悪徳の街(The city of vices)その42
ずっと思っていた。オレには人を殺す事しか出来ないのだと。
だって、そうだろ?
オレは気付いた時にはもう人殺しだった。
それも何の自覚もないままに、ただ淡々と作業でもかなすように、だ。
ふとした時に今でも思い出す。あのクソッタレな白い箱庭での毎日を。
それではオレはただ実験という名目の殺し合いを行っていた。
白衣を着た連中は何も教えなかった。
人を殺すコトがどれだけのコトなのかを。
それも当然だけどよ。連中からすれば、ヘタに感情だの何だのを教え込むメリットってのがない。
連中はオレや他の実験体達のデータとかを取りたい。なら、感情なンてモノは計測値を阻害する不純物なのだろうさ。
だからオレは何も思わなかった。
この実験は、息を吸うように、水を飲んで、食って、寝るのと同様の、ごく当たり前のコトなのだと思い、一切の疑問も持たなかった。
考えるだけで気分が悪くなる。
そしてどうしようもなく、違和感を覚えちまう。
オレにとって、初めての友達と言うべき存在はカナメ兄ちゃんだ。
カナメ兄ちゃんは他の同類とは違って、いつも明るかった。
どんな日でも笑っていた。オレだけじゃなくて、他の奴にも笑顔で話しかけ、笑いかけていた。
最初は理解出来なかったな。
オレにとって感情ってのは生きる上で必要のないモノでしかなかった。
昨日と同じ朝、今日と同じ明日。実験という名目の元、当たり前のように同じ事を繰り返すだけのルーチンワークの毎日。
目の前の同類を灼いた。
燃やし尽くし、炭にして跡形もなく消し去る。
向けられた拳を燃え盛る焔で覆った手で掴み、肉も骨も全てを溶かす。
ああ、そうだ。
オレは人殺しだ。それも事故やら正当防衛とかのやむを得ない事情ではなく、故意にそれを為した本物の殺人鬼。
快楽とかそういった薄気味悪い感情で殺しを行う変態共よりも余程タチの悪い、何の感情すら抱かない鬼、この世ならざる異形異様な怪物、それがオレだ。
しかも最近ハッキリと自覚したが、オレの中にゃオレとは別のオレがいる。ソイツはオレと同じ姿をしていて、でもオレとは違うイレギュラーを持っている。
挙げ句の果てに、先日はオレと入れ替わっていた。
普段なら絶対しないような言動をしていて、周囲の連中を驚かせたとも聞いた。
日が経つにつれて断片的だけどもその時のコトが思い浮かぶ。
単なる想像、妄想にしちゃあまりにも細部までしっかりとしたその断片は多分、本当にあったコトだろう。根拠はねェが、確信してる。
確信したからなのか、それ以来オレの中にいるソイツの記憶らしき断片が頻繁にフラッシュバックするようになった。
ソイツもまた焔を遣う。だけど、オレのとは違う。
蒼い焔はエネルギーを閉じ込めるらしい。
まるで一種の結界みたく封じ込めて、相手に何もさせないままに倒す。
ただ灼くだけじゃない焔。
ソイツがある時、囁いた。少なくともそんな気がした。
“僕達の力はただ人殺ししか出来ないのか?“
バカな話だろ?
人殺ししか出来ないに決まってる。
オレはただ灼くだけだ。燃やし尽くし、何もかも消し去る。それだけの焔でしかない。
するとソイツはまたも囁く。
“どうしてそう思うんだ?“
どうしてもこうしてもねェ。殺すコトしかやってねェからだ。
“ああそうだとも。僕達は力を人殺しにばかり遣ってきた。
僕達は何も知らないままに人殺しをしてきた。でも、だったら“
だったら、何だってンだ?
“僕達の能力は人殺し以外にも可能性があるんじゃないか?“
バカだろ? ンなコトが出来ると思ってやがるのか。
ああ、バカ野郎さ。
そうさバカ野郎、ああ、そうだ。
なンで出来ねェって決め付けてやがる。
オレは試したのか? 焔で人殺し以外の方法を。いいや、少なくとも記憶にはねェ。なら、やってみりゃいい。
そんなコトを考えてたら、あの野郎。
“ああ、僕もそうだけど。君も大概、馬鹿野郎だ“
捨て台詞を残して消えちまった。
いいぜ。やってやる。オレにだって何かあるはずだ。殺す以外の方法で誰かを助けるコトが、あるはずなんだ。