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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 16.3
569/613

気分転換(for recreation) その4

 

 巫女をマンションの傍まで送ってから、美影は帰路へと着く事にした。

 時刻はもう夜十九時。

「ああ、余計なコトしたかなぁ」

 うーんと唸りながら、自身の長い黒髪の先端をクルクルと巻く。

(随分伸びたなぁ)

 思えば髪を切らなくなって何年経ったのか。伸ばし始めたのは、WGによって救出されてから。

 実験体の頃は常に髪は切られてた。顔が分からんだの、管理が手間だの、要するに家畜同然の扱い、認識だったのだろう。

 研究施設によっては乱暴にバリカンで刈られもしたし、妙な薬の副作用でごっそりと抜けた事とてあった。

(思えば、そういう意味じゃあそこはまだマシだったのかもね)

 思い返すのは、あの白い箱庭。

 何もかもが白く塗られた、殺し合いの日々だった場所。

 あそこでは少なくとも、髪型云々は問題視されなかった、と思う。

(それも同然かもね、だって、)

 あの場所は研究施設でもあり、互いの実験結果を見せびらかす為の品評会でもあったのだと美影は思う。

 そう考えれば諸々の辻褄は合うように思えた

 実験、もとい殺し合うという事はそれだけ人の増減がある。実験体だって無限にいる訳もないのだ。だとすればどう補充するのかが重要になるはずだ。確保するにしても、ちょっとやそっとじゃ確保するのも難しい。人を一人誘拐するという事は、それだけ痕跡を残す可能性があるという事でもある。

 それまで普通に生きてきた人物が突如としていなくなるのだ。当然ながら刑事事件となる可能性だってある。警察を恐れていないのだとしても、WGなどに察知されるリスクは避けたいはずなのだ。

(だから。多分だけど)

 そういった研究施設の頂点に白い箱庭があると仮定する。箱庭は多くの研究施設、研究者達を束ねる立場にあったんじゃないのか。重要な情報はほぼ箱庭に集約されており、だから下部にある研究施設が潰れても、尻尾が切れても頂点さえ無事なら幾らでも立て直せる。問題ない。

 実際、WGは最後まで白い箱庭を見つけられなかった。あの武藤零二が壊滅させたのだと判明し、ようやく場所を突き止めたのだ。認めるのは癪だが、情報操作についてはほぼ完璧だったに違いない。

(あれで大丈夫だったのかな?)

 果たして巫女に対して、あれで良かったのだろうか。

 結局の所、自分がしたのは不安がる彼女にただ優しく接しただけ。

 声をかけ、落ち着くまでの間一緒にいただけの事だ。

 何も特別な事などしていないし、こんなので大丈夫なのか、と不安すら抱いた程だ。

 ただしばらくして、巫女は「ありがとう。もう大丈夫」と言っていた。心を読める術など持たない身としては、その言葉を信じる他ない。

 もしも何か困った事でもあれば、と番号とメアドも交換しておいた。勿論、教えたのはWGとは無関係だ。万が一のリスクマネージメントは最低限しておかねばエージェント失格だ。


「ハァ、これ以上考えてもしょうがないか」

 認めるのは心底から癪だが、彼女にはあのバカがいる。それにバカは最近、自分のファランクス( チーム )を作ったとも聞く。彼女は一人じゃない。仮に何か起きれば、その時はその時だ、と割り切る。

(バカの手に余るようなら、アタシが助ける)

 そう決意を固め、帰路に着いていた彼女の意識を引き戻す音がした。

「ん、スマホ?」

 バッグに放り込んでいた自分のスマホを取り出し、相手を確認。見覚えのない番号からの着信。

「…………」

 このスマホはWGからの支給品ではない市販品。学園生活を送るに際して、副支部長の家門恵美からこれで普段は他の人と交流しなさい、と渡された物だ。

 登録されているのは、クラスメート何人かの連絡先にさっき交換したばかりの巫女など十人にも満たない。

 実際、自分から電話などしないし、軽くメールやSNSでのやり取りをするだけのモノ。話題も翌日の授業の確認などの連絡事項ばかり。

 そんな彼女のスマホに見知らぬ番号からの着信が入っている。このまま放っておいても埒があかない。意を決して通話ボタンを押す。

「──誰?」

「…………」

 しばらく待ってみたものの、通話先からは何の返答もない。

「イタズラなら切るけど、いいの?」

「…………」

 美影の催促にも相手はただ無言を貫くのみ。

「じゃあ」「──しね」

 かぶせるような言葉と共に状況は一変。

 突如、バスが大きく蛇行。ガコン、という音は歩道に乗り上げた際に車体がブロックにでも擦った物だろうか。

「きゃああああ」「うわああああ」「嘘だろっ、おいっ」

 だが突然の事態を受け、乗客達はパニックになり、騒ぎ出す。

「止めてみろよ」

 通話相手は嘲るように言い放つ。それも電話越しじゃなく()()()()で。

「──!」

 眼前へ鈍い光を放つモノが迫る。とっさに頭を下げて回避。ダン、と座席に食い込んだのを見て取り、美影は相手の膝を蹴り上げて姿勢を崩す。

「うぜえッッ」

 男は怒鳴り散らしながら得物であろう斧を引き抜く。

 半袖のシャツにジーンズにスニーカー。何処にでもいそうな、何の変哲もない男だった。ただその目に宿った狂気の色が、彼がまともな精神状態にない事を雄弁に物語っている。

「なんなんだ」「人殺しっっ」

 当然ながらこの場にいる乗客達は慌てふためく。ただでさえバスがガタンガタンと左右に蛇行している状況下。その上、すぐそこほんの十メートルもない場所でどうやって隠し持ってたのか、斧を振り回す男がいるのだ。どう考えたって普通ではない。

「警察、警察呼べっ」「通じない、使えないよ」「何で? 壊れたの?」

 そうした声がまた一層、乗客達を胸部におののかせる。

「アンタ、正気なの?」

「ケッケッケ。正気かだとぉ? 勿論正気に決まってんだろが。何をそんなに……ああ、そうか」

 斧男は得心したようにかぶりを振ると、美影へ向けていた斧の刃先をすぐ近くにいた乗客へ振り抜く。

「──クッッッ」

 美影はほんの一瞬だけ炎を噴射し加速。乗客へ向かう凶刃の横っ面を肘で殴りつけ、強引に軌道をずらした。縦手摺りに衝突した斧が火花を上げ、それを目の当たりとした乗客、特に目の前にまで斧が迫ったのを見ていた大学生らしき青年は、恐怖の余り失禁した。

「このアマッ」

 斧男は罵声を上げながら得物を振り回す。およそ心得があるとは思えない、ただ振り回しているだけの雑な攻撃。美影にすれば大した脅威も覚えない相手。

 胴を切り裂かんとする一撃を後ろへと飛び退く。ガタンガタンと車内は大きく揺れ、今にも事故が起こりそうに思える。

「かち割ってやらあ」

 頭上から襲いかかる斧の一撃。美影はそれを横へ躱すと同時に、右の前腕で横から軌道を外す。狙いをずらされた斧は、ガキ、と再度バス内の縦手摺りにぶつかり、甲高い音と火花を散らす。

「フッッ」

 すかさず左足で相手の右足を踏み、右膝で股間を蹴った。「は、う゛ゃ」と叫び、手から力が抜け斧を手放す。だが終わらない。美影はそのまま前のめりとなった男の顎を左掌底で横から打ち抜く。それが決め手となり、男は力なく崩れ落ちる。

「────」

 念の為に追い打ちをかけようかとも思ったが、男は口から泡を吹いているのを見て取ると、「手足を縛っておいて」と乗客達に言って、即座にバスの運転席へと走った。

「…………」

 運転手のいないバスは一見すると異常に思えた。

 普段学園敷地内にある女子寮から通学しているからだろうか、自動運転というモノにどうにも違和感を隠せない。

「どうすればいい?」

 何分、完全自動運転。計器類を見てもどうすべきなのかなど分かりようもない。苦し紛れにハンドルを手にしたものの、何も事態は変わらない。何とか蛇行運転をしないだけ。ブレーキを踏んでも止まらない。それよりも美影には意図が分からない。

「車間距離は一定のまま?」

 そうなのだ。これだけ酷い運転をしていたにも関わらず、バスは事故には至っていない。当然ながら道路には他の車が走っている。九頭龍では個人法人の区別なくあらゆる車両に安全装置の義務化が定められている。衝突防止装置、自動制動装置等々、現在開発されているあらゆる安全装置の装着が条例によって。だからこそ車両事故の発生件数が全国平均よりも低い。確かにそれが売りの一つではある、あるのだが。

「…………」

 それどころか蛇行運転など嘘のように、運転を再開したバスを訝しむ美影だが、ここで騒いでも余計なパニックを招くだけと判断。

 バス内の乗客達は最初こそ、ざわついていたが、やがて斧を振り回した男が何かしたんだと結論を出すと落ち着きを取り戻す。

 スマホなども使えるようになった事ですぐに警察を呼び、バス会社に連絡を入れ、次の停留所で停車。事態は収まった。



(一時間後)


 美影は本日二度目となる警察からの調書を受け、寮へと戻った。

 しかもまたもや同じ警官と顔を合わせ、「君も災難だねぇ」と同情される始末。とにかく起きた事を説明し、暴漢を取り押さえた、と説明して解放された末に帰ったのは午後十時だった。

 その上で、休日だったとは言え、立て続けの事件について説明しない訳にもいかずに九頭龍支部へと連絡を入れた。


 ──大変だったねーーー。美影ちゃん。

「はい。それでどうでしたか林田さん」

 ──うん。結論から言うと、ハッキングだね。バス会社の運行制御システムを乗っ取ってた形跡があったよーーー。

「アタシを狙ってたんですよね?」

 わざわざあの暴漢は電話までかけてきたのだ。単なる偶然だとは思えない。

 まずどうやって自分の電話番号を入手したのか、更に言えばあのバスに乗っていたのを知っていたのか? 考えれば考える程に、得体の知れない違和感が強まっていく。電話番号自体はどうにでもなるだろう。少なくとも何人かのクラスメートには教えていたのだ。その中の誰かから入手すればいい。場所の特定については、そうそう容易くはない。

 すると林田がその疑問に答えた。

 ──美影ちゃんの居場所だけどさ、GPSじゃないなーーー。そういったの切ってたのは間違いないし。起動した形跡もない。だからさ、カメラだろうなーーー。

「…………」

 林田はそれ以上何も言わなかったものの、だからこそこの相手が厄介なのが伝わる。普段であれば、何も聞いてなくても自分から喋るような人物が何も言わない。つまりは、相手がただ者じゃないという何よりの証左。心配かけまいという彼女なりの心配りなのだろう。

 なら、自分が言うべき事は。

「分かりました。夜遅くにすみませんでした」

 これ以上、迷惑をかけないようにする事だろう。

 美影は言い知れぬ不安を覚えつつも、その日は早めに休む事にした。


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