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薬屋の老人

 

「で、何が分かったわけ?」

 歌音はさっさとこの場から離れたかった。目の前にいる緑色の髪をした少年を全身から漂う血の臭いを、……彼女は心底嫌悪していたから。

 もっとも、当の少年だが、そんな彼女とは裏腹に好意を抱いているらしく、これまで幾度か食事に誘ったりしている。もっとも結果は空振りなのだが。

「ハイハイ、慌てなくても情報は逃げやしないさ。で、要するに……分からんらしいよ」

「は…………?」

「だからさ、分からんのだって」

「役立たずね、ほんと」

「だってしょうがないだろ、あのペットは貰っただけらしい。

 誰かに……いつの間にか、ね」

 ペット、という言い方が気に障ったが指摘すると面倒くさい、そう思い歌音は何も言わずに考える。そして目の前の拷問嗜好者に別の質問をしてみる。

「じゃあ、あの連中の行動範囲を聞いてみて」

「…………」

「な、何よ……」

 トーチャーはつまらなそうに一枚の地図を差し出す。

 そこには、赤いマジックで大きく円が描かれてる。

「……もうとっくにゲロさせちゃったよ」

「そう、じゃ貰っとくわ。で、あんたの……ペットどうするの?」

 歌音はトーチャーの目をじっ、と見据える。

 トーチャーは少し、狼狽える様な素振りを見せた。この少年は他者の心は遠慮なく踏みにじる癖に自分の、となるとこうして警戒心を露にする。

 ちなみにではあるが……この拷問嗜好者は簡単にペットとした獲物を離しはしない。

 それに、そもそも彼は殺しは基本的に行わない。その分、相手を極限まで追い込みこそするが。以前こう言っていたのを思い出す。


 拷問とはあくまで、責め苦であって殺しの手段とは違う、と。

 相手の心を砕く為の手段であり、殺すならナイフで心臓を突くか、喉を裂けばいい、と。


 正直言って理解したくない考えだが、一応、拷問嗜好者なりのプライドはあるらしい。

「心配なさんなって。殺しはしないさ、ちょいと【道具】になってはもらうけども」

 それはつまりまだまだ拷問をするという事だろうか。

 彼なりの言い方であれば調教、か。

「……じゃあ、私に貸してよ。終わったら好きにすればいいから」

「ん? いいけど。じゃあ、まず傷を治さないといけないな」

 ちょっとまって、と言うと緑色の髪をした少年は部屋に戻っていく。彼は傷を癒すことも出来る。勿論、限定的な物だが。


 数分後。


 出てきたリュウとかいった青年はすっかり怯えきっていた。

 自分をつい今しがたまで拷問に合わせた緑髪の少年は元より、自分をここに連れて来たであろう、少女……歌音に対しても。

 歌音は思った以上にポンコツにされた青年を見て嘆息する。

「これは……駄目かな」

「でしょ、だからこっちでもう少し……」

 歌音の言葉を受けて拷問趣向者は嬉々とした様子で声をあげる。

 一体何をしたのか、考えたくもない、と歌音は思った。

 時計を見ると時間はもうすぐ夕方の五時だった。

 歌音はボチボチ帰宅する時間。

「分かった、じゃあ明日。明日にコイツを連れて行くから。

 それまでにもう少しマトモな状態にしといてよね」

 その言葉を受け、トーチャーは喜色ばむ。

「オッケ、じゃあ、それまでに【仕上げとく】よ。じっくりとね」

 そう応じると、リュウの襟首を掴む。

 ひっ、と小さく悲鳴をあげるリュウに対して、

「さ、時間が出来た。もっとあんたの事を教えてよ」

 そう囁くと、引きずっていく。

 リュウは怯えのあまりか、失禁している。

 歌音は不快感を取り繕う事もなく、拷問嗜好者を睨む。

「じゃあ、ね。また明日」

 そう言うとバタンと、無情にもドアは閉じられた。

 あのリュウとかいう青年にはある種の同情を禁じ得なかったが、歌音はその場を立ち去っていく。

(悪いけど、あんたの関わった世界はこういう場所なのよ)

 そう心中で思いながら。



 ◆◆◆



「な、なぁ薬くれよ、なぁ!!」

 一人の男が街中で喚きながら目につく通行人に対して、手当たり次第にそう声をかけている。

 服装は薄汚れた何処かの工場のツナギだろうか。酷く汚れていて、おまけに臭う。何日も風呂に入っていないらしい。

 勿論、誰もそんな男の話に付き合うはずもない。

 殆どの通行人はそんな男に目もくれずに歩き去っていく。

「なんだよ、薬やる金位都合してもいいだろが」

 そうブツブツ呟きながら、当て所もなくフラフラ、と歩き出す。

 この男が仕事をクビになったのは一週間前の事だ。

 元々は腕のいい工員だった彼だが、プライベートの問題から素行不良となり、薬に溺れ……遂にクビになったのだ。

 理由は工場の金庫から金を盗んだから。その場を工場長に目撃され、取り押さえられた末の解雇だった。

 警察に突き出されなかったのが、せめてもの恩情といった所だろうか。

 とは言え、男はもうマトモな思考力もなかった。

 ただただ、彼は現実から逃れたかった。

 何もかもが嫌になっていた。

 ブツブツ、と何やら呟きながらフラフラ歩く男はどう見ても金も何も持っていない事は明白であり、気が付けば彼の周囲には如何にもな剣呑な雰囲気を醸す連中がたむろしているが、男の様子を見て何の得もないと思ったか、逆に誰も近付いては来ない。

 普通の神経の持ち主であればここが如何に危険な場所であるかはすぐに分かった事だろう。この辺りは日中は特に何の問題もない場所なのだが、夜の帳が落ちると共にドロップアウトや様々な小悪党達の集う危険な場所へと様変わりする。

 男がここに足を向けたのはほんの偶然だった。

 ドラッグの禁断症状により、今の彼にはまともな思考力など望めない。本来であればここを余所者や新参者が許可もなく入り込んだら襲われてもおかしくはなかったが、男の異様さが偶然にも彼を守っていた。

「くすり、くすり、だ。おれにクスリくれよ、……」

 男が入ったのは小さな薬局だ。

 そこには、店の奥に老人が一人座っている。

 小さな店のわりに品揃えは多い。

 だが、男が欲しいのは金だった。

 レジにはそれなりの金があるはずだ。

 その金で駅の近くを縄張りにしているひいきの売人からドラッグを買う。あんな弱そうな老人なら、少しばかり脅してやればイチコロだ。そう思いつつ、悪意を持って歩み寄ろうとした。

 その時だ。

「ちょいと待ちなさい」

 声が男にかけられる。その声の主は奥にいたはずの老人。

 いつの間にか男のすぐ目の前にまで来ていた。

「オア、お前ッッ」

 男が身構える。反射的にポケットから飛び出しナイフを取り出すと、その刃先を向ける。

「カ、金だ。金を出せ、……そしたら……」

 声も手も震えている。

 こんな事態になるとは思いもしなかった。腰が引けてしまっている。

(だが、今さら引き下がれない)


「お前さん、クスリが欲しいのかね?」

 老人はそう男へと声をかけた。

 不思議な事にその声を聞くとこれまで抱いていた欲求が落ち着いていく。荒ぶっていた精神こころが嘘の様に穏やかになっていくのが実感出来る。

「あ、ああそうだったけど…………もうどうでもいいや」

「そうかね、それは良かった。…………でもこれはキミの物だ。持っていくといい」

 そう言うと老人が男の手のひらにクスリを乗せた。

 それは錠剤で、一見すると何の問題もなさそうだった。

「で、でも金を……」

「なぁに、細かい事は気にしなさるな。そいつは試供品だよ。

 もしも気に入ったら次は買ってくれればいいよ」

 だからいいんだよ、と老人は優しく話しかけると、その手を男の肩に乗せた…………。途端に何故だか意識が朦朧とし、そこで彼の意識は途切れた。


「はっっ」

 男が目を覚ますとそこは何処かの路地裏だった。

 生ゴミの異臭が鼻をつき、思わず顔をしかめる。

「うう、くそ」

 力なく立ち上がると、その場から歩き出す。

 時間が分からないので腕時計を確認しようとしたが、いつの間にかなくなっている。どうやら盗まれたのかも知れない。

 だがあんな安物を欲しがる奴がいるとも思えない。何処かに落としたのかも……そう思いながら舌打ちした。ポケットに入れていた小銭入れもない。最悪な気分だ、あんなはした金でも彼の全財産だったのに。

「ん? ……何だこれは?」

 ポケットに何かが入っていた。出てきたのは錠剤。

 確か、何処かの店で老人が手渡した物だった。

「夢じゃなかったのか」

 訳が分からなかったが、男に残されたのはもうこれだけだ。

 ため息をしつつ、それを口に入れた。

「──!!」

 男の全身に何かが駆け抜けていく。

 彼はその場で倒れ込み、悶え……そうして何かが壊れ……新たに目覚めた。


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