魂と尊厳(Soul and dignity)その21
時刻は間もなく午前零時。一日が終わり、始まろうという時。
零二と歌音の姿はある病院前にあった。
「で、ここで間違いないンだよな。下村のオッサン」
──おうよ、西東の奴がガセネタをつかんでいなけりゃな。
「少し静かにしてもらえない。集中出来ないから」
「サーセンっす」
歌音の文句は当然だった。索敵を兼ねて音を聴く彼女にとってすれば、すぐ間近での騒音は邪魔以外の何物でもない。
目を閉じ、聴く事にのみ意識を傾けることおよそ数秒後。「……………………大丈夫。周囲には誰もいない」という結論を口にした。
「じゃ、さっさと行くか」
「そうね」
無駄な会話は必要ない。それなりの場数は踏んだのだから。
──早く帰ってこいよ。
だから通信機越しの巫女の声に躊躇があるのが分かる。まだファランクスの正式メンバーにするつもりはない、あくまでも仮メンバーだ。
「ああ」
だからこそ、本音を言えばこっち側に来て欲しくはない。彼女は表側にいる方がいい。妹分だから、じゃない。こっち側を知る事で、決定的な何かが変わってしまうのが嫌なのだ。
「すぐに戻るわ」
歌音は安心させようとしたのだろう、珍しく返事を返す。相棒たる彼女にせよ巫女をこっち側に引き込むのは反対だろう。その点だけは珍しく二人の意見は一致してる。
「ま、そらそうだよな」
表玄関には鍵がかかっている。おまけにカメラと、恐らくは警報器らしきモノが玄関の向こうに見えている。
普通に鍵を開ければ警報がけたたましく鳴り響いて、面倒な事になるのは自明の理だ。
「裏に回る?」と歌音が提案するも、「ダメね」とすぐに自分の意見を引っ込める。
何故だろう、と思った零二だったが、すぐに理由を察した。
気付けば、周囲を囲まれていた。無数の人影に。ツンツン頭の不良少年が呆れ顔で横に視線を向ければ、相棒たる彼女は「言っとくけど誰もいなかったからね」と弁明。零二としても別段疑っている訳ではない。歌音が困惑しているのが面白くてついからかっただけの事。下村老人が状況の変化に気付いたのか「──おい零二。大丈夫か?」と通信。
「ああ、大したこたねェかな。それよか、玄関先のカメラを何とかして欲しいね」
零二は焦る様子もなく、「じゃあ相棒。ちゃちゃっと片付けるぞ」といつものように不敵な笑みを浮かべて見せた。
◆◆◆
同時刻。
WG九頭龍支部の面々──田島一及びに進士将達もまた動き始めていた。
そこは人里離れた山中、一応申し訳程度に道は整備されてはいるものの、周囲にあるのはただただ深い深い森が侵食しており、そう遠くない先、この道は森に飲み込まれる事は容易に想像出来る。
「ひぃひぃ待ってくれぇ」と田島は大袈裟に悲鳴を上げて山道を歩く。その様を進士が「荷物を少なくしろと言ったはずだぞ馬鹿が」と冷たく突き放すと、「彼女を見ろ。平然としてる」と指差す先には坂道をすたすた歩く美影の姿。息を切らす事もなく、汗すらかかないのは、彼女が炎熱系、正しくは氷炎系のイレギュラー持ちだからだろうか。
(いや、違うな)
根底が違うのだと、進士はすぐに結論付けた。
いつだったか研修所で聞いたが、マイノリティ、そのイレギュラーは同じように見えても違うのだそうだ。
例えば同じく自然操作能力の、炎を使うマイノリティであっても、火力、持続力などには差異がある。
他にも肉体操作能力のイレギュラー持ちであってもそうだ。普通に考えれば元々の肉体によって優劣がつきそうなものにも関わらず、実際その能力を比較すると、貧弱そうな肉体の持ち主の方が筋肉質な肉体の持ち主よりも強靭である事例だってある。つまりは、「比較するだけ無駄という事だな」という事なのだろう。
「どうした? 物憂げな顔しやがって?」と訝しむ田島だが、すぐに「ああそうか」と勝手に得心、前を指差して「あいつの尻が気になってしょうがねぇんだな」と耳元で囁くと「まぁ確かに引き締まってていい尻なのは認めよう」とかぶりを振ってみせるではないか。
「ば、馬鹿かお前!」
「いやだー図星かよー」
と、両者によるやいのやいのと言い争っている様には目もくれず、美影は黙々と坂を歩き続ける。と言うか、内心は早く着かないの? であり、彼女にとってみれば後ろで騒いでる二人には緊張感が欠けている、としか思えない。
(ギャーギャー騒ぐ体力があるのって羨ましい)
今回の任務を理解しているのか怪しいものだ、とすら思える。
(かれこれ一時間ね)
途中までは車で来たものの、道が狭すぎて通れないという理由でこうして夜の登山をしているのだ。最初からそういう話だった。
(なのにどうして一人はムダな大荷物で、もう一人はあんなに少ない荷物なの?)
水分補給、栄養補給、現地近くになった際の中継機材の運搬を分割したのだ。相応の量になるはずだのにどうしてあんなに差が付くのか。
(結局不真面目ってコトよねアイツら)
思わず嘆息。首を横に振った。とは言え、程度があると思う。思うので。
「うっさい。わめくな疲れるだろーが」
とまぁ、明らかに周囲に轟くような怒声が出たのはしょうがない、不可抗力だろう、そうに決まってると数秒後に美影は自分を納得させる事になるのであった。