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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 16
564/613

悪徳の街(The city of vices)その45

 


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、」

 身体が熱い。汗が止まらない。つい今まで海の中で冷えていたのに。全身水浸しで冷えていたっておかしくないってのに、暑くて仕方がない。

 今にも身体が粉々になりそうに、痛む。いったい、どうしちまった?

 いつもバッチリ決めていた髪型も、海水でワックスが落ちたのか見る影もない。


 気が付けば、船の上だった。

 頑丈そうな檻に入れられていて、まるでペットにでもなった感じだ。

 ふと、見たこともない連中がいて、こちらを睨む。

 全身に寒気が走った。一目で分かった。こいつらは絶対マトモな連中じゃない。

 ヘタを打てばすぐにでも殺される。ドロップアウトなんてカワイイもんだと。

「あ、あ、がは、」

 そんな事より、今にも心臓が爆発しそうだ。ズキンズキンと心臓が脈打つ度に、何かがブッ壊れるようだ。


 それからチリ、とした肌を刺すような感覚がした直後。


 あっという間だ。船はこれまた得体の知れない連中により制圧された。

 漫画やら映画でしかお目にかかれないようなマシンガンやらショットガンを持っていたヤクザであろう連中が為す術もなく捕らえられていく。


 で、その時に目の前に何かが転がってくる。

 これは、何だ? コロコロと……。

 それが手榴弾だと理解した時には、眩い光が目を焼き、おれの身体は檻ごと吹き飛ばされた。


 海に投げ出され、沈んでいく間に意識を取り戻す。

 檻はさっきの爆発で壊れたらしい。

 ゴポ、と息が抜ける。このままでは死ぬ。急いで水面へと上がっていく。

 船から数十メートルは飛ばされたらしく、真っ暗だ。

 このまま逃げよう。パシャパシャと泳いで陸地へと向かう。


 海から上がると、さっき船に乗り込んだ連中の仲間らしき集団がいた。

 警官? 違う。自衛隊、でもなさそうだ。誰だあいつら。

 数十人はいるその集団がヤクザ連中を次々にバスへ入れていく。

 手錠すらされていないようだが、連中は特に刃向かう様子もなく、されるがまま乗っていく。

 状況は分からん。とにかく見つかったらヤバい。

 身を屈め、ゆっくりとゆっくりと動く。物音を立てないよう意識して。

 全身水浸しだったから、とりあえずシャツは脱ぎ捨てた。ポタポタと水滴が落ちるのも怖い。

 みっともねえ、みじめだ。

 これでもドロップアウトの頭を気取ってた。

 子分だって何十人もいたし、それなりにいっぱしのワルだと思ってた。

 だけど、分かっちまった。おれなんざ、てんで大したこたぁない。

 世の中にゃもっと得体の知れないもんが一杯いて、そいつから見りゃおれなんざ単なるザコでしかない。

「くっそ、」

 子分は死んじまった。一人がわけの分からない化け物になって、皆を。

 おれは何も出来ず、逃げ出しちまった。いや、見捨てちまった。

 何も出来なかった。あの場にいても殺されただけだってのは分かってる。

 だけど、何もしなかった。

 ビビって、ブルッちまって、挙げ句逃げた。

 情けねぇ、本当に情けねえ。


 そうこうしている間に、何とか連中の監視を逃れ、そのまま逃げられそうな場所に辿り着く。

 この後どうするのか、それは全く見当も付かないが、まずはここから離れる事だ。

 身体の火照りも大分治まった。何にせよ、多分いい兆候だろう。


「────あ」

 目についてしまった。

 辺りを見回していて、視界に入った。

 連中に連れられ、歩いている男。

 ああ、見間違えるはずがない。

 あのヤクザだ。

 あんな趣味の悪い、黄色のスーツを着込むような奴がそうそういる訳がない。


 “囮にもならんアホンダラ“


 何か薬のようなモノを打たれ、意識が朦朧としていたが、そう言われた事だけは分かった。

 子分達が、おれが悪事をした報いを受けるのは仕方がない。ろくでもない生き方だ。どこかで野垂れ死ぬのも分かってる。

 だけど、それをお前に言われるのは許せない。


 “ま、最低限目的は果たしたから、ゴミクズなりに役立ったとは言えるか“


 ゴミクズ。確かにドロップアウトとしておれらは散々悪事を働いた。世間一般から見ればおれらはゴミクズ同然だ。

 だけど、な。それをお前に言われるのは許せない。

 身体が熱い。まるでゆでられてるみたいに熱い。

 殺す。

 ゾワリ、とした震えが全身を駆け巡る。

 同時に抑え切れない、あの男への憎しみが溢れ出してくる。

 子分達が死んだのに、何であいつはのうのうと生きてる。

 殺す。殺す。

 我慢ならない、殺してやる。

 全身が燃えるようだ。

 どんどん心臓の鼓動が早くなっていく。爆発しそうな勢いで、脈打つ。

 あいつをころす。

 そうだ。ころせ。ここでころせ。

 ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ。ころせ────────。

 おれのなか、それでいっぱい。



 ◆



「…………それで、どう?」

「はい。もう他にはフリークはいません」

「間違いないのね?」

「はい。再度周辺の確認は実施しましたし、上空からドローンで監視してますが何もありません」

「古在は?」

「死んでます。何しろあっという間で、」

「このフリーク、異様な殺意を放ってたわ。多分、個人的な因縁でしょうね」

「付け狙ってたんですかね」

「それはないわ。見て。彼、海水臭い。さっきまで海にいたのよ」

「何にせよ、これで情報の裏取りは困難になりました」

「少なくともフリークの大量発生はこれ以上起きなくなった。それで納得するしかないわ。撤収準備に入って」

 家門恵美は思わず溜め息をつく。

 自分で言ったようにこれで少なくともフリークの大量発生は一旦は収束するだろう。

 春日歩の方も、滞りなく作戦行動は終わったという報告もさっきあった。

 施設設備は破壊されたそうだが、情報は回収。駆留とかいうマイノリティに様々な支援を行っていたスポンサーも判明するかも知れない。

 だが彼女の懸念はそこではない。

(でも、情報提供が武藤からというのは釈然としない)

 この件については、WGでも調査を進めていたのだが、尻尾が掴めなかった。それにフリークの対処で忙殺されたのは事実だ。

(情報が回収出来たのも妙よね)

 破壊された時点で情報も同様の憂き目を見てもおかしくない。隠匿されていた可能性はあるが、だとしても見つかるのが早過ぎる。

 考えを巡らせる彼女にエージェントの一人が声をかけた。


「家門副支部長、例の車内にいた生存者ですが……」

「ああ、誰なの?」

「それが……」

 エージェントの提示した情報を見て、家門は表情こそ変えなかったが、その目は鋭く細められた。

「どうします?」

「ここにはフリークはいないのね?」

「ええ、間違いありません」

「では彼はここに置いていきます」

「いいんでしょうか?」

「我々の役割はあくまでもフリークの大量発生の件への対処。彼が負傷者であったり、加害者であれば話は別です」

 家門は嫌悪感を隠さなかった。

「それに、私は彼を守るべき相手だとは思いません。自らの行動の責任は取るべきだと思います」

「了解しました。では撤収を始めます」

 そう言って去っていくエージェントを見送ると、家門は自分の胸に手を置いて呟く。

「私もいつかは、ね」

 そうしてWGは漁港を離れる。

 その場にただ一人を残して。



 ◆◆◆



「ん、あ、あ?」

 金持ちのボンボンが目を覚ますと同時にガタンとした揺れで頭を打つ。

「った、んだよクソ」

 酷い運転だった。ガタガタと揺れ続けているのは、運転が下手なのか、とも思ったがどうやら違った。

「え、何処だここ?」

 車の窓から見えたのは深い深い山の中。ろくに舗装もされていない山道らしい。

 ガードレールもないその道は少しでもハンドル操作を誤れば、即転落事故。どう考えても助からない。そう考えると全身に寒気が走る。

「誰だ、何でこんな所を──ふざ、ぶっ」

 ガタン、と大きく車が揺れ、今度はドアに肩をぶつける。

 道だけではなく、運転も同様に荒々しかった。

「おい、ふざけるな」

 苛立ちの声をあげ、運転席を蹴る。すると相手からすぐに反応が返ってきた。

「何じゃワレ?」

「、ヒイッッ」

 運転していたのは帯白おびしろこう

 確か、父親の地元での友人。

 顔を合わせたのは、これで二度目だったが、前はこんなに目に見えて分かる程に殺気立ってはいなかった。

「ま、まって」

「ああん?」

「待って、待ってください、ごめんなさい」

「──黙っとれ」

 文字通り、吐き捨てるような口調で罵ると、帯白は再度前を向いて運転に専念。そのまま時間が経っていく。

 景色は相変わらず山。一向に変わり映えがしない。

「あ、あの」

 何がどうなったのか、全く分からないボンボンは目の前の運転手の怒りを買わぬよう、恐る恐る訊ねる事にした。

「何や?」

 明確に、敵意のこもった返事を返すと運転を中断。車は山道の中で止まる。

「その、……何処に行くんですか?」

 彼には何も分からなかった。訳が分からない内に、ガキに殴られ、さらに訳の分からないままにヤクザに捕まった。そしてまた今、こうして身元引受人のようなこのヤクザの組長と二人きり。

 どう考えても、良い状況ではないのは明白。保護してくれるというより、危害を加えられかねない剣呑な雰囲気に、胃が縮こまるような気分だった。

「ワシはもう終わりじゃ。古在がヘマやらかしくさって逃げよった。おまけに組員連中もサツに捕まった。本家からは縁を切られ、ワレのオヤジからも付き合いを止めるとか言われたわ。どうなってんじゃ、ああん?」

 帯白の言葉を受け、ボンボンは一層混乱した。

「ま、待って。何言って……」

「お前はオヤジから見捨てられたっちゅうこっちゃ」

「は?」

 意味が分からない。自分は跡継ぎだ。いずれは会社を引き継ぐ立場の人間のはずだ。だからこそ、何をしても父親がもみ消した。今回だってそう。馬鹿な女が呆気なく死んだのが悪い。まだお楽しみはこれからだったのに。

「別の女にガキがいたそうでな、ソイツに跡を継がせるそうや」

 このヤクザが何を言ってるのかが理解出来ない。

 別のガキ? そんなの知らない。誰だ、そいつ?

「ウソだ」

「じゃかぁしいわボケェ」

 帯白の一喝でボンボンは顔面を蒼白とし、凍り付く。

「こうなったら、ワレもただじゃ済まさんからのぅ」

「──ひぃッッ」

「高値が付くように祈っとけや」


 数時間後、県境で自動車の転落事故が発生との一報が警察に入った。

 到着した警察の調査によると、事故現場周辺にブレーキ痕は特になく、何らかの理由により、急ハンドルを切ったのが転落の原因と判断。

 車内にはおよそ二人分の遺体があったものの、事故による火災と爆発により、損傷著しく、その身元は遂に分からず、発生当初は騒がれたが、やがて誰の記憶からも消え去られた。


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