表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 16
559/613

悪徳の街(The city of vices)その40

 

 子供の頃から俺は怖かった。

 と言っても他人がではなく、俺自身がその対象だ。

 自分に()がある事を理解したのは、確か四歳か五歳位だったか。

 とにかく物心ついてしばらくの事のはずだ。

 ある日、俺は妹と家の近くにある山へと遊びに出かけた。

 山、とは言ってもその麓は公園になっていて、遊具で遊んだり、または団栗の実を拾ったりするだけ。特に危険な事など一度もなかった、その日までは。

 俺はその日、生き物を殺した。

 聖人君子じゃない俺は無意識の内に蟻やら何かは殺してきただろうけど、それは無意識下。自分じゃ気付いちゃいない。

 だけどその日、俺は自分の意思で生き物を殺した。

 何かを具体的にした実感はなかった。

 素手で殴った訳でも、棒切れや石を使った訳でもないから当然だ。

 最初は殺したという実感すらなかった。

 俺は何かをしたつもりなどなく、ただ亘を守りたいとそう思っただけ。

 絶対に守ってやらなきゃ。俺にしか出来ない事なんだ、って。

 正直、駄目だと思ったさ。子供でも何となく分かったんだ。死んでしまうって。

 だってのに、だ。

 気が付けばそいつは地面に転がっていた。まるで最初からそこにあったみたいに丸い穴がいくつも空いていて、その穴ぼこから血が噴き出して、俺と亘を真っ赤に染め上げる。

 いきなり真っ赤になった亘は大声で泣き出して、俺は何が起きたのか理解出来ずにただ黙り込んだ。

 周囲にいた近所の子供が自分の親を呼び、その親が俺の両親を呼ぶ。

 そして二人から力の事を聞き、世界の裏側の事を知った

 子供ながらに嘘だと思った。いや、思いたかったのだろう。

 だけどあれだけの騒ぎになったのに、翌日誰もその事を覚えていない。俺が殺したそいつは、猟友会によって処分された事になっていて、誰もそれを疑わない。そんな状況になれば、嫌でも理解せざるを得なかった。


 両親は後のWGの関係者。当時はまだ今ほどきっちりとしたネットワークは構築されておらず、両親もエージェントという程の活動はしていなかった。何よりも家族を優先し、俺や亘を第一に考えてくれる。いい親だったと思う。


 俺は自分に宿った力、イレギュラーについての認識を深めていき、何かの拍子でうっかり被害を出さないように訓練を受けた。全ては大切な物を守る為に。家族を守る為に。

 マイノリティだったけど、俺は幸せだった。両親はありったけの愛情を向けてくれたし、倫理観を教えてくれた。自分の持つ力は自己の為ではなく、周囲の者を守る為、理不尽を正す為にこそ使うべきなのだと知った。ゆくゆくは両親のように皆を守れる男になりたい。そう思った。


 だけど両親は死んでしまった。

 地元のヤクザ絡みだとは聞かされたが、詳しい事情は知らない。俺が知っているのは新聞の報道の内容と大差のない情報で、仕事場にトラックが突っ込んでその場で死んだ、というもの。

 そんなの信じられない。俺なんかよりずっとずっと強い両親がそんな事で死んだりするものか。嘘だと言ってくれ。

 親戚やら何やらは俺と亘をまるで邪魔者のように扱い、施設へと入れられた。俺は構わない。でもまだ亘は本当に小さいのに。

 だから俺は決めた。俺は何があっても妹を守ろうと。

 もしも俺が俺でなくなったのだとしても、亘だけは守ってみせると。

 だから、亘。

 お前を俺は絶対に守る。

 相手がどんな奴だろうと、絶対に。



 ◆◆◆



「────っっ」

 息を呑む。ゴクリと喉が鳴るのが分かる。

 耳を澄ませば、外では風が吹いている。ミシミシという音は建物の壁が軋む音か。最初外から見た通り、かなり老朽化が進んでいるのは間違いないらしい。

 さっきから見ている限りでは、あの武藤零二が拳で殴れば即座に壁など壊れて、穴が空いて、そこから外に出られるんじゃないかと亘は思った。いや、出られるだろう。少なくともただ逃げるのであれば何の問題もなく可能だろう。

「あのバカ」

 なのにあのツンツン頭の不良少年はそれをしない。出来ないのではなく、するつもりがないのだ。ほんの短い付き合いだけど分かる。

 彼は自分の言葉を決して裏切らないのだと。

 零二は自分を助けると言った。それだけじゃなく、耐里をも助けるとまで言い切ったからだと。

「絶対バカだ」

 頭が良いか悪いなら、問答無用、議論の余地なく後者。ネジが何本も外れているんじゃないかとすら思える。

 普通有り得ない。自分が死ぬかもしれない状況で他人を助けるなんて。ましてその他人が自分を殺そうとしているのに、それでも助けるだなんて愚考の極み、もうどうしようもない馬鹿だとしか言いようがない。

 なのに。

「頼む」

 そんなバカに期待してしまう自分がいる。万が一、もしも耐里が助かるかも知れない。そんな有り得ない事に一縷の望みを持ってしまう自分もまた、零二と同様に馬鹿なのだろう。

「零二、勝てッッッッ」

 亘は叫ぶ。全力全霊で叫ぶ。万が一の可能性にかけて。



「さて、──ン?」

 零二の耳朶にも亘の言葉は届いた。

 知らず内に口元が弛む。

「悪いな、どうにもベビーフェイス( 善玉 )にゃ慣れてなくてよ」

 不敵に笑うと、対峙する相手、耐里に訊ねる。これだけはどうしてもはっきりさせておきたかった。

「アンタさ、まだ()()()()()()()だろ?」

「…………え?」

 亘はその問いかけに驚きを隠せず、

「────」

 すると、耐里はさっきまでのようにただ妹の名前を唱え叫ぶ事を中断した。

「やっぱりな」

 その沈黙こそが回答だと零二は判断。そして即座に殴りかかる。全身から蒸気を焔へ変化させつつ突撃。何の前振りもなくトップギアからの拳は耐里の鳩尾へと直撃。

「ぐ、っっがああ」

 耐里はまるで腹部に槍でも突き刺されたかのような激痛を覚えて、後ろへと転がり、間合いを外そうと試みるも。零二はそうはさせじと更に加速。一気に相手を追い越すとその背後を取る。同時に腕を回して腰をロック。「ッラアアッ」と勢い良く耐里の身体を持ち上げ、自らも後ろへと倒れ込んでジャーマンスープレックスを見舞った。ドシンという音がして、それで終わりかと思いきや、「まだまだァッッッ」と零二は焔を噴き出して身体を浮かせる。ロックした腕はそのままに耐里を持ち上げると、「せーのっ」と再度ジャーマンスープレックス。地面に叩き付けた上で焔の噴射による姿勢制御と加速を行い、二連続、三連続、四連続と止まる事なく追撃を加えていく。

「ッシャアアッ」

 ようやく腕のロックを外したのは、かれこれ九連続のスープレックスの後。トドメとばかりにバックドロップに切って捨てた後の事。

「ふぅ、腰が痛くなるぜ」

 わざとらしく腰を手で叩いてみせた。

「す、げぇ」

 亘はただ息を呑むしかなかった。

 まるで曲芸としか言えないような一連の攻撃。実際には技術の必須な曲芸ですらない。常人には決して不可能な動きを焔を噴き出す事で実現。

「ああ、オレはまぁまぁスゲェのさ」

 観客の感嘆に零二は応え、手を振るのもほんの一時。すぐに視線は投げ捨てた相手へと向ける。

「で、だ」

「…………亘」

 うわごとのように妹の名を口にしつつ、耐里は立ち上がる。あれだけ散々投げられたにも関わらず。決して技術がある訳ではない素人のプロレス技とは言え、むしろ素人だからこその手加減など出来ない攻撃を受けて、平然とした面持ちで立っている。

「アンタさ、やっぱり幾分か正気を保ってるよな。じゃなきゃよ、あれだけ頭から落とされて平気なワケねェものよ。受け身をきっちり取らなきゃ脳震盪位にゃなってるハズだものな」

 零二はさっきまでのような熱気など何処へやら、まるで氷のような冷徹さを秘めた目で淡々と問いかけていく。

(何だアイツ。別人みたいだ)

 それが亘の偽らざる本音だった。燃え盛るような焔の柱が一瞬で氷壁に変わったかのようにすら見えた。


「で、だ。コイツが最後の問いかけだ。アンタ、こンな場所で死ぬつもりなのかい?」

 その質問は亘にしてもおかしなものだった。

 介入してきた第三者が言うのであればまだおかしくはない。

「ううう、ひぃろぉぉっっっ」

 だがそれを口にしたのがまさしく今、殺し合っている当人なのだ。

 耐里の蹴りが空を切った。

 ふざけている、舐めている。侮っている。色々な言い回しは出来るだろう。しかし、亘の目に映る彼の表情は至って真剣。

「アンタ、妹が亘が大事なンだよな? だったらソイツの幸せが一番だよな? いいのかよ死ンじまっても。マジにそれでいいのか?」

 なのに。説得は止まらない。いや、これは煽っているというのが正確か。

 続々と繰り出されていく攻撃を手刀で捌き、或いは躱していく。ここまでくれば亘の目にも明白だ。耐里の攻撃を零二は見切ったのだと。

「ぐがああああああああ」

 絶叫しながら、なおも続く攻撃。手刀は腕に代わり、徐々に捌く動作は小さくなっていく。そうして何手の攻防が続いたのか、

「──」

 遂に零二は腕ですらなく、自身の肩を耐里へ当てる事で攻撃の出だしをも制した。

「く、がっっ」

 呻きながら耐里が顔を動かす。すると零二がとっさに横へ飛び退く。血がぱあっ、とその後を追うように横へと飛び散る。

「零二っっ」

 亘には何が起きたのか分からない。分かる訳もない。耐里は何もしなかったはずだ。手も足も使っていない。刃物なんて持っているはずもない。ただ顔を向けただけ。ただ……相手を見ただけ。見た、だけ?

 ぞくりとした寒気が走るのが分かった。そんなの有り得ない、有り得ないのか?

「ひぃろおっっっ」

 叫び声をあげ、耐里は相手の動きを目で追い、零二はそれを避けるように動くも──躱すのが難しいのか、今度はわき腹が赤い雫が飛び散っていく。

 もはや明らかだと思えた。

 耐里の持っているイレギュラーとかいうモノの正体は。


「やっぱりな」

 零二もまた結論が付いたらしい。もっとも身体のあちこちから、一つ一つの傷自体はさほどでもないとは言え、なお不敵にも笑えるのは彼もまた狂っているからかも知れない。

「ヒ、ロォッッッ」

 耐里は前へと突っ込みながら、手を伸ばして掴もうと試みる。その動作は一見すれば、少なくとも零二からすれば緩慢であり、躱す事は容易だった。だが何を思ったかツンツン頭の不良少年はあっさりと掴まれ、引き寄せられる。

「待ってたぜ」

 だがそれは零二の誘いだった。突如蒸気を噴出。引き寄せられる勢いを加味して一気に肉迫。両手で相手の頭を捕まえるや否や、頭突きを叩き込む。

「か、はっ」

 強烈な一撃を喰らい、耐里はぐらりと崩れ落ちた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ