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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 16
549/613

悪徳の街(The city of vices)その30

 

(零二が建物へ入る十数分前)


「アニキィィィィィッッッ」

「────があっっ」

 亘の目は恐怖で見開かれていた。見てはいけない、見たくないのに、見てしまう。

 まるで悪い冗談、悪夢のような光景だった。

 彼女の目の前で、兄である耐里の身体が切り裂かれた。今、彼女の目の前では肩口からばっさりと胸部まで開いていて、噴水のように真っ赤な血を噴き出している。

 それを為した頭陀袋を被った男は無言で血に塗れたマチェットを引き戻す。微かに覗くその目にはおよそ人間らしい感情の動きなどなく、ただただ無言。人間というよりも機械のように亘の目に映る。

「ウソだ、うそ、だよな?」

 ボタボタととめどなく流れ落ちていく自分の兄の命。ただ呆然とそれを眺めるしか出来ない自分の無力感。絶望、という言葉が脳裏を占めていく。

 駆留はそんな彼女をあざ笑う。

「おやおや、どうしたんだ? 何をそんなに悲しむのかな? だって、()()()()()()()()()()

「────え?」

 駆留の言葉を受け、亘はゆっくりと顔を上げる。そして息を呑んで視線を前へ。

「嘘、だろ」

 およそ有り得ない光景だった。

 肩口からばっさりと裂けていたのに、身体がくっついていく。まるで傷口同士が磁石で結び付けられているかのように、映像を巻き戻ししたかのように戻っていく。

「な、んで?」

 訳が分からなかった。死んだはず、助かるはずないのに、耐里の身体が元に戻った。

「何で、か。おやおや、やはり教えてこなかったようだね。探偵さん」

 駆留は心底楽しいのだろう、歯を剥いて嗤う。

「ええ、と亘ちゃんだったか、いいことを教えて上げよう。君のお兄さんはね、人間じゃないんだよ」

「…………何言ってんだ?」

 亘の中で怒りは沸点点に到達しつつあった。目の前にいる自分の兄弟の事を人間じゃないなどと言い放った相手に対して。拘束されていなければ、今すぐにでも殴りかかっているだろう。

「ひろ、やめろ……」

 だがその怒りも耐里の声を受けて消えていく。弱々しい声、これまで聞いた事もないような、まるで別人のようなか細い声だった。

「あにき?」

 まるで初めて見た相手のように思えた。彼女にとって耐里こそは何があっても堂々として、どんな相手にも決して怯まずに向かっていく、まさしくヒーローだった。

 なのに、だのに。

「おやおや、どうしたんだね? そんなにリカバーの効力が弱いのかな」

 駆留は首をかしげて、それから辺りをうろうろとし始める。

「マイノリティなら、そうそう死んだりはしないはず。なのに…………ああ、そうか」

 しばらくして考えがまとまったのか、手を合わせて頷く。

「君のせいだよ、お嬢さん」

「────え?」

 亘には相手が何を言わんとしているのかが全く分からない。

「君がいるから、彼は駄目なんだ」

 ただ分かる事が一つだけある。

 それは目の前にいるこの不気味な男は異常だという事。その目はまるで虫けらでも眺めているよう。この男はまともじゃない。人の姿はしていてもおよそ人とは思えない別のナニカだと。

「探偵さんを()()()にさせるには、君を何とかしないとねぇ」

「ッッッッ」

 ただ見られただけなのに、全身を舐められたような不快感を隠せない。気持ち悪い。気持ち悪い、気持ち悪い。ぞくりとした悪寒が走り抜けていく。

「よせ、やめろ」

「んん~?」

「やめろおっっっ」

 耐里が声を荒げて怒鳴るのと同時に、駆留が口笛を鳴らす。それを合図に頭陀袋の男はマチェットを振り下ろす。

「────あにき?」

 亘はそれ以上の言葉を発する事が出来なかった。

 無骨な山刀が自分の兄の身体を切り裂く。バタバタ、と真っ赤な血飛沫が巻き上がって、さっきまで繋がっていたはずのモノがぼとり、と地面へと落ちる。

「んんん~、いい。実にいい」

 駆留は幾度も頷き、しゃがんだ。そして耐里の顔を舐めるように見上げる。

「ようやくまともな反応を見せてくれたね。いや、嬉しい」

「クソ野郎」

 出血量のせいだろう、顔を青ざめながら、それでも耐里は駆留を睨む。

「今すぐ俺を自由にしろ、殺してやる」

「おお、怖い怖い。まだ元気ですね。ですが、足りません」

 駆留は懐から注射器を取り出すと、その針を耐里の首筋に突き刺した。

「く、ぐうっ」

「どうせなら、もっともっとです」

 嗤いながら紫色の液体、薬品を注入していく。

「さっきまでは()()()でしたが、今度はどうでしょうかね?」

「く、う、ぐっ」

 耐里の表情が一変。明らかに苦しみ出した。出血云々ではなく、全身を震わせ、血管が浮き出ていく。

「やめてくれ、兄貴に酷いコトを……」

「酷い事? それは違うよお嬢さん。私はね彼を()()にしてあげてるのさ」

「……何言ってんだアンタ」

「私が何をしていたのか話してあげよう。人間は今よりもっともっと進化出来る、その助けをしているのだよ。

 人間はそろそろ新たな進化を遂げるべき時期に来ている。それがマイノリティ、様々な異能力を持った次なる姿だよ。

 だけどね、多くの人々はその可能性に気付かない。気付かないように巧妙に各国の政府機関が隠蔽しているからね。このままでは、人々は折角のチャンスに気付けないままに人生を終えてしまう。それは実に残念な事だとは思わないか?」

「イミ、……わかんない」

 亘には何もかもが理解不能だった。

 ただただ異常だった、これまで目にした様々な出来事など今、ここで起きている事に比すれば全然大した事ではなかった。

 知ってはいけない、これ以上知ったら駄目だ、と本能が訴えかける。

 だが同時に知るべきなのではないのか、という相反する考えもまた脳裏をかける。

 そんな葛藤など駆留にはお見通しなのだろう。

「実にいいよ。お嬢さん、君は見ておくべきだね。世界の本当の姿を。今日ここで、ね。では────ん?」

 自身のポケットが揺れ、駆留が振り返ると、そこにはこの場所の外にいるであろう、零二の姿があった。

「これは思ったよりもずっと早いご到着だ」

「あいつ、……来たんだ」

 安堵と共に不安が襲いかかる。こんな異常な場所に他人を巻き込めない、と。

「アイツはほっといてくれよ」

 本心だった。こんな異常な状況に、アイツを巻き込めない。万が一、何かが起きたら一生後悔してしまう。いや、違う。

「アイツはただアタシを探しているだけの、ただのバカなんだ。だから──」

 関係ないんだ、と言いながら思う。もしもアイツの目の前で自分なりアニキなりが死ねば、あのバカはきっと責任を感じてしまうだろう、と。ほんの短い付き合いでもそれ位は分かる。口でこそ強がっていても、態度こそ粗暴であっても、武藤零二は情が深い少年なのだと。だってそうだ。じゃなければ赤の他人の自分の事をこうして探しに来たりはすまい。依頼人だからとは言え、まだ金を払ってもいないのだ。見捨てたって別におかしくないはずだ。

 駆留が答えた。

「ええ、関係ないですよ。あなたにはね」

「──じゃあ、……」

「武藤零二、クリムゾンゼロ。あの少年にはそもそも私個人が興味を持っているんですから」

「何言ってんだよ?」

「そもそもこの実験の目標はあの少年なのです。彼のような()()()を作り出す為に、こんな場所で実験を繰り返していた。君のお兄さんなどどうだってよかったんです。くだらない邪魔をしてこなければですが。

 その男は密告者です。私の素晴らしい世界、次の人類への進化への道程を乱さんとする悪。

 彼のような屑がいるから、こんなにも無駄な金がかかるし、多くの犠牲も出るのです」

「アニキは屑なんかじゃない!」

「ああ、そうでしょうとも。お嬢さんは彼の家族なのですからね。どんなに屑でもたった一人残った血縁なのだから、それは大切な事でしょうとも」

 ですが、と前置きして駆留は言った。

「だがその男は屑だ。私の、ひいては人類が次に向かうべき段階への崇高で大事な実験を妨害する為にここに来たのだから」

 泡を吹くのではないのか、という勢いでまくし立て、正気とは思えない言葉を吐きながら、されど視線はモニター越しの客へと向けている。

「まぁ、いいです。クリムゾンゼロが来るなら、それはそれで歓迎せねば」

 完全に零二へと関心が移ったのか、駆留は亘に対して背中を向けると、振り向く事もせずに歩き出す。

「折角兄妹水入らずなんだ。今の内に思う存分に話し合うといい」

 と白々しい言葉を吐いて、部屋を後にするのだった。


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