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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 16
563/613

悪徳の街(The city of vices)その44

 

 零二が場を立ち去ってからおよそ十分。

 件の場所には、WGの部隊が突入。即座に状況を把握。

 安全の確保に、残されていた二人の身柄を保護すると、次いで分析官が周辺の調査を始める。

 結局の所、こうした手順は警察とそう変わらない。

 違う点があるとすれば、警察とは異なり、WGは規制線など張らずに現場にフィールドを展開する事で人払いをするのと、分析官が機材など使わない所か。もっともそれも分析官がどういったイレギュラーを持っているかで全然違う訳ではあるのだが。



「ふぁーあ」と如何にも面倒そうに欠伸をするのは、支部長の春日歩。ようやく仮眠を取ろうとしていた矢先の事だったからだろう、ぶ然とした表情で機嫌が悪いのは明々白々。

「報告は?」

「はい、恐らくはこの場でマイノリティ同士による戦闘があったのは明白……」

「──そりゃそうだろうよ」

 報告に来たエージェントを一言で切って捨てると、「もっと具体的な情報を上げてくれ」と言って手を振った。

「はぁ、もうやだ。支部長辞める」

 ブツブツと文句を言いつつ、眠気覚ましのカフェイン補給をすべく、缶コーヒーを啜っていると、見知った気配が背後に。

「支部長って簡単に辞められるものなのかしらね」

「辞められないわな。分かってるけど」

「じゃあ諦めなさいな」

「つれないな。もう少し仲間を慰めるとかないのかよ、【ハートのQ】」

「残念。私の好みはもっと渋みのあるナイスミドルなの。分かってるでしょ【クラブのA】」

 それは互いに付けられたコードネーム。春日歩、ウォーカーという異名とはまた異なる裏の呼び名。彼らの間でのみ用いられる符丁のような物。

「お前が来てるって事は、今回の一件、()()()()()なのか?」

「そうね。少なくとも無関係じゃないかしら。お互いにね」

 歯に物が挟まったような言い回しも、何処で誰に話を盗み聞きされているか分からない故。何せ、一方はまがりなりにもWG九頭龍支部のトップであり、もう一方は表向きは特定の組織に組しない、悪名高きフリーの始末屋。

 そんな間柄である以上、こうして顔合わせしている事自体が問題になりかねない。

「で、結局()()したのか?」

「どうかしら。一応その可能性を鑑みてこっちに来たのだけども、ね」

 彼女は始末屋。それは必ずしも敵だけを対象とした物ではない。場合によっては味方もその標的となる。

「してないみたいだな。って事は、アイツの仕業なんだな」

 仮にも支部長である歩にはWGのみならず、複数の情報網がある。警察もそうだし、自衛隊などもそう。他にはギルドにも多生の伝手はあるし、勿論、武藤の情報網もその中には含まれている。

「あなたには似てないわね。あの子」

「ああ、ああ見えて温室育ちのお坊ちゃんだ」

「殺せそうなら、殺そうかとも思ったのだけど。やめとくわ」

 彼女が武藤零二を殺害する意思があったのだとしても、歩は別に驚かない。始末屋である以上何もおかしくはないのだから。

「だって、あの子を殺そうとしたら、あなたに狙われちゃうものね」

 何処まで本気なのか、からかうような口調の彼女に歩は苦笑いする。

「じゃ、行くわ。長居は無用だし」

「ああ、その方がいい。お互いに」

「新しいメンバーを推薦しなくちゃね。こう見えて意外と忙しいの」

「そうかよ。じゃあな」

「ええ、また何処かで」

 すう、とまるで影が溶けるように気配が消え、チャイナドレスの女は姿を消した。これはイレギュラーによるものなのか、単なる技術なのかは歩には分からない。分かる必要もない。それにそんな事を考えている暇などない。

 何故なら。

「支部長、港の一件ですが──」

「ああ、始めてくれ」

 春日歩はWG九頭龍支部の支部長なのだ。

 弟である零二の事は心配ではあるが、街の安全もまた大事なのだから。



 ◆◆◆



「馬鹿な、────」

 古在には目の前の状況が理解出来なかった。

 取引はつつがなく終了するはずだった。

 予定通りに、相手にクスリを回し、こちらは代金を受け取る。

 向こうでクスリにより、フリークが続々と発生。WGはその対応に忙殺され、現地のWDはその間隙を縫って活動する。自分の行為はWD全体にとって利益になる事であり、だからこそ基本的には排他的な集まりであるWDとしては珍しく地域を越えた協力関係を築けたのだ。

 このまま行けば、単なるヤクザの幹部から、いずれは九頭龍におけるWDの支部長クラス、最低でも顔役にはなれたはずだった。

「何故、何故だ──」

 金なら用意した。役人だって買収したし、万が一警察や間違ってもWGがここに来ないように手は尽くしたはずだ。

 フリークの大量発生により、九頭龍支部は大混乱。対応に負われ、取引の妨害など出来ない、はずだった。

「──何故ここにいる?」

 その目の前で展開しているのはWGの戦闘服をまとったエージェント達。

「くそったれ」

 そして彼の目の前では取引相手と自分達の組が所有する船が炎上。

 続々と身柄を抑えられていく男達の姿。

 ヤクザといっても所詮は一般人である。マイノリティであり、訓練を受けたWGのエージェントにはまるで歯が立たない。そもそもフィールドを展開された段階で、イレギュラーに耐性のない者はまともに動けないのだ。お話しにもならない。

(何処で下手を打った?)

 とっさに車内に隠れたものの、見つかるもの時間の問題。逃げおおせる事は極めて困難だろう。

(何が間違った?)

 窮地の中で考える。駆留と組んだ事は間違えてはいない。あのつなぎの男はイカれてはいたが、優秀だったし、何よりも金の卵だ。

(組を隠れ蓑にした事か)

 いや。それも違う。組の流通網はしっかりしていた。これを一から作るとなると数年はかかっただろう。

(では、何が──)

 頭を抱えそうになった時だった。

 ドンドン、と車内に振動と音が響く。

「…………」

 ドンドン、ドンドンという音はひっきりなしに続く。

「ああ、そうか」

 古在は得心した、とばかりに笑う。

 自分のせいではない、と理解したのだ。

(そうだ、そうだったな)

 思えば予定が狂ったのは、あいつのせいだ。

 怒りに身を震わせ、バン、と荒々しくドアを開け広げ、車のトランクを開く。そこにいたのは、「──う゛ィイッ」と呻く、例のお守り相手の金持ちのボンボン。

「お前だ。お前さえいなければ」

 そう、こいつが地元で何やらヘマを起こさなければ、問題は起きなかった。こいつが九頭龍に来たから、あの新来耐里なる探偵も来なかった。そうすれば巡り巡って武藤零二などというこの街で最悪クラスの危険物にも関わらずに済んだ。そして多分、今のこんな事態にも陥らなかったはずだ。

「ぶっ殺したるわクソガキャアアアアア」

 古在は激情のままに口から牙を伸ばす。これが古在のイレギュラー。まるでサーベルタイガーのような牙により、敵を切り裂く。

 いつもであれば、相手の返り血を浴びるのが不愉快だから、自ら手を下そうなどとは思わない。だが今は違う。喉元を、頸動脈を引き裂いてやりたかった。あの甘ったれのクソガキの悲鳴と落命を目に焼き付けたかった。

 古在は決して頭の悪い男ではなかった。少なくとも自らの現状を冷静に把握し、決して無謀な行動には走らぬように自制出来る程度には。

 だが今は違った。

 ずっと社会の底辺だった自分がようやく掴んだチャンスが、砕け散った。

 それも原因はこんな何も社会の厳しさなど知る由もないだろう、甘やかされたガキのせい。

「ワレみたいなクソガキはここでぶち殺したるわ」

 怒声を張り上げ、噛み付かんと首筋へ牙を突き立てんとして──。

 パン、という破裂音が聞こえたか否や、痛烈な痛みと共に古在は大きくよろめいた。

「か、っっは」

 ズキンとした痛みは側頭部から。割れたような感覚だが、血などは出てはいないらしい。

「そこまでよ。動くな」

「ッッ」

 銃口を向けるは、WG九頭龍支部の副支部長である家門恵美だった。その目は獲物を射抜かんとするハンターのそれ。鋭く細められている。

「あなたがこの場の責任者なのは分かっている。大人しく投降しなさい。さもなければ──」

 さっきのは非殺傷用のゴム弾だったらしいが、今度は違うのだろう。静かな中にも殺気が漂っている。

「く、そ……」

 さっきまでの激情は頭痛と共に消し飛んだ。勝てないと一目で分かってしまった。一矢報いる事すら叶わずに、容易く返り討ちに遭う自身の姿のが想像出来てしまった。元より勝ち目のない相手に刃向かうのは無駄だと古在は判断。

「わかった。投降する」

 あっさりと両手を挙げ、降参する意思を見せた。


(数分後)


(何とか出来る。まだ何とか……)

 押し込まれた車両内で古在は考えを巡らせていた。手錠により、手足を拘束されはしたが、生きている。

(そうだ。まだ利用価値ならある)

 WGは自分を殺さなかった。これがどういう意味なのかに考えが至れば理由は明白。

(まだクスリの流通網を完全には掴んでない。だからこそ、生かされてる)

 であれば、交渉の余地はあるはずだ。WDであれば拷問を受けたかも知れないが、WGは正義の味方を気取るような連中だ。どうとでもなる、と。

 彼は知らない。

 既にWGは自分達の使った商品の精製場を押さえている事を。

 駆留は既に死亡。設備は燃えたものの、資料はチャイナドレスの女により、事前に確保されている事を知らない。

 おまけに耐里の調査データも回収され、流通網も掴まれている等とは夢にも思わなかった。

 なのに生きているのは、単にWGが無意味な殺害を好まないから。既に情報源としての役割など担っていない事になど考え至らない。

「そうだ、まだ……」

 だから考えない。最悪の事態とは、気付けばすぐ傍にあるのだと。


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