魂と尊厳(Soul and dignity)その4
その日、オレは街をうろついてた。
ああ、今日もいい天気だ。気分も悪くないぜ。人生って素晴らしい。とまぁ何となく思い浮かぶ限りの美辞麗句を並べちゃみたけど、薄っぺらいよなー。
コホンコホン。こンなコト言っても信じちゃくれねェかもだけど、最近のオレは結構マジメなのだ。夜更かしとかはあンまししねェしさ、ゲームとかも二時間まで。これでも一応は学生なンで、部屋じゃ教科書とかもパラパラと目を通してるンだぜ。え? 授業は聞いてるのか? ば、バカ。今はいいだろそういうのは。大事なのはキチンと高校生活ってのを過ごしてるってコトなんだからよ。
ともかく、だ。二学期に入ってからコッチ、大きな事件もなく、それなりに平和ってヤツを満喫してたのさ。
だけど、その日は少しばっかり状況が違った。
授業が終わって放課後になり、オレは自分のファランクスのアジトに顔を出した。名目上はオレがボスなものでよ、用事とか関係なく顔は出してやらねェとさ。さてと到着到着っと。中に入ると早速見慣れた爺さんがこっちを振り向いた。
「おう。来たか零二」
「おお、顔見せに来てやったぜ」
「ぬかせクソ坊主が。整備の邪魔だけはするなよ」
「しねェよ。機械イジリとかサッパリだしよ」
「冷蔵庫の中にあるピザも食うな」
「食わねェよ。オヤツにゃもう遅いンで」
「ビールは飲むな」
「オレは未成年だっつうの。何だよジッと見て?」
「……意外と品性方正だなお前さん」
「るせェ」
「ガハハ。じゃあ車庫にいるから用事があれば内線でかけろ」
チャイナドレスの女にやられて入院してた下村の爺さんだが、一週間ちょいで退院してきた。何でも医者の言う話じゃもう少し入院するのを勧められたらしいけど、「ベッドの上でゴロゴロするだけなんざもう飽きちまったわ」だそうで自主的に退院したンだと。オレみたくマイノリティでもない爺さんだから、大丈夫なのか柄にもなく心配しちまったが、特に問題はなさそうだ。ともかく、一安心ってトコだ。
とりあえず何か飲みたかったから冷蔵庫を探ったが、下村の爺さんよ。完全にココに住み着いてやがる。何で中にやたら酒のつまみが入ってンだ。おまけに部屋の奥にゃ七輪だの網などがいつの間にか置かれてやがるし。
「ったくこれだから酒飲みってのはよ」
隣の物置を見ればハンモックにラジオ、その周囲にはミネラルウォーターのボトル。シャワーとかはないはずなので風呂とかはどうしてるのかって思ってたらこれまたいつの間にか簡易的とは言え、シャワーが備え付けられてやがる。
「……マジか」
一応ココってオレの所有物件のはずだ。未成年だからっつうのとWDの一員ってコトで、名義とかは別人にしてるけどよ。支払い請求とかも巡り巡って最後にはオレなワケで。
「…………金稼がなきゃな」
武藤の家に一言言えば金の問題は解決するってのは分かってる。家出した兄貴が家を継がない限りはオレが武藤の当主。あれこれ融通してくれるだろうよ。
だけどさ、そういうのってつまらねェ。病人だとか怪我人たっつうなら仕方ねェけど、オレは五体満足元気一杯だ。テメェの稼ぎはテメェで何とかしなきゃな。それに、ファランクスを作ったのもメンツを集めたのもオレだ。つまりは下村の爺さんがあれこれしようと、それも込みにしなきゃな。じゃなきゃリーダー失格だ。とまぁ、ンなコトを思ってると。
「……珍しくまともな事考えてるのね」
「…………」
「何?」
「ハァ」
「溜め息するのやめて欲しいんだけど」
「お前さ。もうちっとさ、アベしっ」
ガツンと頭をど突かれてから振り向くと、部屋の真ん中にどっかと置かれたテーブルの上に参考書とかノートを広げる桜音次歌音の姿があった。オイ、今イレギュラー使ったろ? 音でいきなりど突くのは反則だろ。
「お前な、もうちょいさ」
「何?」
「仮にもオレはリーダーなのだぜ。もうちょいそこら辺りを」
「ふーん」
ハイ。素っ気ない。本当に素っ気ない言葉と共に、ここに来る前に買ったらしいシェイクを飲む姿はふてぶてしいコトこの上なし。コイツナメてやがる。完全にオレをナメてやがるぜ。いつかブッ飛ばしてやる。え、いつって? 知らねェよ、その内だよ。少なくとも今じゃねェ。
「敬われたいなら、ガーガー威張る前にもっとやるべき事があると思うのだけど」
「──ッッッ」
クソ、何だよ。何だってンだよ。正論じゃねェか。全くその通りだと思っちまったぜ。何故だろう、コイツカッコいいって思っちまったわ。年下の女子だってのに男前じゃねェか。
「でもま、無理にやっても空回りするだけだろうから、私が手頃な依頼を見繕っておいたわ」
そう言って歌音がススーと俺にバインダーを受け渡す。何だよ、かっけェな一々。
「…………へェ」と勿体ぶった言い方で返すも、多分ムダだろうなぁ。音で感情とかそういったのバレちまうからなぁ。
「…………」
パラパラとA4サイズの資料に目を通す。ってかさ、このレジュメ。ムリに紙にしなくてもパソコンの画面を見せりゃいいよーな……。ウム、マジメさんかよ。
「で、何か気に入った案件はあるの?」
相棒の問いかけを受け、改めて資料に目を通した。
一応説明しとくと、オレのファランクスは表向きは何でも屋って形式を取ってる。他のWD連中みたく犯罪でカネを稼ぐ方が手っ取り早いンだろうけど、ソイツはどうにも性に合わねェ。汚かろうがキレイだろうがカネはカネだ。ソレは重々承知してるぜ。だからそうして稼ぎたいならそうすりゃいい。だけどさ、ソレって楽しいのかなって思う。世間様に顔を向けられないような稼業をして、それで何が残るのかって思うワケだ。
だからオレは自前のファランクスを作るって決めた時、まず真っ先に決めたのはテメェから犯罪に手を染めねェってコトだった。ソレが守れないようなヤツは誘わねェし、もしやらかしたら追い出す。ソレだけは宣言した。
その上でいるのが相棒だったり、下村の爺さんっつうワケだ。物好きだと思うよ実際。
設立からかれこれ二ヶ月経つけど、おかげさまでオレのファランクスは火の車だ。だってなかなか依頼がないンだもの。何でも屋って言ってもだ、大抵のヤツらは警察だの探偵だのに相談に行っちまう。かと言ってホームページだとかそういったモノを出そうとは思わねェ。ああだこうだ言い訳じみてるとは思うけど、オレのファランクスが取り扱うのは、世間一般じゃどうにもならねェような案件なのだから。表沙汰に出来るようなモノじゃないのだからそこいらはしょうがねェじゃンか。
で仕事だけど、近所の探偵事務所とかから手に負えないと判断された案件を回して貰ってる。そこら辺りの手回しとはオレにゃムリ。相棒だってガキだからって相手にされない。下村の爺さんイヤがるってワケで、マスターに頼んだ。
どう見てもヤクザ以上にヤクザな面構えをしたあのオッサンだが、あれでも繁華街一帯じゃ結構な顔役だ。オマケにあのダーツバーの客はワケありの連中揃い。なので色んな情報がマスターの耳には入る。警察とかよりよっぽど街で起きてる事件とかにも詳しい。そのおかげで探偵事務所やら警察からも情報提供をちょくちょく求められてる。要するにそういったコネを持ってるワケ。
とにもかくにもとりあえずのカタチだけだけど、ファランクスは動き始めたのさ。