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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 17
596/613

魂と尊厳(Soul and dignity)その26

 

 背外一政という男は一見、何処にでもいるような男だった。

 中肉中背の目立たない、風采の上がらない男。

 年は三十代の後半から四十代の始め、といった所であろうか。

 もし街中ですれ違っても、何の印象にも残らないであろう、だがそれは陰が薄い、のとは異なる。そう本人が努めた結果。

 大半の者ならもっと自分の容姿が優れていれば良かったのに、と一度は思うに違いない。

 もっと顔立ちが良ければだの、背丈があれば、だのと望むに違いない。

 だが彼は不思議な事にただの一度もそう思った事はない。少なくとも覚えている限りでは。


 だってそうじゃないか。()()()()()()()()()のだから当然だ。


 何故なら、自分という存在はあくまでも芸術家。つまりは創作を通して自己を表現する存在。自身を芸術作品と見なすような、例えば役者だの何だのであればまた話も異なってくるのだろう。だが、少なくとも自分はそうではない。

 作品を通して()()()()()()()を表現する以上、自分などは目立ってはならない。添え物ですら駄目だ。誰にも気付かれない、いても存在を認識されないように心掛けるべきだ。


 当然ながら何事にも順序は存在する。

 いきなり大作など真実の天才位にしか創作は出来ない。本当にそんな人物がいればだが。

 少なくとも背外一政は自分を天才だとは思ってはいない。だから最初は小さな作品から始めた。まず最初は近所にいた野良猫や野良犬。使ったのは家にあった金槌。意外と重く、殴った時の感触が手に残った。得も云えぬ感覚だった。



 ◆◆◆



「……何ともまぁ、スゲェな」

 それまで姿を見せなかった相手の相手の顔を見て、一瞬零二の表情は歪んだ。

 目の前の男は明らかに普通ではない。何せ、顔のみならずシャツの袖から覗く手足に無数の縫ったような跡がある。文字通りの意味で継ぎ接ぎだらけ、まるでマンガか何かのように。どう見ても普通ではない。

「随分とファッショナブルな見た目じゃねェか。タトゥーじゃないよな?」

 とは言え、言葉とは裏腹に、見た目がどうかで敵を判断するのは禁物だ。特にマイノリティという存在は。

 対する相手からの返答は「おれを見たな」というもの。溢れんばかりの殺意に満ち満ちた声音だった。気の弱い者なら、その見た目と言葉だけでへたり込んでしまうに違いない。

 だが、ツンツン頭の不良少年はそんなタマではない。

「へっ。何言ってンだ、殺り合う相手のツラ位見とかなきゃ、だろ?」

「殺してやる」

「へェ、直球だな。そういうのキライじゃねェよ」

「余裕だな。これから殺されるのに」

「悪ぃな。生憎今日じゃないンだわ」

「──しね」

 継ぎ接ぎだらけの男はそう言い放つや否や、零二へと突っ込んでいく。距離にしてほんの三メートル程。反応するのが遅れた方が、零二の方が間違いなく不利な筈だ。

「──遅ェよ」

 だが違う。この場合、不利なのは零二ではない。一見喋りかける事に注視しているかのようなツンツン頭の不良少年だが全身には熱が、蒸気が充満。要は臨戦態勢。確かに出遅れたのは事実だ。だがそれがどうしたというのか? 向こうの足が踏み込まれる一瞬、一歩。何かしらの攻撃の為だろうか、一度引き、そこから前へと突き出される右手。それらの動作全て一つ一つよりも零二のそれの方が早い。前へ一歩踏み込み、さらにもう一歩。既に相手との間合いはほぼゼロ、肉薄状態。

 継ぎ接ぎだらけの男の突き出された右手が、心臓めがけて真っ直ぐに向かってくる。それを零二は左手刀で弾き、軌道を逸らす。同時に右拳を顔面へ叩き付ける。これで決着とはいかなくとも、場の、戦いの機先を制して状況をコントロール出来る、その筈だった。

「ぐっ?」

 だが呻き声をあげたのは零二の方。見れば叩き付けた筈の拳から血が噴き出している。それだけではなく、左手からも出血している。対する相手は全くの無傷。

 そこに相手からの手が伸びてきて、零二はそれを受け流そうと試みようとしたがそれを中断。咄嗟に後ろへ飛び退く。

「遅ェよ」と不敵な言葉と笑みを向けるも、その態度とは裏腹にどうしてこうなったのかを思考を巡らす。

(さって、奴さんのイレギュラーは)

 まだ数秒足らずの時間であっても分かる事はある。

「かあっっ」と声をあげながら継ぎ接ぎだらけの男が突っ込んで来る。さっきと同様に、手を前へ突き出してくる。

 零二はそれを同じく左手刀で弾く。その上で一歩前へ踏み込んで右肩を打ち当てた。完全にカウンターの一撃、少なくとも呼吸は止まって然るべきなのだが、男は一切怯む様子もなく、なおも左手を突き出した。

「チッ」と舌打ち混じりに横へ飛ぶ。そして一旦、間合いを外す。相手は余裕からなのか、それを追う事もせずにその場で止まっている。夜の闇の中、暗さに目が慣れて来た所で、視力が上がる訳でもない。だが零二には分かる、あの男は今、間違いなく嗤っていると。


「どうした? さっきまでの威勢の良さがなくなったようだが?」

 今度こそ間違いない。相手はニヤリと破顔してみせた。

「そうかよ。オレは全然ヨユーだけどな」

「いいだろう」

 継ぎ接ぎだらけの男は不意に姿を消した。

「──!」

 そして零二がその場から飛び退くのとほぼ同時に地面から相手の腕が飛び出す。ほんの少しでもタイミングが遅れていれば、捕まっていただろう。

「素早いな」と言いながら、ボコボコと植物が地面から生えてくるかのように姿を表す様はさながらホラー映画のワンシーンのよう。

「それにただ猪突猛進するだけの愚か者でもない」

「へェ。どうしてだよ?」

「君、……さっきはわざと私を挑発したな。目的は私の力を見定める為、という所か」

「────」

 零二は思わず舌打ちしたくなるのを堪える。相手の言う通りだったからではない。戦いに於いて情報とは最も重要なのだ。国と国での戦争然り、スポーツの大きな大会然り。自身の戦力を把握しておくのは当然として、戦いを制する為には対戦相手(敵対者)の情報もまた必須。それなくして勝利など掴み取れる物ではないのだから。

「実に狡賢い(クレバー)。聞いていた話とは随分と異なる────ああ」

 これだから第三者からの話など信用ならない、と継ぎ接ぎだらけの男は嗤い、「これだからこそ、芸術は、創作活動はやめられやしない」とそう言って身を歓喜に震わせるのだった。


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