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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 16
560/613

悪徳の街(The city of vices)その41

 

 ああ、脳が揺れる。

 ズシンとした重みのある一撃だ。

 まるで糸の切れた操り人形のように、全身の力が抜けていくのが分かった。

 間違いなく意識が途切れた。ほんの一瞬、或いは数秒間の事か。いずれにせよ、もう終わりだ。

 武藤零二、クリムゾンゼロ。やはり俺よりも強かったか。

 恐らくは俺のイレギュラーは完全に見切られたのだろう。そうじゃなければあの頭突きは繰り出せなかった。


 “Tiny hole(タイニーホール)


 それが俺が自分の能力に付けた名称だ。

 発動条件は左右両方の目で一点を見つめる事で、その一点にある場所に穴が穿かれるというモノ。一見すれば無敵のような能力だ。

 何せ相手を睨むだけでいい。それだけの事で一点に穴が空く。詳しい原理とかは分からない。WGの連中でも明確な答えはないらしい。

 ただ分かっているのは、俺の両親もまた同様のイレギュラーを持っていたという事。そしてその能力を用いて数々の事件を解決した事だ。

 だがどんなに凄い事だからって、相手がフリーク化したマイノリティだからって結局は人殺しだ。決して誇れるような事じゃない。

 両親が死んだのも、結局の所、因果応報なのだろう。人を殺せばいつかは自分だって殺される。ただそれだけの事。


 そんなある日だ。WGからのスカウトがあった時に、俺は一つだけ条件を付けた。

 後で知ったが、相手はまだ正式には設立されていなかったとは言え、WGの日本支部長である菅原さんを相手に交渉したというのは、向こうから見れば身の程知らずにも程があったに違いない。

 殺しはなし、あくまでも調査だけを受け付ける。

 俺は人は殺さない。両親のように死ぬ訳にはいかない。俺が死んでしまったら、妹は、亘はたった一人になってしまうのだから。


 なのに、俺は殺してしまった。妹を守った事には一切の後悔はない。同じ状況になってれば、俺は何度だって殺していたはずだ。

 それでも後悔するのであれば、俺は強烈な衝動の赴くままにそれを為してしまった事にこそだろう。俺はただ自分を抑えきれずに、殺してしまった。


 妹が殺される光景ばかりが思い浮かぶ。

 切られ、撃たれ、吹き飛ばされる光景が何度も何度も思い浮かぶ。

 こんなのは現実じゃない。悪い夢、幻覚なのは分かっている。

 なのに、思い浮かんでしまう。

 これがきっと、あの薄気味悪い研究者に打たれた薬の効能なのだろう。

 これまでに何度も打たれたが効能がなかったから、油断したのか?

 いいや、違う。亘がすぐ傍にいるからなのか。妹のせいにするな。俺の心の弱さが招いた事だ。


 何十回も死ぬ光景を見た。まだ、大丈夫だ。亘は無事だ。分かってる。

 何百回も死ぬ光景を見た。こんなのは、違う。

 何千回も死ぬ光景を見た。有り得ない、これは、違うはずだ。

 何万回も死ぬ光景を見た。許せない、こんな事は絶対に許せない。

 ああ、許せない許せない許せない許せない許せない。絶対に許せない許せない許せない許せない許せない。何があっても絶対に。

 敵だ。そこにいるのは敵だ。

 敵はどうする?

 そんな事は分かり切っている。無論決まってる。殺せ。

 殺せ、生かしてなるものか。

 生かしておけばきっと妹を殺そうとするに決まってる。殺せばいい。

 簡単じゃないか。殺せば殺されない。殺せばいい。亘を守る為に。何の問題もない。躊躇などない。

 殺せ殺せ、殺せ殺せ、殺せ殺せ、殺せ殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。

 殺せェェェェッッッッッ。



 …………………………。ああ、そうか。俺は、呑まれてたのか。

 衝動に呑まれ、相手を殺そうとした。

 人を殺せば、いつかは自分も殺される。当然の話だ。

 ああ、だからこれはきっと因果応報なのだ。

 まさか、Tiny hole(タイニーホール)自体を見切られるとは思わなかった。

 何度も何度も突っ込んできたのも、間合いを把握する為だったのだろう。射程は約十メートル。それ以上は効果がないというのがこの目の欠点だ。

 文字通り肉を切らせ、穴が穿かれるタイミングを測り、素早く動く事で狙いを外す。口で言うのは簡単だが、いざそれを実行出来る奴は何人いるだろう。

 悔しいが、俺の負けか。

 死ぬ寸前で、ようやくあの湧き上がる殺意も引いた。

 これなら少なくとも人間のままで死ねる。上等だ。


 ────。


 何だ、何か言っている?


 ────ろ。


 よく聞こえないのは、頭突きで意識が朦朧としているからだろう。

 いいから殺せ。


 諦め──────な。


 何をゴチャゴチャ言っている?

 何故そんなに声を張り上げる?

 俺は敵だ。辛うじて戻れたようだが、衝動に呑まれたケモノだ。

 人殺しだ。

 いいから殺せ。これ以上、俺の無様な姿をあいつに晒させるな。


「カッコつけてンじゃねェぞ」


 声が届いた。


「楽に死ねるなンて思うな」


 何だこいつは?

 何故俺をさっさと殺さない?

 お前は俺と同じなのだろ? お前は俺なんかよりもずっと──────。

 なのに、どうして俺をそんな目で見る。


「妹の前で死のうとか──ざけんな」


 どうして俺を、助けようとしているんだ?

 分からない。


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