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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 17
586/613

魂と尊厳(Soul and dignity)その16

 

「おお、いいぞ」「凄いじゃないか」「これは、あり得るかもな」

 目の前で繰り広げられる光景を前にして、研究者達は皆、一様に歓声を上げた。

 彼らにとってみれば実験動物そのもの等、別にどうだっていい。それがどんなに優秀な性能であってもだ。アレは結局の所、使い潰されるだけの存在。それ以上でもそれ以下でもない。ただそれまでの期間が長いか短いか、だけの話。科学、医療、その他何でもいいが世界の発展の為にのみ意義があるモノなのだから。

「やはり瞬発性を向上させたのが功を奏したな」「いや、追従性能を付け加えたからだ」「何を言っている。そもそも薬剤の成分を変えたからこそ、だろう」

 彼らの言い分はどれも自分の功を誇る物であり、一言一言に自分こそが一番優れた研究者なのだ、という自負がぶつかり合っていた。やいのやいのとした言い合いにウンザリしたのか、顔に深い皺を刻んだ一番年長者と思しき研究者が「まぁ落ち着け。何にせよこちらの研究成果が上手くいった、そういう事だ」と同僚をたしなめねば、いつまでも五十歩百歩の言い争いは止まらなかったに違いない。

 年長者は続けて「そもそも彼女(アレ)がここに来るまではもっと自由に研究出来ていた。そうだろう?」と意見を発し、同僚達は思わず頷く。

「社長が丁度いい研究対象を見つけた、と言ってここに送って来て以来、それまで各々が自由にやれていた研究が、全てアレを中心とした物になってしまった。一にも二にも、全部がアレとの比較だの、何だの、まるでアレがこの世界の中心みたいにな」

 その意見はこれまで考えないようにしてきた事。それまで比較的自由裁量で進めてこれた研究成果を突如として凍結され、アレの性能向上の為だけに全てのリソースを割く羽目になった事への明確な不満であり、社長である神門への微かな反発の確かな発露。

「勝てるぞ」

 誰が言ったか、その言葉に全員が息を飲む。

 そう。この最終稼働実験の本来の目的はアレの()()()()()。つまりはアレの評価実験である以上、目の前で繰り広げられている光景は大問題と言っていい。既にこれまで散々っぱら行ってきた性能確認により、アレの性能は把握出来ている。であるなら、この実験は最後の調整程度の物なのだ。

 それがどうだ。社長のお気に入りの玩具は間もなく無様に倒される。流石に殺してしまってはまずいのでボチボチこの実験そのものを中止すべきだ。だが、誰一人として中断を口にする者はいない。彼らは今、まさに酔っていた。もうすぐ自分達の研究を途絶させたあの女は、ボロ雑巾のようにされる事だろう。

 当然社長である、神門は怪訝な顔を浮かべるだろう。だが同時にこうも考える筈だ。研究の見直しが必要ではないか、と。その時こそが自分達にとってのチャンス。本来行うべきはずの自分の素晴らしい研究を再開させる為のチャンスが到来するのだ。

 そこで大事なのが、アレを倒すに際して自分の研究成果をどのように活かしたか、という事。例えば異様な加速性能、俊敏性の向上の為に用いたドーピングの開発。例えば、余計な思考をカットする為の脳の改造。例えば、米軍の極秘機関で研究が進められている機械化師団のデータを基にした応用戦闘プログラム等々。いずれにせよ神門は研究成果を喜ぶに違いない。

 自分がゆくゆくは世界的な名声を得る為の、大事な一歩となるのだ。これを喜ばずして、どうするか。そんな風に夢想し、悦に浸ろうとしていた彼らに冷ややかな声がかけられた。

「成る程。君達はなかなかどうして、随分と興味深い研究成果を出してきたね」

 一瞬誰だ、と声を荒げようとしたが研究者達はすぐに理解した。ここはそもそもセキュリティ厳重な秘密研究所。声紋、網膜、静脈に至るまで様々な生体認証を経てようやく入る事が可能となる。その上で敷地内にあるカメラは単なる監視カメラではなく、マシンガンを備え付けたガンカメラ。その斉射を受ければ瞬時に肉片と化すような代物まで用意されている。そんな場所に一切誰にも関知されずに最深部たるこの研究室にまで至れるような人物など自分達以外ではただ一人のみ。

「なかなかに面白い事になっている」

 そこにいたのは、彼らにとっての絶対者たる男。即ちEP製薬社長である、神門賢明だった。


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