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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 16
548/613

悪徳の街(The city of vices)その29

 

「さてさて、何が出るかなぁ?」

 敵マイノリティを文字通り一蹴した零二は敷地内を悠々と闊歩。そのままほぼ中央にある建物の扉の前へ。

 如何にも重厚そうな扉はカード認証式なのだろう。カードリーダーが備え付けられている。

「…………ふーン」

 零二は試しに拳で扉を叩き、さらに開くかどうか試してみるもビクともしない。

 ウィィン、という音がして視線を上に向ければ、建物の天井部に付けられた二つの監視カメラが反応しており、備え付けられた銃口を向けると警告もなしに射撃を仕掛けてくる。もっともバラまかれた銃弾は一発たりともツンツン頭の不良少年には届かない。その周囲を覆う焔によって溶かされ、消えていく。

「物騒だな、ガンカメラってヤツかよ」

 フューと口笛を吹き、銃撃を浴びせ続けるカメラへと転がっていた石を投げて破壊。

「ンじゃ遠慮はいらねェよな」と獰猛な笑みを浮かべると拳を握り締めるや否や、「せェのっっっ」叫びながら右拳で一撃。焔を纏った拳はそのまま扉を溶解。あっさりと突破してみせる。

 中に入ると「正直言うと、もう少し待っていて欲しかったな」とぼやきながら、駆留が零二を迎えた。

「ンなコト知るかっつうの」

 ツンツン頭の不良少年は文字通り一瞬で相手の目の前まで接近。そのまま躊躇なく鳩尾を殴打する。

「がっっはっっ」呻き声をあげ、駆留は大きくよろめいて、力なく膝を付く。

「テメェなンかにゃ用はねェよ。さっさと消えちまえ」

 手をぷらぷらと揺らしながら、零二は相手へと近付く。今の一撃で相手が殆ど素人だとは分かった。あまりにも無防備。あまりにも弱々しい相手の姿に逆に困惑すらしている。

「ま、待ちたまえ。ちょっと待ちたまえ」

 駆留は焦った様子で両手を挙げて降参の意志を示すも、零二にはそんな事は知った事じゃない。ずかずかと進んで行くと手を伸ばして相手の首根っこを掴み、ぐい、と引き寄せて尋ねる。

「一度しか言わねェからキチンと答えろ。亘のヤツを出せ」

 有無を言わさない物言いはとても少年のモノとは思えない。駆留は身をぶるりと震わせると「ああ、分かっているとも。勿論だとも」と笑って答える。

「チッ」

 零二は舌打ちして、駆留を突き飛ばす。

「助かるよ。ああ、そうだ。私の名前を言っていなかった。駆留羌だ、よろしく」

 差し出した手を零二は無視。その反応にニヤニヤと満面の笑みを浮かべながら、着古したつなぎを着た風采の上がらない男は先導するように歩き出す。零二もまた、その後を付いていくのだが。その相手の背中を見ながら思う。

(コイツはタチが悪いな)

 今のやり取りで充分に分かった。この駆留羌、とかいう相手は弱い。戦えばまず負けない。油断とか云々以前の問題で荒事に全く適正がない。素人、それもろくすっぽ戦い方すら学んでいないのだろう。歩き方一つ見ても分かる。あまりにも隙だらけ、今背後から攻撃すれば確実に仕留められるだろう。

(なのに、わざわざ入口で待っていやがった)

 絶対に不利なのにも関わらずに、だ。考えられるのは二つ。一つは何も考えていない馬鹿。もう一つは考えた上で待っていた。無論厄介なのは後者である。

(十中八九何かワナがあるってこった)

 この場合その罠にかかってしまう可能性が極めて大きい。何せ零二は敵を倒すより先に亘を救出しなければならないのだから。

 この襲撃で混乱してくれるような相手であれば幾らでも付け込む隙はあっただろう。だが、この駆留羌は違う。ニヤニヤとした笑みを浮かべ、異様な雰囲気を醸してはいたが、少なくとも混乱してはいない。

(やれやれ、もうちっと、準備しとくべきだったか……)

 と考え、かぶりを振る。後悔しても今更状況は変わらない。あれこれと選択を考えるよりも、これから起こるであろう出来事に意識を向けるべきだと、気持ちを切り替える。

 いずれにせよ、前提として不利なのは分かり切った事実だ。それを如何にして覆すか、意識を傾けるべきはその点であろう、と。


「さぁ、この奥だよ」

 どうやら目的地は目の前の扉の向こうらしい。ならば、と拳を握り締め、焔を纏わせようとする零二の姿に、「待ちたまえ、認証キーなら持っている。ほら、」と駆留はなだめるような物言いと共にカードキーをカードリーダーに通す。カチャ、という軽い音がして、次いで扉が開いていく。

「ご対面だね」

 駆留の言葉など無視して零二は部屋へ視線を向けた。

 その部屋は他の場所よりも明るく、様々な機材が置かれている。零二の目から見ても、ここは何らかの研究場所だろうと分かる。

 中には培養液か、或いは保存液なのか、得体の知れない緑色の液体に浸された臓器やら、手足の一部が収められた容器が無数に置かれ、まともな研究ではないのは一目瞭然。

「大丈夫か?」

 そんな不気味極まる部屋の中央に、亘は座っていた。

 より正確には座らされていた、というべきだろう。手足は拘束されている。力なく顔を下げてはいたが、間違いなく生きている事は見て取れる。

「おやおや、囚われた姫君にぞんざいな態度だね」

「黙ってろゲスヤロー」

 相手にするつもりなどない、と言わぬばかりに怒声を浴びせて、零二は亘の元へ近寄る。慌てて駆け出したりしないのは、周囲に潜んでいるであろう、敵に対する警戒から。ゆっくりと、だがその目は油断なく周囲を見回し、状況を把握してゆく。

 すると亘の背後に誰かが倒れているのが分かる。頭陀袋を被っているのか、顔は分からない。ただ駆留と同様のつなぎを着ており、仲間割れでも起こしたのか、と訝しみつつも亘の傍まで歩み寄る。

「オイ、しっかりしな」

 零二は亘の拘束を、手に宿らせた熱であっという間に解く。

 すぐに亘は目を開くも、その表情は真っ青でかたかたと歯を鳴らす。

 どう見ても普通じゃないその様相に零二は「オイ、大丈夫か?」と再度話しかける。


(おやおや、これはどうやら面白い状況になってきたな)

 駆留は内心でほくそ笑む。顔は恐らくにやけているだろうが、本心はその比にならぬ程に愉快だった。

(予想外と言えば予想外だが、これなら──)

 元々は武藤零二のサンプルさえ貰えれば御の字だった。だが、もしかしたら、サンプルどころか丸々手に入るかも知れない。そう思うと込み上げる笑いを止められない。

 武藤零二はまだ気付かない。ここにもう一人いる事に気付けない。

 ソレが確実に獲物を仕留めようと蠢く様にまだ気付いていない。


「逃げ、て」

「?」

 亘の弱々しい言葉は零二の耳には届かない。

 届けようにも声が上手く出せない。

 だって、何故なら。


 勢い余ったか、亘が椅子ごと倒れ込み、その身体を零二が支える格好となって、 ドス、という鈍い音がして──その腹部が貫かれる。

「な、に?」

 訳が分からないままに、零二の身体から噴水のように血が飛び散った。


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