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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 17
592/613

魂と尊厳(Soul and dignity)その22

 

「情報提供には感謝する。ですがこちらとしてはそれで? というのが本音ですな」

 では、と告げると電話を切って、白衣の男はカメラを確認した。

「お客様か、夜分遅くにご苦労様です」

 誰もが玄関先のカメラには真っ先に目もいくが、あんなのは単なる飾り。

「観察というのは相手にばれないように行わねばね」

 そのカメラがあるのは、周囲の木々の中であり、そこまで警戒する相手など滅多にいない。

「お客様は、ふむふむ」

 情報提供者の意図は大方想像が付く。ああいう類の輩は自分が最大限の利益を得る事しか考えない。

「やはり来ていますね」

 玄関先のカメラはともかくも、木々のカメラには車両が一台映っており、来訪者の訪れを物語っている。

「夜間の診療は行わないのですが、夜分遅くわざわざ当院をご利用とあらば、これは歓迎しない訳にもいきませんな」

 椅子から立ち上がり、白衣の男こと郭清増悪(かくせいぞうあく)は笑顔を浮かべてみせた。



 ◆



「ったく、何だコレ?」

 舌打ちしつつ、零二は向かってくる敵の攻撃を回避。カウンター気味の右ストレートを叩き込む。するとどうした事か、敵は倒れるのではなく、グズグズと崩れ去っていくではないか。

「そんなの知らない」

 歌音もまた敵の攻撃を身を低くして回避。そのまま至近距離で「嗚ッッッ」と音の砲弾──この場合は弾丸だろうか、を放つ。やはり零二の場合と同じく、相手はその場で崩れていき、すぐに跡形もなくなった。

「オイオイ、お前の音はシャレにならねェからあンまし使うなよな」とおちょくるような口調のツンツン頭の不良少年に対して、相棒たる少女は「じゃああんた一人で一気にやってもらえる?」と切り返す。

「しっかし、……妙じゃねェか?」

 零二は振り向きざまに左肘を顔面に。さらにそのまま腰を回して右前蹴りを突き刺す。

「そうね。おかしいわ」

 歌音の方も敵の後ろに回り込み、次いで側面を取る都度に音の弾丸を放っていく。

 あまりにも手応えがない。まるでやる気を感じない。もしも仮にこれで侵入者対策だと言うのであれば、自分達を舐めているにも程がある。

「どう思うよ?」「そうね。罠でしょ」

 互いに背中を預けつつ、敵を蹴散らしながら会話を継続していく。

「お前ならどうするよ?」零二が問いかける。

「そうね、この連中で気を逸らせて、狙うんじゃないの」歌音は周囲を見回しつつ、敵との間合いを測っている。

「にしてもよ、コイツらは何だろうな、──アアッッ」

 左右での裏拳で二体の敵を蹴散らす。上半身を前へ沈み込ませると蒸気を放って急加速。前方にいる敵の群れを左の腕刀で一気にぶち抜いた。

「全く手応えがねェ。で本体らしきモノも見当たらない。そのくせ──」

 チラリと周囲に目配せすれば、また新たな敵の姿。「──倒せば倒すだけ湧いて出て来やがるンだけどよ」一体倒せば二体、二体倒せば今度は三体とどんどん数が増えているように見える。

「実際増えてるように見えるけど」と歌音は後ろへ飛び退く。零二のように拳やら蹴りではなくイレギュラーを使い続けるのは厳しい。「でも手応えはないわね。全く」いくら威力を制限しているからとて、確実に疲弊していく。そして蓄積された披露疲弊の結果、予期せぬ事態に陥るかも知れぬ。ならばどうするか。二人の答えは決まっていた。

「よし、やるか」

 零二はそう呟くように言い放つと、大きく後ろに飛び退いて、だらりと脱力。まるで隙だらけ、どうぞ狙って下さいとでも云わんばかりの様子をさらけ出す。

 一方の歌音は大きく深呼吸。「────」呼吸を整えていく。

「ッシャアアアアアアッッッ」

 動いたのは零二。全身から蒸気を噴出、次いでそれを焔へと転じるや否や「今だ相棒ッッッ」と切り裂くようなかけ声をあげる。

「あ亜阿唖亞Aa──────────」

 歌音もまたツンツン頭の不良少年に呼応。溜め込んだ呼気を一気に吐き出すように音を放ってみせる。

 その音は彼女を中心に円上に広がっていき、周囲にいた敵を揺らす。

「……………………分かった。右後方五メートル」

「シャアッッ」

 零二は歌音の言葉に従って、焔を噴出して急加速。迷わずその場所へ白く輝く拳(シャインナックル)を叩き付けた。

 そこにあったのは一本の木なのだが、零二の一撃により幹に亀裂が入ると同時に着火。するとどうだ、それは木ではなく金属製の柱のようなものが姿を表す。さらにその柱もまた、零二の一撃によりへし折れると、地面へと倒れた。

 それに呼応したかのように無数にあった敵はまるで何もなかったかのように雲散霧消した。

「え、え?」

 その場に残されたのは零二の少し後ろにいたナイフを構えた何者かの姿のみ。

「な、バカ……」

 顔を蒼白にし、ガタガタ震え出し、今にも泣き出しそうで、憐れみすら覚えるような怯えっぷりを見せるも、零二にはそんな事情は知った事ではない。つかつかと近寄り、ニッコリと笑いかけながらその両肩を掴んで引き寄せ、勢いよく右膝を顔面へ。何者かは「ぎゅあ」とうめき声をあげてその場に崩れ落ちた。

「よっし、とりあえず何とかなったか?」

 他に敵がいないか、と周囲を確認しつつ、零二は噴き出した焔を収め、歌音もまた「そうね、今のところ周囲に誰かいるとは思えない」とその言葉を肯定した。

「ま、このまま突撃していきたいトコだけど」はやる気持ちを押さえつつ、「コイツだよな」零二は足下で転がされている何者かを指差す。

 その問いかけに歌音が「いっそ殺しとく?」と露骨に面倒くさそうな顔を浮かべ、ツンツン頭の不良少年は呆れるのだった。



 ◆



「これはこれは。どうも相手にならないようだ」

 郭清増悪はふむふむ、と感心するように頷いた。

「それにしても、思った以上に連携が取れているのだね」

 カメラの映像を再確認しながら、髪をわしゃわしゃと掻く。庭先の警報装置は大したモノではない。あくまでも歓迎用だ。突破方法はいくらだってあるに違いない。

「武藤零二、彼が炎熱系のイレギュラー持ちなのは確定だ、では彼女は──」

 とカメラの映像を再生、さらにパソコンを操作し、無数のデータを表示させると眉をひそめて考え込む。そうして数秒後。手をポンと合わせて「あの少女は、そうか。音で周囲を探知したのだね、潜水艦のソナーの如く」と心底楽しそうに笑った。

「ふむ、彼女が音を放って異物を探し、そこに武藤零二が一撃。そして彼が正確に動けたのは、予め高熱で薬を抜いたから、という訳か。実に素晴らしい」

 郭清増悪は嬉しさの余り、反射的に外のスピーカーへ繋がるマイクの電源を入れ、「いい、実にいいよ君達」と讃辞の言葉を口にした。


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