魂と尊厳(Soul and dignity)その9
「イヤだイヤだ。こんな場所来たかねェよな」
思わず文句の一つでもこぼさなきゃやってられねェ。もっとも、誰も聞いちゃいないけど。
ガサガサ、とした草木が揺れる音。時折、パキポキとした何か折れる音。
周囲には人の気配など全く無く、いるのはリスだの木の上にいるフクロウか何か位だろう。
あ、オレがいるこの場所だけど公園だ。九頭龍中心から原付バイクでおよそ三十分。山一つに色々とスポーツ設備があるココには日中ならそれなりに人がいる。
「夜遅くに来る場所じゃねェよ」
とは言え、今の時刻はまもなく午前一時。原付を置いてきた駐車場には何台かの車はあったが、いずれも県外ナンバーでおまけに誰もいない。何でも近くにキャンプ場もあるそうだからそこで一晩過ごすのだろう。
「ホントにココかぁ?」
駐車場から歩き出してかれこれ二十分か。最初こそそれなりに開けた感じだった周りの風景は今や完全に山中のそれ。鬱蒼とした木々やら動物しかいない。正直あまり長居したかねェ。
「オバケなンざ怖かねェ。ああ、………………怖いワケあっかよ」
だって京都じゃオバケとか比じゃない自称カミサマとすら戦ったンだぜ。たかがオバケ如き…………何だってないぜ。
ま、足元が良く見えないからよ。ゆっくり歩くのはしょうがねェよな。な?
言っとくけど熱探知眼はあくまで生き物の体温だとか熱源を視る能力だからな。夜の森みてェな場所で使ってもそこまで意味はないンだからな。暗視装置みたいなワケにゃいかねェ。
「ったく。姐御のヤツもオレを小間使いだと思ってるンじゃねェか」
ボヤきながら脳裏に浮かぶのは、およそ二時間前の事。シャドウの野郎から受け取ったUSBを接続した時の事だ。
◆
(二時間前)
『久し振りですねクリムゾンゼロ。いいえ、武藤零二』
姐御の声だ。どういう理由だか、前よか多少幼くたって変わらない。
以前と何ら変わらないあの声。声の高低とかじゃねェ、あの人の声音だ。
『シャドウと会わせる事には多少の懸念はありましたが、どうやら杞憂だったようです』
杞憂? いやいやあと一歩、もう半歩で殺し合ってたよ。メッセンジャー役にゃ向かねェよあの野郎。
『彼も私の身を案じるあまりの言動なのです。私に免じて許してくれると助かります』
うん。幼女にしか見えない相手からこうも大人びた言葉を言われると、物凄く自分がガキに思えちまう。
『さて、用向きを伝えます。今から示す座標に向かうのです。その近辺であなたが対応すべき事態が起こるはず。対処しなさい』
姐御が手にしたスマホをこちらへと向けた。画面には座標と思しき数値が載っている。
『以上です。私はもうあなたの上司ではありません。ですので依頼人として口座に報酬は払っておきました。宜しくお願いします』
微かに口元を歪めると、画像は乱れ始め、そしてすぐに消えた。USBに細工をしていたのか、中にあったデータはキレイサッパリ無くなっていた。オイオイ、どこぞのスパイ映画かよ。
◆◆◆
結論から言えば、対処すべき事態がどういった類なのかは分かってた、いや予想は出来てた。
姐御の行動に一切のムダはねェ。適材適所、どの様な状況下にあっても常に最善手を選ぶ、そういう人だ。
だからオレがどういう役回りなのかも当然だが最初から定まっている。
武藤零二という存在がどういう役回りだったのか。荒事担当、敵対者に実力行使を行う存在。要するに掃除役、そういうコトだろう。
それを裏付けるかのように、遠くから「きゃ」という甲高い悲鳴が聞こえた。今のはその辺にいる獣の鳴き声じゃねェ。間違いなく人間のソレだ。
「────」
サーモアイで視る光景にも変化が生じる。これまた微かだけど草木にほんの僅かな水滴、飛沫の様な反応。水ではない。心底からイヤな臭いだ。この臭いを間違えるワケがねェ。
「ったくよ。しょうがねェな」
こうなったら時間との勝負だ。夜中のこんな場所に、わざわざ足を踏み入れるような物好きなヤツがそうそういるハズがない。
「──ふぅ」
呼吸を整え、熱を、蒸気を吐き出す。バイクのエンジンを、アクセルを吹かせるように全身を温め、そして。
「行くぜ──」
体内にこもったエネルギーを一気に排出、爆発。ソレによって生じたエネルギーを利用した急加速と共に走り出す。
「────ッッ」
一歩一歩と草木を掻き分け、じゃなくて地面諸共抉るように駆け抜ける。
確認しちゃいねェが、多分所々に火花みたいなモノも出ているコトだろう。火事とかの大事にならなきゃいいけど、今はンなコト関係ねェ。とにかく急がなきゃならねェ。
ああ、ったくよ。イヤな役回りだぜ、チクショーめ。あと火事になりませんようにってな。