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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 16.3
566/613

気分転換(for recreation) その1

 

「………………」 

 ゆっくりと目を覚ます。

 室内の何もかもが真っ暗で、静まり返っていて、少し心が落ち着く。

「う、ん」

 手を伸ばして、ベッド傍に置いてあるミネラルウォーターを一口。

 ほんの少し渇いた喉を潤すと、足を床に着ける。

「ふあ、あ」

 時計は午前五時。体内時計は今日も正確らしい。

 カーテンを開けると、まだうっすらと暗い。もうすぐ十月、秋が近いからだろう、日が昇るのも随分と遅くなってきたようだ。

 洗面所で手早く顔を洗って、歯を磨いて、それから着替える。

 トレーニングウェアを着て、ランニングシューズを履くと、部屋を後にする。まだ寝ている人も多いだろうから、静かにドアを閉めた。


「は、──はっ」

 息を小さく吐きながら手足を振る。

 他に走っている人もちらほら見かけるけど、注意をしなければいけない。

 元々そうだったけど、氷炎能力にイレギュラーが変化してから、どうにも前より体温調節が難しくなったように思える。

 前なら何の問題もなく出来ていた。例えば早朝に外を走っている時なら、普通なら寒くなれば吐く息は白くなる。前なら何の問題もなく息は白くなっていたはずなんだけど、氷も遣えるようになって以来、体温の変化が大きくなってしまい、ある日は高温、翌日は低温とかなりの差が生じるようになった。

「おはよう」

「おはようございます」

 すれ違ったのは、アタシの暮らしている女子寮の先輩。確か、大学二年だったはず。日頃からこの時間になると、よくこうして顔を合わせるので日課としてランニングをしているんだと思う。

「────」

 タッタッタッタ、という一定のリズムを刻む。今ここではアタシの足音だけがする。

 軽く結んだだけの髪が風に揺れるのが好き。

 こうして一人、何も考えずにただ走るのが好き。

 まだ大半の人は寝ているか、もしくは家事などで家の中にいるから、空気が澄んでいるのも好き。

 この辺りも二時間もすれば、通学で一気に人通りも多くなる。正直言って人がたくさんいる場所というのが苦手。

 どうにも心が落ち着かない。

 多分、アタシは他人が信用出来てないんだと思う。

 子供の頃、ほんの数年前までの経験のせいなのかも知れないけど、周囲の大人を疑いの目で見てしまう。

「──ふ、っ」

 色々な場所を転々とした。研究材料、モルモットとしてあちこちたらい回しにされた。白衣を纏った大人達はアタシのコトをモノとして扱った。

 人だと思えば罪悪感を抱いてしまう。だから目の前にいるのは人ではない。マイノリティという自分達とは違うモノなのだと思い込んで、彼らは様々な実験を行った。

「ハ、ハッ」

 今にしてみれば、彼らからはアタシ達はきっと怪物のようなモノだったんだと思う。

 なまじ頭がいいから。ううん、違う。見た目は自分達と何も変わらないのに違う能力を持っているから、怖かったのかも知れない。

「────」

 学園内の敷地は広い。幼稚園から小中高に大学までここにはあるから当然なんだけど。

 学生寮も男女別で幾つもあるし、コンビニだってある。

 敷地内にはレストランや、挙げ句には映画館、もっとも最新の映画を公開しているのではなく、昔の映画を上映してるこじんまりとしたモノなんだけど。運動場だってそれぞれ別々にあるし、あとは本屋さんでもあれば個人的には完璧だと思う。

 ピピピ、とスポーツウォッチのアラームが鳴った。時間だ。

「フゥ、」

 足を止め、ゆっくり歩きつつ息を整えていく。

 ここ最近、アタシはこの敷地内を走るのを日課にしてる。

「まぁまぁね」

 スポーツウォッチで走った距離を確認。

 リストバンドで汗を拭って目を閉じる。

 汗をかくのはいいものだと最近知った。

 ずっと体温調節で発汗なんかしなかった。鬱陶しいだけだとずっと思っていたんだけど、こうして汗をかいてみたら気持ち良かった。

 何て言うのか、今までずっと冷暖房完備の状態だった。そのスイッチを切ったコトで運動すれば体内にある水分が流れ出す。極々当たり前のコトなんだけどそれが何だか新鮮で、爽快だった。


「ん、……」

 自販機に小銭を投入。選ぶのはスポーツドリンク。ガタン、と落ちてきたボトルを手にするとキャップを開けて一口。

 ドリンクの喉を通っていく、少し渇き始めてた喉が潤っていく感覚が心地良い。こんな当たり前のコトも今まで感じてこなかったんだと実感する。

 風が火照った肌に当たって涼しいっていう感覚も分からなかった。

 アタシは何も知らないままだったんだって。


「今日は、そっか。休みだった」

 WGに休みはない。何せマイノリティによる犯罪は後を絶たない。

 この瞬間にも、誰かがイレギュラーを用いて何らかの犯罪を起こしている。多くの場合、マイノリティ犯罪者に対して一般人は対抗など敵わない。イレギュラーとは文字通りの意味で異能力であり、超能力なのだから。

 マイノリティにはマイノリティ、イレギュラーには同じくイレギュラーせ対抗する。アタシ達WGはそういった犯罪に対する抑止力なのだ。休みなどあろうはずもない。なのだけど。

「調子狂うな」

 アタシは今日、休みだ。今日一日は完全に休み。こんなのいつ以来だろ。思い出せないというコトは、ひょっとしたら初めてなのかも。

 我ながら仕事中毒(ワーカホリック)だな、とは思うけど、休みなんてなかったんだから仕方がない。


「ハァ、」

 部屋のシャワーを浴びて、着替える。

 時刻はもうすぐ六時。

 とりあえず、スマホを手に取ってネットニュースを見てみる。

 情報の精度はともかくとしても、噂話程度の情報であっても、そこには真実の一端が示されてたりする場合もあるのだからバカには出来ない。


「特に気になる情報はなし、っと」

 流石にお腹が減ったな。

 そろそろ、寮母さんが朝食を作って……。

「あ、今日は日曜日だった」

 土日祝日は寮母さんもお休みだったコトを今更ながら思い出す。

「曜日感覚狂ってるなぁ」

 そんなコトを呟きつつ、朝食を買いに向かうコトにする。

 何せ部屋の冷蔵庫にあるのは、ミネラルウォーターだけ。基本的に部屋では寝ているか、授業の復習しかしていないのだから。

「しょうがない。買いに行くかな」

 溜め息混じりに外を見るのだった。


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