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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 17
578/613

魂と尊厳(Soul and dignity)その8

 

 駅から電車に乗って、九頭龍駅へと向かう道中。オレの元に一件の通知が届いた。

「…………」

 画面を見た途端に、思わず表情が変わる。ついぞさっきまでみたいな緩い気分など完全に消し飛んだ。今のオレがどんな顔をしてるのか、家路についたてるだろう大勢の乗客で溢れかえっているこの車内じゃ良く分からねェ。けど丁度対面席に座ってるチャラそうなお兄さん達と目が合った瞬間、怯えてたとこを見ると相当にヤバい顔してるンだろうよ。

「チッ」

 思わず舌打ち。

 正直行きたくはなかった。相手が相手だ。出来れば無視を決め込ンでしまいたい。

 だけど、そうはいかねェだろうな。

「ったく、面倒くせェ」

 一言呟くと、予定よりも二駅前で降りるコトにした。

「あ、ミコに帰るのが少し遅れるってメールしなきゃな」

 報連相はキッチリ。それがデキるオトコってヤツだろ。



 ◆



 電車から降りて、そこから少し歩いて、目的地に到着する。

 そこは五階建ての小さなビル。周辺の商店街が明るく照らされてるのとは対照的に真っ暗で、まるで世界から切り離されたかのようにも見える。ここはある警備会社の所有していた建物。ものの数年で急成長を遂げ、一時は警察よりも治安維持に役立っているとまで言われた会社は夏を境に、一気に経営状況が悪化。所有していたいくつもの不動産は大半は売却。ここもそうして手放した物件の一つ、…………なのだが。

 無人、当然ながら電気すら通っていないはずなのに、正面入口へとオレが近付くのに呼応したかのように、自動扉が開く。

「チッ」

 思わず舌打ちする。

 入ってみると更に奇妙な点に目に付く。

 無人、誰も入っていないはずなのに、廊下には埃一つ落ちていない。まるで誰かがいるかのように掃除が行き届いている。

 迷う可能性もない。オレが向かうべき場所を示すかのように照明が付き、エスカレーターが動き出す。無音の空間にウィィィン、という駆動音が不気味に響く。

 そうして何とも薄気味悪い案内に従い、到着したのはビルの屋上。

「来てやったぜ。姿を見せやがれ」

 オレがそう問いかけた瞬間だ。

 背後から気配を感じ、とっさに飛び退き、間合いを取る。

 途端にオレが今いた場所が歪む。具体的に言えば空間が捻れ、穴が開いた。そこから手が伸び、まるでどっかの店の暖簾をくぐるような仕草と共に誰かが姿を見せる。いや、誰なのかは知っている。何せソイツからの呼び出しだったからな。

「──ふん。避けたか」

 吐き捨てるような物言いと共に出て来たのは、暗闇を思わせるダークスーツに身を包んだ男、シャドウ。

「呼びつけておいていきなり殺しにかかるのか? クソヤロー」

「今ので死ぬようならお前はそこまでの屑だという事だ。深紅の零(クリムゾンゼロ)

「へっ、上等だ」

 ああ、オレはコイツがキライだ。

 虫酸が走る位に何もかもが気に食わねェ。同じ空間にいるだけで苛立ってきちまう。

 それにどうやら向こうさんもオレと同じらしく、明確な敵意の籠もった視線を向けてくる。

 そもそもコイツのイレギュラー、つまり“ダークワールド“は文字通り何もかもを飲み込む最悪な能力だ。

 詳しいこたぁ知らねェし、興味もねェけどもとにかくコイツの空間に飲まれたら終わり。跡形もなく消え失せちまう。

「やるってのなら、手加減とか期待すンなよな」

 ああ、手加減なンざ出来るものかよ。気は進まねェ、……いやそうでもねェか。コイツをブッ飛ばせるってなら大歓迎だな、うん。

 ともかくも、全力でやり合っても問題ねェ。じゃなきゃ殺られるのはコッチだ。

「最初から全力で行くぜェッッ──」

 最悪な気分だが、久々に本気で、何の遠慮もなくやり合えるって点だけは最高だ。

「行くぜェ……ッッ」全身全霊、ひりつくような戦いを今から────。焔を揺らめかせ、下半身を沈み込ませ──。

「生憎だが貴様を殺しに来た訳ではない。これを見ろ。見る時刻はラベルに書いてある」

 これ見よがしに嫌そうに野郎が投げ捨てたのはUSBだ。もっとちゃんと扱えよ。データが損壊とかしたらどうするンだよバカが。

「……チッ。だよな」

 分かってたさ。シャドウの野郎は姐御の使いだって。この野郎がわざわざ顔を見せた段階で、そんな気はしてた。

「確かに渡したぞ」

 それだけ言うと、野郎は姿を消した。何の音もなく消え失せた。まるで最初からそこには誰もいなかったかのように。

「…………ハァ、」

 小間使いが消えたワケだが、どうやら厄介事を押し付けられたのは間違い無さそうだ。

「こりゃ、ミコに帰りが遅くなるのを言わなきゃ、だな」

 同居人が文句を言うのが目に浮かび、オレはため息をついた。



 ◆◆◆



 現在。追加のコーヒーを飲みながら、話が続く。

「成程。情報提供があった、と」

「……そういうコト。むぐ、もぐ」

 歩が飲んでいるのに対し、零二はサンドイッチを頬張る。かれこれ三皿。大皿が積まれている。

「お前、少しは遠慮しろよ」

「むぐ、……何で?」

「何でってお前…………」

 歩は苦笑いするしかない。いくら兄弟だとは言え、WGとWDという組織の違いがある以上、確かに情報提供の見返りは必要だろう。

(メシ奢るってのもまぁ、いいけどな)

 程度って物を知らんのか、と突っ込みたくなる。

 あまりにも遠慮がなさ過ぎる。経費で落ちるから財布は痛まないにせよ、あまり使うと家門恵美(こわい人)からお小言を貰ってしまうだろう。

(いや、別にいいか)

 彼女に言われるなら別に、むしろ怒られたい、とか妄想しつつも、零二の話に少々疑念を抱いていた。

(ま、情報提供ってのがどうにもな)

 零二の話ではWDの情報屋から聞いたそうだが、果たしてどうだろうか? 確かに零二が何人かの情報屋と接触を持っているのは把握している。それに自分達が知らない別の情報屋だっている可能性はある。

(だけど、どうにもな)

 気になっているのは、タイミングだった。

「ま、いいか。お前食ってばかりじゃなくて話を続けろよ」

 だがそれを考えるのは今ではない。まず零二から話を聞き出し、それから調べればいい。コーヒーを啜りつつ、相手に話の続きを催促するのだった。


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