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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 17
593/613

魂と尊厳(Soul and dignity)その23

 

(遡る事二十分前、下村の運転する車の中で)



「えーと。つまりは、ソイツは頭のイカレた先生ってコトか?」

 眉をピクリとさせ、零二は通話相手に確認をする。その相手とは。

 ──ええ。君が訪ねようとしてる郭清増悪という男は紛れもない屑よ。

 拝見沙友理、以前は九条羽鳥(ピースメーカー)専属の諜報員であり、彼女なき今は九頭龍に於ける無数のファランクスの中の無数にいるリーダーの一人。

 西東夲より郭清増悪の個人病院の件を受けた際に、彼女なら詳しいという話だったので今こうして電話中なのだが。

「クズなのか」

 ──ええ。正真正銘のね。

 拝見は相手の事が心底嫌いなのだろう。吐き捨てるような口調で断言した。

「オレらも大概だとは思うけどね」

 ──そうね。でも私にせよ君にせよそれなりの線引きはあるでしょう? これ以上は駄目だ、というね。あの医者にはそれが一切ない。

「成る程ねェ」

 ──善人も悪人もあの男には関係ない。そういう奴だから。怪我とか病気をしてれば、酷い状態であればそれだけ諸手を挙げて歓迎してくれる。そうじゃなければ、まぁ相手にされないわね。普通の相手じゃまともに取り合ってもくれないな。


 拝見のその物言いからすると、自分なら話が出来ると言っているのは間違いなさそうだ。もっとも、その上で嫌っているのでお断りだとも言ってきている訳なのだが。

 零二とすれば今から怪我人だの病人を見繕う訳にも行かない訳で「じゃあどうすればいいのさ?」と投げやりな言葉を投げかけるのも無理なからぬ話であろう。

 それに対しての彼女からの返答は。

 ──簡単よ。真っ正面から行けばいい。自分の力を見せればいい。あのクズ医者は他人のイレギュラーを観察するのも大好きなのだから。




 ◆◆◆



「も、もう何も知らない。これ以上は勘弁してくれよぉ」

 今にも泣き出しそうな、いや、既に涙のみならず鼻水まで流して懇願しているのは、ついぞさっき零二へとナイフで切りかかろうとしていた何者か。気絶している間に手足を拘束。その後、零二に凄まれ、歌音には至近距離で音を流され、強がる暇もなくあっさりと陥落。知っている情報を洩らしたというのが今の状況。

「だそうだぜ。どう思う下村の爺さん」

 横にいる歌音にせよ巫女にせよ相手が嘘を言っているのかどうかを心音や呼吸音である程度看破出来るのだが、敢えて下村老人に訊ねたのは、嘘とか云々以前に情報の真偽を確認する為である。何故なら、何者かが偽情報を刷り込まれていた場合、窮地に陥る可能性があるからだ。故に単純に音だけで判断する訳にもいかない。

 それは歌音も分かっているので、敢えて何も言わない。

 やや間を空けて下村が返事を返す。

 ──そうさな。ま、そいつは何も知らないんだろうさ。単なる門番なんだろうしな。

「じゃ、纏めるとこうか。コイツは単にカネで雇われた警備員で、ナイフを作り出すイレギュラー持ち。役目は不審な輩が敷地内に入ったら、警報装置を鳴らして、クスリを撒いて、敵に幻覚を見せて動揺している間にブッスリと仕留める、と」

「そうね。それも失敗した訳なのだけども」

 歌音に鋭い視線を向けられて、何者か改め警備員の男は自分よりも年下の少女に睨まれ、思わず「ウヒィっ」と何とも情けない声をあげた。

 その様子はあまりにも情けなく、スマホの画面越しで見ていた巫女でさえ、電話越しに「うわー」とどん引きした声をあげた。

 ──ま、とりあえずだ。例の先生とやらはこの光景を見てたんだろ?

「だよな。オイ」と言うと零二が警備員の男に「カメラはドコだよ?」と訊ねると、男は震える指先で指し示したのは、近くにあった電柱。一見すると単なる電柱でしかないのだが、「あ、そ」零二はツカツカ近付くと手前で左足を震脚の如く大きく踏み込み、右拳を一撃。何のの躊躇もなく砕くと、すーはーと息を吐くと「オイ見てンだろ! くっだらねェ手間暇かけさせてっと病院毎焼き払っちまうぜッッッッ」と声を張る。周囲に住人がいれば間違いなく何事かと飛び起きて来るか、或いは警察を呼ぶか、だろう。

 だがその心配なら無用。巫女がフィールドを展開し、人払いなら済ませてある。何も事情を知らない一般人はここいらには来ないし、もしも来訪者がいるのであればそれは()()

「どうした? ハッタリだと思ってやがるなら見通しが甘ェぞ」

 凶悪な笑みを浮かべ、右手に焔を纏わせる。

 警備員の男の情報を鵜呑みにするならば、今病院にいるのは郭清増悪のみ。善人なれば病院を火だるまにするのは流石に気が引けるが、相手は限りなく悪人。遠慮は要らない。それに、勝算なら充分にある。

「あンま時間かけちまうと正義の味方( WG )まで来ちまうぜ、でもいいのかい?」

 或いは闇医者である事は知られているかも知れない。

「そうすっと都合悪いンじゃねェのかなぁ?」

 ハッハッハ、と笑い声をあげる様は悪党そのもの。

「しょうがねェなぁ。とりあえず──」と零二が右手を振りかざさんとしたその時。

 ガチャリ、と鍵が開いた音がして、玄関が開く。

「待ってくれたまえ。その必要はないよ」

 そうして顔を見せたのは白衣を纏った男、郭清増悪当人。

 背丈はおよそ一七〇センチ程。ひょろりとした外見に、青白い顔色。如何にも貧弱そうな見た目にはそぐわないギョロリとした目だけが爛々と輝いていて、それがより一層不気味さを醸している。ペタペタとしたサンダルの音が、、まるで緊張感など皆無で苛立ちを誘う。

「アンタが郭清増悪って先生か?」

「ええ。その通り」

「聞きたい事があるンだけどよ。時間はあるかい?」

「無論ありますとも。君とは一度じっくり話をしてみたかった。初めましてクリムゾンゼロ」

 隠す事なく値踏みするような視線を向ける闇医者に、零二もまた隠す事なく嫌悪感に満ちた表情で応じる。

「悪いけど、質問するのはこっち」

 歌音が割り込まなければ、そのまま殴りかかっていた事だろう。ツンツン頭の不良少年は無言で一歩下がり、相棒役の少女に話を任せた。

「君は誰かね? WDの一員なのだろうが、中学生位か、……随分と若い様だが」

「どうでもいいでしょ。見た目でマイノリティを判断しても意味なんてないと思うけど」

 突き放すような口調ながらも、歌音の()は油断なく相手の()を聴いている。

 一瞬零二と視線を交差させ、問題ないと片目だけ閉じて応じる。確信出来る点は一つ。

(少なくとも、私のイレギュラーをこいつは分かっていない)

 それは大きなアドバンテージだ。マイノリティにとって自分のイレギュラーを知られるというのは圧倒的に不利だ。一方的に対策されるのだから、当然だ。

(こっちも向こうのイレギュラーは分からないけど)

 少なくともこの医者に零二と自分を相手にするつもりはない。心音に全く変動がない。緊張とは程遠い脈数、呼吸音。これを誤魔化せるような人物はあの九条羽鳥に、あとは武藤の家の執事役である加藤秀二位のものだろう。逆に言えばそこまで鍛え上げた武侠か、ある種の達観したような人間でなくては、到達出来る境地ではない。

(この医者はそこまでの化け物じゃない。異常者ではあるけど)

 だからこそ、だった。彼女には不可解な点があった。

「それは失礼をば。私とした事が、極々当たり前の点に思い至らないとはね」

 この医者は一体何の為にここにいるのか、と。

 零二の脅しに怯えた、のではない。であればもっと焦りを見せるはず。いくら取り繕おうとしたとて自分の耳からは逃れられない。音は誤魔化せない。

(零二の事を知ってるなら、あいつがどういった奴なのかも知ってるはず。下手な駆け引きなんてするだけ無駄な性格だってのはすぐに分かる筈)

 中途半端な回答を返すのであれば即座に大火傷間違いなしなのだ。なら、少しは動揺していない筈がないのに。

「聞きたい事があるのなら何でも話そう、……」郭清増悪はぶるっと身を震わせ、「ただ夜も遅い。年のせいか寒いのは苦手でね。中で話すとしよう」と向き直る。

 零二は「お断りだね。テメェみたいなヤロウは間違いなく何か仕掛けてくるからな」と即座に拒否を示した。外に出て二年以上、荒事の経験ばかり積んだからこそ肌で分かる。罠だと。

「それはそうかも知れないね。思ったよりも慎重なのだな」

「うるせェよ。ココで話を続ける、いいな」

「しょうがないね。分かったよ」

(おかしい。何かおかしい)

 一見、零二のペースで交渉が進んでいる様に見えるのに。何故だろう。歌音は嫌な予感がし続けている。


 やや間を置いて「ではここでやろうか」と郭清増悪は呟いた、その次の瞬間。

 夜の闇を塗り潰すような、真っ赤なモノで彼女の視界は覆われるのだった。


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