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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 16
565/613

悪徳の街(The city of vices)その46

 

 結局の所、コレは賭けだ。

 こうするのが正しいのか、それは分からない。

 妙なクスリを打たれたけど、オレには効果がなかったから。なら、って漠然と出来ると思った。だからやってみた。

 焔を流し込む。口から水を注ぐってワケにゃいかねェ。耳から、ってのは自分でもキモいたぁ思うけれども、コレが一番いいって思った。

 いつもなら焔を流し込む、与えた段階で終わり。後は相手の体内で炸裂させるだけなのを、意図して、操作していく。

 行き当たりばったり、一発勝負。それもこれまで一回とて行ったコトもない超精密操作だ。こンなの失敗して当然。オレには全く向いてないはずだ。

 だのに。

 焔が相手の体内を巡ってくのが分かる。目で視てるのではなく、感覚として理解できちまう。

 だから。

 オレはただやるだけだ。

 この焔で。


 不思議な感覚だ。

 初めてするってのに、何でか分かる。分かっちまう。

 今、オレの焔があっちでどうなってるのかが分かっちまう。

 相手の体内、血中内、内側にあるモノを感じる。クスリ、いや、そうじゃねェ。もっとロクでもねェナニカ。例えるなら、ヘドロみたいなモノが溜まってて、それが体内へと流れてく。

 コレを灼けばいい、何故だかそう確信出来た。

 だからソレを灼き尽くす。オレの焔が跡形もなく消していく。

 そこにあるモノだけを殺していく。

 閉じ込めて、逃げ場を奪って、一瞬にして。

 何だろ、何なんだろう。

 妙にしっくりとくる。まるで、…………。



 ◆◆◆



「──じ、」

「ン、」

「ちょ──いてるの?」

「あ、ン?」

「さっさと起きろ馬鹿」

「ブゴフッ」

 強烈な痛みで零二が目を覚ますと、何やら堅いモノ、テーブルにキスをしていた。

「っつぅ」

 後頭部から生じる痛みに半ば涙目となりつつ、寝ぼけ眼で辺りを見渡せば、そこはいつものマンション。

 当然ながらそこにいるのは同居人であり、妹分でもある巫女の姿。

「やっと起きたか寝坊助」

「お前なぁ、もうちょっとは優しく起こせなかったワケ?」

「いいえ、巫女は何度も起こそうとしたわ。それでも起きなかったから私が代わりに起こした」

「──あン、って何でお前がいるンだよッ」

 声の主は、歌音。そう言えばど突かれたにしちゃ、妙にジンジンと痛む、と考え至り、「お前ッ、なんつう起こし方しやがるッッ」と反論を試みたが、返ってきたのは言葉ではなく、ゴツンという衝撃。

「朝から怒鳴らないでくれる。近所迷惑だから」

「────ッッッッ」

 後頭部に続き、顔面にも駆け巡る音の一撃を受け、零二は座っていたカウチから転げ落ちて悶絶。手足をバタバタと動かす。

「五月蝿い」

 吐き捨てるような歌音の圧力に、零二は刃向かう意欲を喪失。すごすごとカウチへ腰を落とす。

「だから夜更かしはダメっつったじゃん」

 バカだねーといいながら、巫女はコーヒーを差し出す。

 零二はムスッとした表情を隠す事なく、それを受け取ると一口。

「うっせ」

 と返すだけに留めた。何故って、歌音が怖いから。それに、時計を見て思い出したが、今日は来客があるのだから。



(一時間後)



「で、どうなったンだ。その、兄貴は?」

「ああ、病院にいるよ。しばらくは入院だって」

「そか、悪かったな」

「いいや。お前のお陰で助かったんだ。アタイじゃ無理だったよ」

 零二と対面する形で反対側のソファーにいたのは亘。彼女がここに来たのは、今の現状を話す為だった。


「あれから一週間か。落ち着いたかよ?」

「ああ。大丈夫だよ。意外だなぁ」

「ン、何がだよ?」

「アンタそんなに優しい奴だったっけ?」

「ぷふっ」「そうね」

「────オイ」

 同居人と相棒の容赦のない一言に、ガラス細工のようなハートは傷付くのを感じつつ、どうしてくれんだよ、と零二は亘に目で訴えかける。

「で、兄貴の意識は戻ったのか?」

「ああ、まだ長い時間起きてるのは無理みたいだけど」

「そっか。良かったな」

「アンタのおかげだよ」

「そうかよ」

「そうさ」

 それからしばらく話が続く。

 分かったのは耐里の状態が良くなり次第、九頭龍から東京の病院へ転院する事。彼女もまた、それに付いていくのだそう。

「そろそろ戻るよ。WGってのとWDってのは一応敵みたいなもんなんだろ?」

「そうだな。間違っても向こうで仲良くしようなんざ思うなよな」

「アンタみたいな変わり者はそうそういないだろ。問題ないよ」

 そこで呼び鈴が鳴った。どうやら時間が来たらしい。

「そろそろ終われってさ。せっかちだよなWGも」

 じゃ、と言いながら亘は立ち上がる。そのまま立ち去るかと思いきや、不意に零二の傍に踏み込むと、そのまま頬へ唇を合わせた。

 それを目の当たりにした巫女は凍り付き、歌音は目をしばたかせる。

 亘は「これは個人的なお礼だぜ」と笑う。

「ば、ば、バッカ。バカ」

「何だよお前。照れてんの?」

「うっせ。帰れよ」

「ああ、帰るぜ」

 勝った、とばかりに胸を張り、自信満々で去っていく依頼人を、零二は顔を真っ赤に染め、巫女はシッシッと手を払い、歌音は咳払いをして見送る。バタンとドアが閉められ、ようやく零二はふぅ、と息を吐く。

「ったく、何だよアイツ。…………バカ」

 まるで少女のようなその言い方に、本物の少女二人は互いの顔を見合わせて、首を振った。

 零二はそんな二人の何とも言えない視線を背中に受けつつ、窓の外の景色へ視線を向ける。

 澄み切った真っ青な空が何処までも広がっていて、「あー、今日も」と言葉を切って笑う。良い一日になりそうだ。少なくとも今だけはそう確信出来た。



 ◆◆◆



「ふぅん。じゃあフリークにはならなかったのね」

 薄暗い部屋の中、彼女は満足そうに嗤う。

 その紫色の髪は毒の花を思わせ、瞳の色は銀色。まるで人形のように整った

 可憐な少女の姿とは、不釣り合いな低い声音。

 暗闇を想起させる漆黒のドレスは、この室内の中でまさしく闇を想起させる。

「興味深いわ。本当にね。そうは思わない?」

 銀色の視線の先にいたのは、壁に背を預ける、一見すると美少年にも美少女にも思える整った顔立ちの人物。

 その銀色の髪は心なしかか室内で輝いているようですらあり、異様なまでの妖艶さを漂わせる。

「心底から楽しそうだというのは伝わってくるよ」

「そうね。考えてみて、フリーク化寸前、もう手遅れのはずの状態から戻ったの? こんな事例聞いた事がないわ」

「そうですね。少なくとも僕は知らない」

「本当に本当に驚いたわ。あの子、いいわね」

「手出しは遠慮して欲しいです」

「…………そうだったわね。あの子は貴方にとって大事だものね、カナメ」

「はい、彼は僕の物です」

「まぁ、暫くは様子見としましょう。それでいいのね?」

「助かります。ミラーカ」

「でも覚えておいて。ワタシはワタシのしたい事だけをする。今はあの子にそこまで興味はないだけ。理解しておく事ね」

 それだけ言うと、ミラーカはその場で霧のように四散してかき消えた。

 一人残された格好の少年、即ち士藤要は誰に言うでもなく呟く。

「そうさ。彼は僕が助ける」

 武藤零二がフリーク化しかけたマイノリティを助けた。

 この事実は瞬く間に各組織へと広まっていく事だろう。

 今までは動かなかった者も、その手を伸ばすに違いない。

 九条羽鳥という保護者がいない今、零二の守りはお世辞にも万全とは言い難い。

「ミラーカは当面は静観する」

 その中で一番厄介だった彼女が手を引いたのは大きい。

 未だに謎の多い彼女とは正面切って戦うには、リスクが大きい。

「充分だ」

 ならば、この機会は活かすべきだろう。


「──ッッ」

 ガタンと音がし、見返すと、旅行用のキャリングケースが動いていた。

「ああ、目を覚ましたのか密告者」

 そう言えばそうだ、と要はキャリングケースへと近付くと蹴り飛ばす。

 あのミラーカがあれに気付かなかったとは思えない。つまりは価値などない、と判断されたのだろう。

「、っぎゃっっ」

 蹴り飛ばされたキャリングケースから悲鳴があがり、壁にぶつかった弾みでガチャ、とロックが外れ、中から転げ出たのは緑髪が特徴的なあのトーチャー。全身傷だらけで、服もボロボロなのは歌音による攻撃の余波である。

 リカバーでも回復しきれない程の重傷なのは明白だった。

「ま、ってくれ」

 拷問趣向者は息も絶え絶えに懇願する。

「何を待つんだ、今更。余計な密告で下手を打った以上、君は必要ない」

 要はまさしく氷のような視線で相手を見下ろす。

「ち、……チャンスをくれ」

「何故?」

「まだ役に立て、る。何なら──」

 言い終わる前にシュオン、と風を切る音。同時に腕が地面へと落ちた。

 一体いつ手にしたのか、その右手には刀が握られている。

「ぎ、ぎいいいいいいいいやああああああ」

「五月蝿いな。せめて静かに苦しめ」

 虫を見るような視線を受け、トーチャーは自らの運命を悟らざるを得ない。間違いなく死ぬ。ここで殺されるのだと。

「待って、助けて」

 だがトーチャーは諦めない。まだ打てる手はある。

「お願いします。殺さないでください」

 みっともなく見えようとも構うものか。

「何だってします。助けて」

 見下したければ見下せばいい。

「絶対に裏切りませんから」

 そうやって下に見ろ。こっちを侮れ。一つ一つの言葉は弱くても、繰り返し繰り返し耳に入れば効く。

「…………」

 どうだ。銀髪野郎。無言でどうした?

 もう一歩。もう一歩で──。

「────は?」

 急に視界がずれていく。何故だろう、右と左で視界が不自然に変わっていく。まるで、身体が真っ二つに────。

 そこまでだった。

 拷問趣向者は文字通りに身体を二つに分かたれ、そのまま死んだ。

 おかしいのは本来であれば血を噴き出さねばならないのに、一滴たりとも流れていない点。

 その妖しく輝く銀刃から滴り落ちるのは、透明の水滴のみ。斬ったはずなのに、刀身にも血は全く付いていない。

「フゥ」

 刀を一振り。

 すると突然、真っ二つになったモノから血が噴き出す。今まで一滴も出なかったのが嘘のように、見る間に赤い池のように周囲へと広がっていく。

「五月蝿い、と言ったろ」

 銀髪の青年、士藤要は最早何一つとて物言わぬモノへ冷たく言い放った。


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