たせ」

 歌音に声がかけられる。その音で相手は分かっているので、顔は動かさずに視線だけ向ける。

 黒のフード付きパーカーに茶色のチノパンを履いたトーチャーが手をあげて歩み寄って来る。その傍らにはリュウの姿。その歩みに力を感じないのは、まず間違いなく拷問嗜好者が丹念に、入念に責め苦を与えたからであろう。

 ちなみに歌音はここで相手を待っている間に耳を澄ませ、不審な会話が聴こえないかを試みたが、そういう人物は周囲には特にいない。


 一応、歌音にしろトーチャーにせよ、表向きには、WDのエージェントである事は身内にすら極秘であり、誰も二人がマイノリティである事を知らない。九条羽鳥は自分直属の、子飼いのマイノリティのデータを公開していない。

 せいぜいがコードネームと簡単なイレギュラーについての記載。

 理由は様々だが、例えば零二の場合は、

 ──あ、それ多分オレが焔を使えねェからだな。

 そうアッサリ話していた。

 彼の場合は、九頭龍に来るきっかけになった研究施設の壊滅に伴って、イレギュラーを封印した事を九条羽鳥が隠蔽したからだそう。

 ──別にバレても構わねェって言ったンだけどよぉ、姐御がそれではより狙われるって言うから、まぁしゃあなしで。どのみち狙われるのは一緒なンだけどな、ハハハッッ。

 本来なら機密扱いの情報をあんなにアッサリ笑いながら話され、逆に戸惑った位だった。

 零二は、今でも命を狙われる身だ。大金を、それ以上に人的資源を注いだ研究を施設諸共に文字通りの意味で灰燼にせしめたのだから、恨まれるのはある意味で当然だ。

 なので九条はどうせ狙われるならば、と支部のある区画にわざわざ零二が、彼を狙う刺客が戦える場所まで用意した位だ。

 先日、九条に何故執拗に狙われるのかを尋ねた。その際に零二を殺したがっている連中の目的は二つある事を聞いた。

 ──まず一つは怨恨の解消。これが大多数の理由です。俗物の考えですのであまり気にはなりません。

 問題はもう一つですが、武藤零二の肉体を回収したい者がいるのです。彼の身に宿っていた焔はとても【ユニーク】な物で、それを研究したいという思惑です。こちらの方がより厄介です。

 そう話を聞いて思わず寒気がしたのを覚えている。

 つまりあの一見すると、バカそのものにしか見えない相棒である不良少年は仮に死んでも、尚狙われる程の何かを保持しているのだ。バカそうなのに、あんなお気楽に暮らしているのに。

 ──ま、人生いつ終わるか分かンねェからさ、後悔だけはしないようにしてンだよ……ただそンだけだ。

 いつか言っていた言葉が突き刺さる様だった。


 ちなみに歌音の場合は彼女をWDに推薦した防人との契約らしく、他にも任務で九頭龍から離れる事は一切ない、等々制約があるそう。それに、彼女の役割は相棒たる少年の”首輪”なのだ。

 必要とあらば、相棒の命を絶つ。そんな最低の役割が彼女の意義なのだ。とても笑える物ではない。


 ──ノン、もし…………おい。


「な、何?」

 思わず歌音が振り返る。突然、それも勢いよく振り返ったので背後にいたトーチャーが尻餅をつく。

「……何だ、お前か」

 ビックリさせやがって、といわんばかりにふぅー、と息を吐く。

 どうやらいつの間にか物思いに耽っていたらしい。

「何だはないだろ、全くビックリだ」

 トーチャーは彼にしては珍しく軽く怒っている。

 ぞんざいな扱いに腹を立てたのかもしれない、そう歌音は思ったが別に気にしない。この拷問嗜好者は、この程度で本気で怒ったりしない事を知っているから。

(それに怒っているとして、その時はペットは八つ当たりね)

 そう思いつつ、リュウへ視線を向ける。

 目が合った瞬間、彼はその身をビクッ、とひくつかせる。どうやらトーチャーは相当に彼に仕込んだらしい。


「それよりも、この辺りで間違いないの?」

 歌音がトーチャーに尋ねる。

 かれこれ駅前から歩いておよそ一〇分。駅の東口から少し歩いた場所をさっきから歩いている。案内役のリュウはさっきからどうも様子がおかしい。しきりに周囲を見回しており、はっきりいって不審者としか思えない。

「ちょ、怪しすぎて目立ってるわ」

 歌音は思わず口を挟む。トーチャーもそれは重々理解しているらしく、何かを囁いている。

 あの緑髪の少年は相手の精神を侵食するイレギュラーを扱う。だからこそ彼の尋問という名の拷問に関してもおのずとそうした精神的な責め苦となる。

 対象の身体には必要以上に傷を残さない、仮に傷を付けてもそれを癒す事の可能な彼にとって尋問官という役は正に転職だった事だろう。

 だが、今回は様子がおかしい。

 リュウは突然悶え苦しみだす。

 膝をつき、頭を手で多い、呻き声をあげてのたうつ。

 トーチャーは咄嗟に”フィールド”を展開。

 一般人からの不必要な関心を引かないように対処する。


「トーチャー、これあんたがやり過ぎたからじゃないの?」

 歌音が傍らに立つ同僚に詰め寄る。

 その同僚は珍しく不愉快な表情を隠そうともせずに反論する。

「バカを言うな、こっちはそんなヘマをしたりはしない。これでもプロなんだぞ。……これは違う、こっちの仕込みとはまた別の物だ、多分ここらに」

 そう言いつつ、周囲を見回す。

 歌音も同様に見回して見たが、特に怪しい物は見当たらない。

「しょうがない、……少し【上】に行くわ」

 そう判断した歌音はここいらを見渡せる高層マンションへと走り出す。さっき通った駅の東口のすぐ近くなので、走れば数分。そこから最上階、具体的には屋上まで行くのにプラスで数分。恐らくは十分程度だろう。


「うぐあああああああ」

 リュウの呻きはいよいよ尋常ではなくなってきた。

 その声に呼応する様に全身の筋肉が激しく脈動、隆起する。

「マズイな、フリークになるのか?」

 一応、九条には連絡を入れていたが、このリュウは結論から言えば間違いなくマイノリティだった。ただし、目覚めたての為かその能力は然程高くもない。

 正直言えばどうでもいいレベルのマイノリティ。

 だが、記憶の欠損が見られた。それは彼が”パラダイス”を入手した近辺の事。そこだけが綺麗に欠損していた。まるで、何者かに記憶を”消去”されたように。

 本来であれば滅多に外に出ない、拷問嗜好者が外に出たのは、その記憶を消去した人物に遭遇出来るかも、という期待からだ。しかしそれは何者かに対する憧れからではない。

(記憶を消すだなんて……そんな最高の瞬間を消す奴は許せない。もしかしたら凄い苦痛を味わったのかも知れないのに――!)

 という、歪んだ怒りからだった。


「ぐあああああああっっっっっっ」

 まるで、断末魔の様な叫び声をあげてリュウは遂に変異し始める。その四肢は著しく肥大化し、まるで丸太の様。それは辛うじて人の形こそすれ異様な姿へと。

「あーあ、……間に合わなかったか。カノン」

 やれやれ、という仕草を入れ、……トーチャーはフリークと対峙せざるを得なくなった。


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