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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 16
553/613

悪徳の街(The city of vices)その34

 

「成る程成る程、それは武藤の家からの情報かな?」

「テメェの無能を認めるみてェだからシャクだけど、そういうこった」

「無能ではないと思うよ。そもそも情報というのは活用して初めて真価を発揮する。活用しないのであれば単なるデータでしかないのだからね」

「へェ、そうかよ」

「そうだとも。私は君の言う通り実験をしていた。マイノリティについて我々はまだまだ良く分かっていない事があまりにも多い」

「それで、コレか?」

「コレとは?」

「くっだらねェ実験ってヤツをする為に大勢の誰かを攫ってはココで色々試してたってワケか?」

 と言うと零二は指先に焔を灯した。今まで薄暗かった空間に唐突に明かりが灯った事で、零二以外の三人は目映さで一瞬視線を逸らした。

「ラアッッ」

 同時に零二が動いたたらしく、バタンと何かが倒れる音とその結果生じた風が吹いた。

「う、っ、──何だよこれ」

 亘はそこに映し出されたモノを目の当たりとして息を呑む。

 さっきまでは見えていなかった部屋の奥。

 所謂隠しスペースだったのか、倒れているパーテーションで区切られていただけのスペースには幾つもの液体に満たされた培養器らしきモノと、その中に入っていたナニカが浮かんでいて────。

「ウ、エェッッッ」

 込み上げた不快感を堪え切れず、亘は顔を下に傾けると胃の中にあったもの全てを吐き出した。

「──ッッッ、ハアッ……」

 もう何も残っていないのに、それでも吐き気が収まらない。

 それ程に彼女の目に映ったモノは残酷だった。

 浮かんでいるのが、目玉や何らかの臓器のようなモノであればまだ気分は良くないが耐えられる。学校の理科室にだってそういったモノは置いてあった。だけど、違う。今、彼女の目の前に映ったのは、そういったモノではない。

 ソレは虚ろな目をしていた。何処を見ているのかも分からない。口をポカンと開いていた。

 アレは培養器に手を付けていた。掌紋もくっきり分かる位に強く強く押し付けていた。

 コレは笑っていた。喜びではなく、絶望の末に笑っていた。ボコボコと口から泡を噴いて。

 そこに入っていたのはいずれも原形を留めたモノだった。

 モノによって状態は違う。手足が欠損していたり、下半身がなくなっていたり、はたまた、どういった理屈だろうか、首から上だけというモノすらあって、そのいずれもが()()()()()()()のだ。


「どうしたのかな? いきなり吐くだなんて。大丈夫、体調が優れないのかな?」

 駆留は白々しい心配の言葉を、いや、彼にすれば本心からの言葉を少女へとかける。

 耐里は「亘、」とだけ呟くのみで、何かをしようとはしない。ただその場に立ち尽くしている。

「それに、どうして君がそんなに気分を害しているのかね、クリムゾンゼロ?」

「────」

「おかしな話だ。君にとってこうした光景など見慣れたモノじゃないか?

 私のような一個人によるささやかな試みとは異なり、あの箱庭で、大勢の同類をそれこそ処分してきたんだろ? ここなどよりもっとずっと素晴らしいサンプルを目にしたはずだ。なのに、この程度でどうして気分を悪くしているんだね?」

 駆留にとってその疑問は本心からだった。

 彼にとってクリムゾンゼロ、つまり武藤零二はあの白い箱庭という巨大研究所の最高傑作。諸説あれどもその強さは折り紙付きであり、九条羽鳥という上部階層の一人によって身柄を保護すらされていた。それだけの価値を持った存在のはず。

「君にとってこんなモノなど大した事じゃないはずだ。私のようなちっぽけな研究者など何の興味もない、そうだろ?

 君の目的は彼女なのだろう。いいだろう、彼女は返そうじゃないか。

 心配はいらない。彼女には指一本だって触れちゃいないよ」

「当然だ」

「でも彼は返すのは難しいかな」

 指を指す先にいるのは耐里。どう見ても会話が成立しない状態であり、普通だとは思えない。

「テメェ、何をしやがった?」

「私はただ背中を押しただけだ」

「ウソをつくってなら──」

 拳を握り、近寄ろうとする零二を駆留は手で制する。

「待ちたまえ。落ち着いてくれ。いいか、まずあの探偵さんだが、WGの関係者だ。それもその繋がりを証明する情報が全く見つからない程のね。

 分かるかな、彼はWGでもかなりの権限を持った者に繋がっているんだ。つまりは危険なんだよ」

「だから?」

「だからこのまま帰す訳にはいかないんだよ。ここにいるのも、私の実験を調べた結果だ。つまり彼は最初から私にとっての脅威という事なんだ。君とてWDの一員だ。なら、分かるはずだ」

「確かに、だな」

「そうだろう、そうだろうともさ」

 会話の流れに駆留は確かな手応えを感じていた。

 そう。WDという集団、或いは組織に所属するのであれば、誰でも知っている事だ。

 WDでは各々が自身の望みを優先する事を肯定しているのだ、と。

 それがどんなに邪悪な望みであっても、それを叶えて良い。他人が邪魔なのであれば排除しろ。あくまでも自分に忠実であれ、と。

「我々はWDであり、自由の標榜者。そしてWGは世界を守るとか何とか言って我々に敵対する偽善者共。君にとっても敵のはずだ」

「まぁ、そうだな」

 零二の返答に気を良くしたのか、駆留は喜色満面となる。

「であれば探偵さんは敵だ。私のみならず君にとってもね。ならば、納得──」

「──関係ねェな」

「…………は?」

 つなぎの男は何を言われたのか一瞬分からなかった。気のせいだとすら思った。こほん、とわざとらしく咳払いをして話を戻す。

「…………空耳のようだ。新来耐里の身柄は──」

「──いいから二人共返せ。二度はねェぞ」

 有無を言わせない零二の物言いにさっきまでの余裕など何処へやら、信じられないといった表情を浮かべて問いかけた。

「な、にを言っている。気でも狂ったのか?」

「いンや正気だぜ」

「有り得ないだろう、そんな事はッッッ」

 わなわなと怒りに身を震わせる。目の前の小僧の言っている事が理解出来ない。

「私は君にも分かるように伝えたはずだぞ」

「そうだな」

「であれば、理解しているはずだ。その探偵が危険な存在だという事を。彼を外に放つ事など出来ないのだという事位は!」

「だろうな」

「ならなぜ彼の身柄を求めるのだ?」

「ンなこたぁ決まってンだろ。ソレが亘の依頼だからだよ」

「────馬鹿な」


 平然と言い切る零二と絶句する駆留の会話を受け、亘は半ば唖然としていた。

 こんな状況なのに。あの不良少年は自分との依頼を守ろうとしている。いや、正確には違う。

「そんな事言ってないのに」

 自分が頼んだのは行方不明となった兄を探す事。見つけ出す事だけであり、救出なんて頼んじゃいない。

「──何でだよ」

 横に立ち尽くす耐里はもう自分の知っていた兄ではない。何か別の恐ろしいナニカになってしまった。何よりもつい今さっき殺そうとしてきた相手だ。なのに、どうして?

「何で助けようって思うんだよ、このバカッッッ」

 感情を抑えきれずに叫ぶ。


 思わぬ援護を受けたと思ったのか、絶句していた駆留が息を吹き返したかのような勢いで問い質す。

「そうだよ。彼女の言う通りだ、何故彼まで助けようと思う、……思えるのだクリムゾンゼロ?」

 そんな無体が通る訳がない、通ってたまるものか、と。

 対する零二からの返答は単純明快。一瞬で駆留の懐にまで肉迫。躊躇なく放つ左拳──。

「げう゛ゃらっ」

 駆留は顔面に痛烈な一撃を受けて、後ろへと大きく転がっていき、培養器にぶつかってようやく止まる。

 ツンツン頭の不良少年は、その様を一瞥すると「へっ、イヤなこった」と不敵に言い放つ。

「な、にぃ?」

 ゴホゴホ、と幾度も咳をして、次いで襲いかかる燃え上がるような痛みに顔を歪ませ、呻き悶える駆留を上から見下ろしながら零二は言う。

「アンタさぁ、何か勘違いしてるみてェだから言っとくけど、さ」

 ようやくの事で顔を上げたつなぎの男の顔面をサッカーボールでも扱うかのように蹴り飛ばすと、つかつかと詰め寄って、倒れ込んだ相手の首根っこを掴んで無理矢理引き起こす。

「アンタの都合なンざ知ったこっちゃねェ──」

 掴んだ手を放すと、だらりと力なく身を揺らす駆留の顔面へ頭突きを喰らわせ、追い打ちとなる右アッパーを見舞った。

「──っが、う゛え、う゛ぎぇ」

 蛙のような声をあげ、ドタバタと苦しむつなぎの男へと零二は言い放つ。

「オレはオレのしてェようにする。そンだけだ」

 歯を剥き、獰猛に笑ってみせた。


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