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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 17
573/613

魂と尊厳(Soul and dignity)その3

 

 十月初旬。

 まだ秋と言うには少しばかり暑い、ある日の午前十時。

 朝の通勤通学時間を終え、一時の静けさを取り戻した九頭龍駅前にあるコーヒー専門店。十席程の小さな店内の唯一のテーブル席で二人の男が対面していた。

「聞きたい事がある」

 開口一番。単刀直入。一人の男=春日歩は話を切り出した。

 本来であれば、この話をすべき相手なのではないのだろう。

 実際、もう一人の男=武藤零二は如何にも面倒そうに頬をかいて、欠伸を隠すつもりもない。どう見てもやる気の欠片も見受けられない。単に眠いだけなのかも知れないし、如何にも不真面目そうな見た目に反して、基本的には真面目に学園生活を送っているとの報告から考えるに、或いは本来であれば授業中なのに、何故今ここに自分がいるのかとの反発からであろうか? 何にせよお世辞にも友好的とは言えない雰囲気だった。

「ま、そういう反応だわな」

「…………」

 とは言え、店員が出したコーヒーを無言で口にしつつ、零二が思っていたのは、ここのコーヒーも悪くはないが、マスターこと強面の元傭兵である進藤の淹れるコーヒーの方が美味いという事であり、何がこんなに違うのか、という事なのだが。

 眉間に皺を寄せ、険しい表情をしているからだろう、傍目からは苛だっているようにしか見えず、たまたま店に入った大学生は零二と目が微かに合った瞬間、蛇に睨まれた蛙よろしく、哀れにも「ひっ」と思わず小さな悲鳴を上げ、思わずへたり込み、一緒に店に来た恐らくは彼女らしき女性に「ださっ」と言い放たれてしまっている。

「おい、いい加減機嫌を直せよな」

 歩にしてみれば、確かに突然秀じい経由で呼び出した自分に不満はあって当然なのは理解してはいたが、ここにいるのは兄弟の仲を深める為ではない。あくまでもWG九頭龍支部の支部長として話があるからなのだ。WD、武藤零二という存在とこうして会っている事自体、WG内にいる急進派連中からすれば、格好の攻撃材料を与えかねない。

「ン?」

 あくまでもコーヒーの味の違いに考えを巡らせていた零二が、ようやく現実に戻った頃には、時刻は午前十一時となり、店内にいた他の客はもう誰もいなかった。歩もまた、途中から心ここにあらずといった弟の様子を見て、スマホゲームに興じていて、何をしにここに呼び出したのか半ば忘れてしまっていた訳なのだが。

「オイコラ、用事があるンだろ?」

「ああ、そうだった」

「ったく、ちゃんとしろっての」

 歩としてはお前に言われたくない、というのが本心だったが、それは言わずもがな。

「こいつを見てくれ」

 こめかみに青筋を浮かべつつも、スマホに入れていた画像を零二へと見せた。

「…………」

 お世辞にも画質は良いとは言えない画質だった。おまけに夜に撮ったのだろう。周囲は真っ暗で、辛うじて見えるのは、街灯の傍を歩く何者かの姿。真っ黒なジャケット、同じく黒のチノパンにブーツを履いている姿はまるで周囲に溶け込もうとしているかのよう。

「コイツが何だっての?」

「じゃ、次の画像はこれ」

 画面が切り替わって、次に表示されたのは赤い半袖シャツにカーキ色のパンツを履いた少年。顔はぼやけているものの、ツンツンした短髪には見覚えがある、……というより零二自身がそこにいた。

「え? オレじゃねェか」

「だよな。で、最初の画像に戻るけど、もう一度聞くがこいつを見た覚えはないか?」

 射抜くような鋭い視線を感じ、零二は何故か自分が悪い事でもしたかのような錯覚を覚えつつ、再度画像を確認してみた。

「…………ン? コイツ──」

 やはり顔は分からないものの、その服装には見覚えがある。思い出すべく、人差し指でおでこをトントンと突いてみる。そして黙り込む事およそ十秒程だっただろう「あっ」と声をあげ、席を立った。

「思い出した。コイツ、オレがブッ飛ばした野郎だ」

 零二の脳裏に浮かんだのは、先日の夜の光景だった。


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