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調査その2

 

(さて、相手が何処の誰かを知らなくちゃ、……ね)

 相手を特定しようにも、見知らぬ人物をただ漠然と探すのでは、当然の事ながらあまりにも効率は悪い。

 今のはあくまでも声、音、振動を聴き取ったに過ぎないのだ。

 歌音は声の方角に改めて意識を集中させる。

 さっきよりもその声を……よりハッキリと聴き取る為に。

「…………すぅぅぅ」

 目を閉じて、息をゆっくり吐く。

 目を閉じなくても音は問題なく聴こえるのだが、要はこの方が集中しやすい。目を開けていると視力についつい頼りがちになるのは、やはり人間としての抗いがたい習性なのだろう。

 無数に聴こえる声、音はまるで嵐の様に渦巻いている。



 初めて街中で音を聴き取る、という事を試してみた時、軽くパニックに陥ったのを思い出す。

 同時に、元々の生家で家族から畏怖された時の事も思い出す。

 彼女の生家は九頭龍の外れにある旧家だ。

 そこは山奥の小さな集落。

 一種の隠れ里の様な意味合いの土地柄らしく、集落内で互いに手を取り合って半ば自給自足の様な生活をしていた。

 小さく閉鎖的なコミュニティは、良くも悪くも互いが密接に繋がる事で成立する。

 この集落は防人に由来する一族の末裔である為に、異能者に対する理解はあった、はずだ。

 それでも彼女は周囲から恐れられた。

 生まれながらの異能者は古来より異端扱い。

 だからこそ歌音は周囲から隔絶された。

 一般人にしろ、同類にせよ彼らはまだ幼児だった彼女を忌み嫌ったのだ。

 だが彼女は決して孤独ではなかった。

 耳を澄ましていれば、周囲の音は聴こえて来るのだから。


 それは鳥の囁き、それはウサギやリスの駆ける音。鶏の鳴き声は彼女に新しい一日が訪れた事を教えてくれた。

 人の声は聴こうと思わなかった。

 彼女に生きる事を教えてくれたのは間違いなく動物達かれらだった。

 自然と共に生きる事の大事さと気高さを彼らは雄弁に伝えてくれる。人間など相手にもしたくはなかった。


 だからこそ、あの人、あの防人が自分を迎えに来たと言う声が聴こえた時、嬉しさのあまりに身体が震えた事を覚えている。

(ようやくこんなやつらから離れられる)

 そう手放しに思った。

 山奥から彼女が連れてこられたのはまるで別世界。

 人の数が段違いだった。

 せいぜいが三〇人程だった集落から、いきなり数百もの人が暮らす団地に連れてこられたのだから。

 それに周囲に動物がいない事にも驚いた。

 いるのといえば、カラスばかり。フクロウやイタチのような夜に森を闊歩する動物などいそうにない。

 それでも彼女は孤独ではなかった。

 動物達の音は聴こえなくなったが、彼女には先生が出来たのだから。

 先生、……あの防人は、歌音に色々な事を教えてくれた。

 その全てが彼女には新鮮で、初めての事ばかりで、毎日が楽しかった事をよく覚えている。

 彼がいなければきっと自分は獣同然、否、……それ以下の存在でしか無かった事を歌音は理解していた。

 彼は折を見ては自分の妹とも遊ばせてくれた。

 彼女は義理の兄である聖敬と同じ年齢。

 歌音の事を本当の妹の様に可愛がってくれた。

 本当に楽しかった。

 毎日が楽しくて仕方がなかった。


 でも、楽しい時間というのは永遠じゃない。

 子供はいつか大人になる。

 そうして大事な何かを捨てていく。

 桜音次歌音、という少女にはそれがたまたま人よりも早く訪れた、ただそれだけの話だ。




 そして、今。

 彼女はWDのエージェントとして動いている。

 相手の位置はさっき大体把握した。

 今はその近くに向かっている最中。

 だるまや西武を後にして、声の聴こえた位置へ。四車線の道の中央に線路があり、そこを路面電車が通っていく。


 レトロな車体をキャンバスに、恐竜の絵が描かれている。迫力のあるトリケラトプスにフクイラプトルの絵だ。

 今でこそ九頭龍の一部であるが、旧勝山市では恐竜の化石が数多く発掘されており、恐竜博物館は世界で有数の規模を現在も誇る。

 九頭龍という経済特区の成立以前から恐竜とは、地域にとって重要な観光資源なのだ。


 道路を越え、中洲の様な幾つかのビルを越えるともう一つ今度は八車線の道路があるが、こちらは無視。旧県庁へと続く大通りへは地下道を通っていく。理由は何となく、だ。

 九頭龍には無数の地下道が張り巡らされている。

 それから急激に整備されている地下鉄。

 それに伴い、徐々にではあるが、この中心街から車の数は減少しつつある。


 地下道が彼女は好きだった。

 ここかは外の音があまり聴こえない。全く聴こえない訳ではないのだが、届きにくいのだ。

 だから気分転換、というかちょっとした休息にここは丁度いい。

 これが仕事中でないのならば、地下道から地下街へ入ってランチにするのもいいのだが……とか考えている内に相手の声がハッキリ聴こえる様になった。どうやら向こうから近付いているらしい。歌音が出ようと思っていた地上への階段を降りる何人かの足音が聴き取れる。

 距離にしておよそ三〇メートル、といった所。

 とりあえず、歌音は歩みを止めて様子を伺う事にした。

 物陰に身を隠し、覗く。


「しっかしサイコーだぜ今日はさー」

 品性のない声が響く。かなりの声量で話しているらしい。これならば地下道に入っただけで、耳のいい者なら声が聞こえるかも知れない。

「でもよ、何処で見つけたんだよパラダイスを?」

「あ、それおれも気になる気になるぅ」

 続けての二人の声も、標的と大差のない品性の欠けた声。

 まず間違いなくドロップアウト、もしくはそれに類する連中だろう。

「で、どする? コイツをよ?」

 標的がそう言うと何かを投げ出した。ドザッ、という何かが倒れた音。


「や、やめてくれ」

 許しを乞う声が聞こえる。

 どうやらもう一人、誰かがいるらしい。

「ダメダメ、だよねリュウ君?」

「そうそう、だってお前こっちに因縁付けといてバックれるなんて甘いって、……なリュウ」

 どうやらリュウ、というのが例の標的の名前らしい。

「お前、何処でおれがパラダイスを持ってるって聞いたんだ?」

 そうドスの効いた声と共に攻撃。二発、恐らくは蹴りだ。

 ゴホ、ゴホッという誰かが呻く声。

 リュウは更に幾度も幾度も蹴りを放つ。

 その都度、誰かは呻く。

 徐々に呻く声に深刻さが増していく。

「おいおい、ちょいとやり過ぎだよ」

「だな、そろそろやめねぇと死んじまうぜ」

 仲間二人も思わず止めに入るが、リュウはそれを無視。

 更に執拗に攻撃を繰り返す。

 メキメキ、

 間違いなく肋骨辺りが何本か折れただろう。

 放っておくと死ぬのは間違いない。

(しょうがないな、面倒だけど……)

 歌音が介入を試みる。

 簡単に言うなら”フィールド”を展開。

 それを少し攻撃的に放つ。

「ううっ」「あ、頭が……」

 二人の声が聴こえる。気絶しただろう。

 そこで歌音は飛び出す。

「あ? お前なんだってんだ? 何をしやがった」

 リュウは平然とした様子で自分の周囲の異常を突如現れた少女のせいだと認識した。

「らあっっ」

 叫び声をあげると突進。

 ジャラジャラ、という金属の擦れる音が聴こえる。

 どうやらベルトの代わりにチェーンを着けていたらしく、それを引っ張り出す。その慣れた手つきから察するにいつもこうして仕込んでいるらしい。

 そういえば暴行を受けていた相手の顔には、素手とは思えないアザがあったが、それもこのチェーンによるものだろう。

 ジャラッッ。

 チェーンが歌音へと放たれる。彼女はそれを顔を反らして躱す。左拳が向かってくる。それも躱す。

「てめっ、ちょこまかと!」

 リュウの表情にはハッキリした焦りが見える。

 歌音は基本的には近接距離での格闘は不得手だ。

 だがそれでも目の前の相手の格闘技術はお粗末。とても彼女には通用するレベルではない。

「くそっっっ」

 リュウはチェーンを拳に巻き付けて殴りかかる。大振りで隙の多い右ストレート。体重も上手く乗っていなければ、勢いも足りない。彼女は散々見ている。右ストレート一撃で敵を沸騰させる少年を。彼の放つ一撃に比べ、何と幼稚な攻撃だろう。

 歌音はあっさりと躱しつつ、すれ違い様にリュウの襟首を掴むと足を払う。そしてバランスを崩した相手を壁へと叩き付けた。

 カウンター気味の一撃で事は終わった。

 リュウは口から泡を吹きつつ失神する。

「アンタ弱いね、でも後始末が面倒くさいなぁ……ああ嫌だ」

 そう呟きながら歌音はスマホを取り出すと……何処かに連絡を入れた。



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