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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 17
583/613

魂と尊厳(Soul and dignity)その13

 

 九頭龍駅に程近い、とあるホテルの一室にて。

 ベッドの傍に置かれた時計は午前四時を示している。まだ早朝というにも早いからか、閉じたカーテンの隙間から、朝日は入ってはこない。

 簡素なテーブルにはノートパソコン。ディスプレイには研究論文らしきデータが表示。あとは飲みかけなのだろう、まだ湯気の出ているコーヒーカップが置かれている。

 ばたんと音を立ててクローゼットが閉まる。一目でそうと分かる仕立ての良いスーツに身を包み、同じく上質であろう革靴を履いたその男が電話で報告を受けていた。

「……そうか。死んだか」

 スーツの男、EP製薬の創業者である神門賢明(かんどたてあき)はその報告に特に驚く事はなかった。

 そもそもあの程度の存在を一々把握しておく必要性を感じない。それよりも気になるのは、「それでどのようにして死んだ?」という事実確認。電話越しの相手は少し間を置いて、判明している範囲での報告を続ける。

「…………クリムゾンゼロだと?」

 その答えは神門にとっては想定外のもの。

「この件を追跡していたのはWGの筈だが──」

 数ヶ月前の偽ウィルスの一件直後、WGによるEP製薬への調査が本格化した。具体的にはスパイを潜り込ませたり、別件を装っての査察等々。だがいずれも空振りに終わり、一旦調査は打ち切られた。これについては神門も積極的に行政やWGのスポンサーなどに働きかけた結果でもあり、満足している。おかげで時間稼ぎが出来たのだから。

 だが七月に起きたWG九頭龍内部でのクーデター未遂事件を契機に状況は変わった。

 支部長が退任し、後釜となった春日歩は支部長になるや否やEP製薬への調査の再開を指示。関係各所に手回しを行ってはみたものの、一向に調査は打ち切られない。

 遂には研究施設への突入までされ、そこに置かれていた実験動物は全て破棄された。

 実際にはとうに手を退いていた施設であり、捨てるにもコストがかかるからWDのとあるファランクスに売りつけた物件なので具体的な被害こそなかったものの、何とも不愉快な事には変わりなく、正直言って苛立ちを覚え始めていた。

 だからこそ、()()()()()()()は切り捨てる事にしたのだし、アレはそうした実験動物の一体。敢えて外に出す事により、WGの動きを操る為の駒にする予定だったのだが、まさかクリムゾンゼロなどという想定外の相手が出て来るとは。偶然にしては出来過ぎな以上、裏で糸を引いている何者かが介在しているはず。そしてあの少年を操れる人物となれば。

「──平和の使者(ピースメーカー)。やはり生きているのか」

 偽ウィルス事件の際に介入されて以来、あの少年武藤零二については調べてみた。そして他人の命令に唯々諾々と従うタイプではないと結論付けた。であるならば、彼を使えるような人物は彼女しか思い当たらない。

「死んでいなかった事には特段驚きはしないが、裏で暗躍されるとなると厄介な相手だ。

 こうなると最終実験自体を前倒しておいて正解だったか」

 あの実験動物の身元が判明すれば、そこから調査が始まる事は間違いない。となればこれ以上の実験動物の確保も困難になる事は必定だろう。

「全く。以前の一件に続きあの実験動物にもとはな、……クリムゾンゼロ。随分と目障りだ。だからこそ丁度いい」

 苛立ち混じりの言葉とは裏腹に、神門はゆっくりとした所作でコーヒーを口に入れる。これは彼が考えをまとめる際に行う一種のルーチンワーク。そしてすぐに結論が出た。ノートパソコンの横に置かれたスマホに手を伸ばすと、登録された番号に電話をかける。

「外野が余計な邪魔をして来ないように、手は打っておかねばな」

 こういう時の為に、色々とコネは作っておいた。活用せねば意味がない。スマホを取り出すと唯一登録された番号にかける。

「神門だ。君に手を貸して欲しい案件がある。報酬はそうだな、君の言い値で払おう。大至急頼む」

 それだけ告げると通話を切り、次いでパソコンを操作。海外の銀行口座を開くと、何の躊躇もなく金を振り込む。スマホはSIMカードを抜くと、そのままベッドへと放り出す。

「さて、これでひとまず余計な介入は防げるだろう。では、WGへの対応の準備だな」

 腕時計を見ると時刻は午前四時十五分。まだ夜明けには早い時間。まだ暗い空を眺めながら、「今日は忙しくなりそうだ」神門は微かに口元を歪めてみせた。



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