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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 16
558/613

悪徳の街(The city of vices)その39

 

 焦るな。

 クールになれ。

 こンなのテメェの性じゃないってのは分かってるさ。けどよ、ちょっと待て。

 思い出せ。

 秀じいは何っつった?

 感情を露わにするなって言ったろ?

 じゃあ、抑えろ。

 怒りを抑えろ。

 むやみやたらとカッカすンな。

 そうだ。それでいい。

 考えてみりゃ、難しいコトでもねェ。いつもやってるコトじゃねェかよ。

 炎熱、熱操作の時に似たようなこたぁいつでもやってるじゃねェかよ。

 そうだ。

 落ち着け、ずっとフルパワーを出すコトなンざ出来ねェ。熱でテメェの体内を一気に活性化させる時、オレはどうしてた?

 そうさ、()()()よな。

 思い出せ。

 そういや言ってたよな。カナメ兄ちゃんが。


 “お前の強みを活かせ“ってさ。


 オレの強みって何だ?

 強力な焔を遣えるコト、違うだろ。そうじゃない。

 オレの焔は確かに強力だけど、アレは云わば一発逆転の一手。

 一発逆転って状況自体、良くねェわな。

 なら、一体何がオレの長所(強み)だっつうのさ?


 ……………………。

 …………………………。

 考えろ。オレはどういった戦い方をしてきた?

 今までたくさんの殺し屋とかをどうやってブッ倒した?

 思い返せ、──そして思い浮かべろ。

 ………………………………。

 ……………………………………あ。

 そっか。そうだよな。

 分かった。オレの強みってのが。

 何だよ、いつもやってるコトだ。

 当たり前過ぎて、逆に分かっちゃいなかった。

 なら、簡単なコトだ。やるコトは単純明快。

 いつも通りにやれば、それでいい。



 ◆



「やめろよ、二人共やめろよ……」

 亘は今にも消え入りそうな声をあげた。

 どうして耐里と零二が戦わねばならないのか? そんなの何の意味もないのにどうして戦っているのか。

 彼女には分からない。分かりようがない。

 それも当然だ。何故なら彼女は耐里ではないのだ。

 彼がどういった感情を抱えて日頃から妹を見てきたのかを知らない。

 彼女がどんなに彼の事を知っていようとも、全てを知り尽くした訳ではない。

「アタイは無事なんだ。なら、もういいだろ?」

 この状況が不可解なのは事実で、本来なら有り得ない出来事なのは理解しているつもりだ。

 だって耐里は誰よりも強くて優しかった。

 頭陀袋を被った男が死んだのは、あれは事故だ。

(そうだ。アタイがいなかったら死ななかった)

 あれは自分がここにいたから起きた。自分がここで捕まっていなければあんな事にはならなかったに違いない。

 だからあれは手違いに決まっている。

 でも、もう大丈夫。もう自分は助かった。あの不気味な駆留は武藤零二が燃やした。もう大丈夫なのに。

 さっきから何回同じ事を考えただろう。グルグルと何回も何回も。

(何で、だよ)


 耐里の蹴りが空を切る。零二が反撃の膝をめり込ませて仰け反らせ、追撃の回し蹴りを放とうとしたが、突如足から血を噴き出し、態勢が崩れた。

「へっ──」

 まただ。一切触れていないのに、いきなり負傷した。

 そして当然だが反撃が始まる。

 態勢を整えた耐里が右フックを放つ。避けようにも踏ん張りが利かない零二は、その一撃をまともに受けて大きくよろめいた。

 耐里がするりと腕を伸ばしシャツを掴むと、膝をめり込ませていく。一度、二度、三度と叩き込むと手を放す。後ろへぐらつく零二の胸部へ意趣返しとも言える回し蹴りを喰らわせて蹴り飛ばす。

「兄貴ッッッ、やめて──」

 悲鳴にも似た叫び声をあげる間にも状況は変わっていく。

 零二が壁にぶつかった。そこへ合わせるような耐里からの飛び膝蹴りが顔面を襲う。

 メキョ、という鈍い砕けるような音。

 よく見れば零二は身を屈めて膝の直撃を回避。そのまま前へと飛び出して間合いを外す。耐里の膝は壁に亀裂を生じさせるに留まった。

 ツンツン頭の不良少年はぺっ、と口から血の混じった唾を吐き出して、「っぶねェ」と呟いた。

 さっきの膝をまともに受けていたら、流石に危険だった。

(どうにもやりにくいな)

 単純に殺るつもりならいくらでも殺りようはあるだろう。良くも悪くも自分の焔はそういった性質の能力だ。

 灼き尽くすだけのモノ。殺し、なくすモノ。それだけの為の能力。

「シャアッ」

 耐里の前蹴りを上半身をずらして躱す。回避しながら蹴り足を左腕、肘で外へとそらすと前へ踏み込む。身体を回転させてしゃがみ込み、その勢いで足を払う。片足で立っている状態、かつもう片足を外側へ引っ張られている耐里はいとも容易く転がる。本来ならそこに合わせて痛打による追い打ちをかけるべきなのだが。それが出来ない。

 まただ。ブシュ、とまるで紙パッケージのジュースに穴が空いてしまって、漏れ出したような感覚とでも形容すべきだろうか。

 今度は零二の大腿部から血が噴き出す。

「へ、ッッ」

 痛みに顔を歪ませつつ、傷口を手で押さえ込み、リカバーと熱代謝の促進で傷を回復を試みる。

「ひぃろおぉぉぉっっ」

 そこへ耐里の強烈な前蹴りが腹部を直撃。零二は「ぐっはっっ」と呻いて後ろへ崩れていく。

「ころすぅぅぅっっっ」

 獣のように叫びながら、妹を狙う憎い敵を今度こそ仕留めるべく、自らも前方へと飛び込むも。

「く、そっっ」

 だが零二も流石に戦い慣れしていると言うべきか。後ろへと倒れ込む勢いに逆らう事なく身体ごと投げ出し、なおかつ、焔を吹き出す事で勢いよく吹っ飛ぶ事で辛うじて追撃から逃れた。


「何だよ、くそぉ」

 亘はただただ自分の無力さに絶望すら覚える。

 このままじゃ、死んでしまう。

 武藤零二が強いのは分かっている。でも、今のままではいずれ。

「アタイはもう大丈夫だ。兄貴、やめてッッッ」

 何回こうして叫んだだろう。

 大丈夫、心配ない、平気だと。

 大声を出し過ぎたからか、或いは水分が足りないからか、いつの間にか声がかすれていた。

「何で、わかってくれないんだよ……」

 確かに武藤零二はあの見た目というか雰囲気から、どう見ても品行方正とは言い難い。不良少年の類に該当しているだろう。

 だけどそれなら自分も同じだ。お世辞にも上品とは言えない言動をして、時には喧嘩沙汰も起こしたりもした。

 たった一人相手に、五人だの六人だのと囲むようなやり方は気に食わない。ナンパに失敗したからって力ずくでどうにかしようなんて思うな。

 万引きなんかするんじゃない。

 理由は様々だったけど、どれも自分の中じゃ許せない事だったし、耐里が言い続けていた事を守った結果。相手の家族だとか教育関係者、挙げ句には警察まで来た事もあったが、いずれも耐里は相手の主張を一つ一つ取り上げては矛盾点を指摘。結果、そもそも相手側に問題があった事が明白となる様は自分の兄ながら誇らしく思った。

 “暴力は感心しないけど、お前は間違っちゃいない“

 くしゃくしゃと髪を撫でながら、そう言ってもらえた事が本当に嬉しかった。いつか耐里のように困っている人を助けられる仕事に就きたい、とそう思っていた。

 耐里はもう別人になってしまった。

 さっきからの様子を見れば一目瞭然。お世辞にも正気を保っているとは言い難い状態のまま、今も武藤零二を殺そうとしている。

 誰にも死んで欲しくなどない。二人が戦う、殺し合う理由など皆無なのに。どうすればいいのか皆目見当もつかない、そんな自分の非力さが悔しかった。

「やめろ、やめろぉっっっ」

 今の自分に出来る事と言えば、ただ叫ぶ事のみ。喉を枯らし、声が潰れてしまっても構わずに感情を吐露する事のみ。

 兄は、耐里は止まらない。ただただ相手を殺そうと攻撃を続ける。

 通じない。やっぱり届かない。

 それでも叫び続ける。

 耐里を、武藤零二を見据えて、感情を吐き出し続けた。


「ッッッ」

 耐里からの追撃を避ける為に後ろへ飛び退いた零二だが、地面の亀裂に足を取られて態勢を崩す。

「──しくった──」

 すぐさま立ち直り、前を向くがそこには既に耐里の──さっき同様に突き刺すような前蹴りを放っており、それも間もなく直撃するだろう。

 ここまで戦って観察していたが、やはり相手のイレギュラーが分からない。何の前触れもなく、ただいきなり出血。何かしらの前兆を見極めんとしたが何一つ分からないままにこうなった。

(ダメなのか?)

 自問する。やはり、無理なのか?

 所詮、自分に出来るのは人を殺す、灼き尽くす事だけだという事か。

 迫る蹴り足を見据えながら、零二の全身から焔が揺らめき出し、担い手を守らんと蠢こうとする。

「やめろぉっっっ────────」

 亘の叫びが耳に届く。

(そうだ)

 何を諦めているのか。

「そうだよなッッ」

 零二はその場に倒れ込んで前蹴りを躱す。

 目の前を通過していく蹴り足と相手の顔。そして次の瞬間。

「──!」

 今度は零二の右肩から血が噴き出す。

「ひぃろおぉぉぉっっっ」

 耐里が覆い被さるかのような格好で身体ごと迫るのを、左腕を振るって阻止。「うっらあっ」と蒸気を噴出させつつ受け止めた腕で押し飛ばす。

(待て、まさか)

 零二はすぐさま横へと転がる。直後、今まさに自分がいた場所からボコ、と小さな破壊音。

 ゴロゴロと幾度も転がって間合いを外して起き上がる。

「そういうコトかよ」

 ここに至り、零二は相手のイレギュラーを理解したのだった。


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