魂と尊厳(Soul and dignity)その6
「へぇー」
「へぇー、じゃねェよ。ったく」
「解決したんだろ。簡単に」
「まぁね、アッサリ終わっちまったよ」
「ならいいじゃないか」
「良かねェよ。一発もなかったンだぞ? 久々に暴れられるって思ってたのに」
「ならよ、一発位殴ったらいいじゃないか」
「殴れっかよ、相手はガキだったンだぜ」
「あー。そういう事ね」
歩はニヤニヤしながら、コーヒーを啜る。零二の話をまとめるとこうだ。
結局、件の駅周辺で起きていた恐喝事件の犯人はマイノリティだった。被害にあった学生の犯人像が毎回異なった事で複数犯の可能性も疑われた訳だが、それは誤り。
「いくらオレでも小学生のガキを殴ったりはしねェ」
犯人である小学生のイレギュラー、精神感応能力の系統の能力により、自分の姿を誤認させた結果であった。
その時の事を思い出したのか、ハァ、という深い溜め息を一度吐いて零二は話を続ける。
「そン時のヤツに聞いてみたら、そこにいたのは強面の丸坊主。そンなのに凄まれちゃ普通はビビっちまうらしいけど、オレにゃどう見ても小学生のガキが自分よりも年上の学生に精一杯ドスの利いたセリフを言ってるよーにしか見えなくてよ。こう、キィキィと声変わりもしてねェのに」
思わず呆気に取られたらしい。そしてその様子をビビったからだと誤解した哀れな小学生は、調子に乗って零二をも恐喝しようとして、一喝。返り討ちにした訳なのだが。文字通りの意味合いで精神に感応、影響を及ぼす能力である以上、個々人によって効果が違う。具体的に言えば、よく効く者もいれば全く効かない者もいるのだという事を、件の小学生は知らなかったのが運の尽き。
「いいじゃないか。そのマイノリティの少年は今後は問題を起こさない、と約束したのだろ?」
歩は半ば、いや完全におちょくるような口調と共に手に持った資料をぴらぴらさせる。その資料には零二が遭遇した一件についての事の顛末が記載されている。つまりは歩はこの一件を既に知っていたのだ。要するにこの恐喝事件についての依頼を出したのは何を隠そうWG九頭龍支部であり、その責任者たる彼自身。零二は知る由もないが、この一件は武藤零二というマイノリティがどういった人物なのかを支部内外に知らしめる為の抜き打ち試験。
最近まで休戦状態だった九頭龍では分かりにくいのだが、他の地域においてWGとWDは完全なる抗争状態。日々多くのエージェント同士がぶつかり合い、命を落としている。そんな状況下において、ここ九頭龍も九条羽鳥というストッパーがなくなった今、徐々に他の地域同様の状況へと陥りつつある。日々犯罪が増え、その対処に支部全体がかかりきりとなっている。
その問題への対処として歩が行ったのが、外部機関へのイレギュラー犯罪への委託。つまりは外注である。
WGやWDにのみマイノリティがいる訳ではない。組織を嫌う者もいれば、地域の中での自警組織に所属する者もいる。現代社会に所属する以上、彼らとて生きる為には金が必要だ。困窮した者の中には犯罪に走る者もいる。
そこでWG日本支部の支部長であり議員でもある菅原が中心となって考えられたのがこの一手。その雛型、モデルケースとして先行導入されたのが九頭龍だった。
「ったくよー」
ブーブーと文句を言い続ける零二を見て、思わず笑みがこぼれる。
歩自身理解してはいる。どんなに取り繕った所で、目の前にいる弟はWDの一員なのだ。本来ならこうやって直接接触している段階で重大な問題なのだ、と。実際既に問題視されている。WG内部、より具体的に言えば、菅原と同じ議員により、名指しで指摘を受けたのだ。
外注だけでも問題がある上に、あろうことかWDエージェントにそれを委託している。しかもその相手が兄弟であり、これではいざという時の情報の機密性が保たれないのではないか、と。
(ああ、分かってる。んな事最初から分かってるんだよ、オッサン共)
だが、これだけが弟を守る方法なのだ。そもそも零二がこうなったのも、白い箱庭なる研究施設を長年知らなかった、或いは知っていたかも知れないが、放置した結果なのだ。
イレギュラーの暴走による箱庭の壊滅、WDでさえ殺そうとしたそんな危険なマイノリティを果たしてWGが受け入れる事が出来ただろうか? 果たして怪しいものだと歩は思う。結果論にはなってしまうが、九条羽鳥がいなければ零二はこうして生きてはいなかった。生きていたとしても、また別の研究施設に送られ実験動物としての生を送っていた事だろう。
九条羽鳥による庇護の結果、制限付きとは言えど零二は九頭龍で生活してきた。だがその庇護も今や存在しない。九条羽鳥は九頭龍から姿を消した。死んだとも、消えただけ、だとも言われるがそれは問題ではない。白い箱庭の壊滅によって様々な研究に関しての関係者を始め、大勢から恨みを買った零二は今だに多額の賞金をかけられたまま。今のところは問題こそ起きてこそいないが、それとて武藤の家の協力あってこそ。決して万全ではない。いつ零二の首を狙う殺し屋が襲いかかってもおかしくないのだ。
(ああ、あいつにはうざがられるだろうよ。きっとな)
子供の頃に父親を失った。単なる飛行機事故だったかも知れないし、そうじゃなかったのかも知れない。元々精神を病んでいた母親は事故をきっかけとして体調を崩し、まるで後を追うかの様にあっという間に亡くなった。分かってる、まだ自分は何も出来ない子供だったのは。だが今は違う。
(ああ、だからこいつだけは守ってみせる)
たった一人、自分の家族を守る。どんな手段を使ってでも。
その為にこそ歩はここにいるのだから。