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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 16
547/613

悪徳の街(The city of vices)その28

 

「ここだな」

 零二が亘の居場所らしき場所に到着したのは、夜も更けた深夜一時の事。

 単に亘の居場所ならば、下村老人が彼女に取り付けた装置で分かっている。

「さて、と」

 なのにすぐに動かずにいたのは、以前の零二であればまず有り得なかったに違いない。

 理由は簡単。それは今の自分が単なる鉄砲玉じゃない、という自覚からだ。

 夏休み前までなら、上司だった九条羽鳥の示した標的を倒すだけで事足りた。自分はあくまで九条羽鳥という統治者にとっての矛。敵を抹消する事が存在意義だった。

「歌音からのメッセージ? おいおいマジか」

 スマホを開くと、()()()()を罰した。だが巫女が体調不良になり、下村老人と同じ病院へ連れて行く、というメッセージが表示された。

「やっぱそうか」

 緑髪の拷問趣向者がアジトの情報を流したのは予想通りだった。

 そもそもあのアジトは零二達が九条羽鳥の下で動いていた時から使っていた場所。漏洩があるとしたら、ファランクスの仲間か、もしくはチームで動いていた時のメンバーから。ファランクスの面々は信用していたので除外。チームのメンバーだとして、西東は違う。では“ブリューナク“こと雑賀美月(さいがみつき)かと言えばそれも違うだろう。あまり親しくはないし、今は何処にいるのかも分からないが、彼女はそういった行動を好まないだろうとは思える。

 となれば、残るのは拷問趣向者ことトーチャーのみ。彼はそもそも九条羽鳥に従ってはいたが、その一方であちこちに情報を流していた事も分かっている。中には九条羽鳥の指示であえてそうした事もあるらしいが、彼女が失脚するきっかけとなった事件の裏で彼が敵対者達に情報提供を行っていた事はやはり許せなかった。

 何にせよ零二は正直言ってあの拷問趣向者の事は好きではなかったし、出来うる事なら裏切り行為への制裁を与えたいとも思った。だが今、自分の優先順位は緑髪の裏切り者を罰することではなく、下村老人の怪我の落とし前と亘を見つけ出す事。だからこそ、歌音に連絡を入れたのだ。

 武藤の家が持つ監視網と情報網により、拷問趣向者の居場所はすぐに判明。そこに歌音を派遣させる一方で、襲撃に関与したであろう組の情報も収集。それをまとめて送った後、バイクで近くまで移動。そこから徒歩でここまで来たのだが。


「にしたってよ──」

 零二が周囲の様子を窺うと、人の気配はほぼない。

 亘がいると思われる場所は、貨物用コンテナが積み上げられ集積場。もっとも敷地内にあるコンテナの大半は錆び付いて外壁は触っただけで崩れそうな所を見ると、長い間使っていないのはまず間違いない。

「視界が悪いよな」

 そんなコンテナが積み上げられており、敷地内の様子は分からない。耳を澄ましても特に物音も聞こえないのは、人がいないのか、或いは罠か。

「ま、考えてもしゃあないわな」

 そもそも亘がさらわれている段階で後手に回っているのだ。自分が相手の立場でも、警戒して当然。今更奇襲、というのもないだろう。

「正面から堂々と行かせてもらうぜ」

 手で頬をぱん、と鳴らして気合いを入れると、零二は躊躇なく正面にある申し訳程度のゲートを拳で殴り飛ばした。ガシャンというゲートが音を立てて吹き飛ぶ音が辺りに鳴り響く。

「さって、と。誰もいないのか?」

 キョロキョロと周囲を見回し、零二は敷地内を歩いていく。その視界には誰の姿もない。ただじゃりじゃり、という砂利を踏み締める音のみ。

 だが誰もいない、というのは違う。



 ◆



(けっけっけ、来やがったなぁ)

 その男は零二が来るのを待ち受けていた。

(他の連中は──まぁいい)

 ここには自分を含めて三人のマイノリティが待ち伏せしており、程なく近付くであろう武藤零二を仕留めるべくそれぞれの刃を研ぎ澄ませている。

(どうせ返り討ちに遭うのが関の山だ)

 他の連中などではあのクリムゾンゼロに一蹴されるに違いない。だが自分は違う。自分であれば仕留める事は可能だ。

 視線を巡らすと、一人は屋根の上から飛びかからんと身構えている。その背中からは翼が出ているのが分かる。

 また別の一人は武藤零二の背後に隠れている。ああも近くにいても見つからないのは、気配を消すのが上手いのか、或いはそういったイレギュラーなのか。何にせよ奇襲をかける腹積もりなのは間違いない。

(まぁせいぜい頑張ればいいさ)

 だがその目論見は失敗するだろう。何故なら、自分には見えているのだ。仮にもあの怪物が気付かない訳がない。

(さて、あいつが失敗するのに併せて──)

 用意するのは狙撃銃(スナイパーライフル)。米軍からの横流し品で、性能は折り紙付き。そのスコープ越しに獲物へと狙いを定める。

(さぁ、いつでもいいぞ)

 指を引き金に置いていつでも引けるようにする。呼吸を整え、狙いがブレないように意識を集中させ────そこで光が爆ぜた。

「く、ぐわっっっ」

 男は何が起きたか分からないままに狙撃銃を捨て、飛び退く。

(な、何が起きた?)

 突然だった。突然目の前が光に覆われて視界を失った。

「ま、ずい」

 何故かは分からないがここにいるのは悪手だと思える。仮に見つかっていなくてもだ。

 起き上がり、急いでその場から離れようと試みて──そこで彼の意識は途絶えた。



 ◆



「ったく、マジかよ」

 結論から言えば零二はあっさりと敵を把握していた。

 その場、より正確には敷地内に入り、コンテナが積み上げられた集積場を抜け出した辺りの事。一見すると敷地内の丁度真ん中にある建物まで特に遮蔽物のない開けた場所。だがこのツンツン頭の不良少年は経験上知っている。こういった場所こそ敵は潜むものだと。

 誰しも視界が定まらない場所では警戒心が高まる。一方でこんな風に視界が確保されると本能的に安心してしまう。安心は油断に繋がり、油断は思わぬ怪我の元となる。

(さってと、何処だろうな?)

 歩みは変えずに、首をゴキゴキと鳴らしながら、視線を周囲へ向ける。

 熱探知眼(サーモアイ)によって、周囲の熱を視る。するとすぐに敵は見つかった。

(まず一人)

 その相手はすぐ後ろ。コンテナの陰に隠れているらしい。だが無駄だ。

(二人目)

 正面に停まっている車の近く。隠れているようだがこれも無駄。

(…………で、三人目ね)

 相手はこいつは姿は見えない。だが確実にいるのは分かる。何よりも。

(さって。わざわざ向こうさンの都合に合わせる必要なンざねェわな)

 先手必勝、とばかりに零二が仕掛ける。

「ふ、うッッ──」

 自身を中心に眩い光が周囲へ向けて放たれる。タネは簡単、単純明快。ただ自分の体内から焔を噴き出しただけ。特段イレギュラーでもないこの行為は、零二にすれば少しだけ意識して呼吸をしたようなモノ。とは言え、それはあくまでも武藤零二という個人の感覚であって。

「く、ぐわっっっ」

 スコープ越しに狙いを定めていた男が強烈な光に目を焼かれ、狙撃銃を放り投げて立ち上がる。その動きは本能的な物であり、意図した物ではない。

 カラン、とした狙撃銃が転がる音が小さく響き、「──!」零二はその音を見逃さない。

「ひゅっ」息を抜くような声と共に地面を右足で踏み抜く。同時に焔を右足から噴出。勢い良く飛び出す。まるでロケットのような急加速で間合いを詰めつつ左腕に焔を纏わせると、何の躊躇もなくそれを振り抜き──そこにいた相手の顔面を殴り飛ばす。

 直撃(インパクト)の瞬間に相手の顔が見えた。何が起きたのか全く理解していないのだろう。ただ困惑と焦燥感が浮かんでいた。

 ばあん、と地面に叩き付けられ、弾む音が聞こえ、零二は顧みる事なく更なる獲物を狩るべく飛びかかっていく。不意に視界を奪われた相手はそのまま為す術なく拳に沈み──最期は焔に灼かれる。

「ったく、甘いンだよ」

 三人を瞬く間に打ち倒し、手を払う零二の視線は最初に殴り飛ばした相手へと向けられる。

 この三人の中で最初に存在に気付いた相手こそが彼だった。サーモアイでは分からなかった。だが視線ははっきり感じた。イレギュラーが何だったのかは最早どうでもいい。

「下品な殺気を向けやがって」

 あくまでも感覚的な話だ。零二は秀じいから散々手合わせというかボッコボコにされてきた。その中で気配を肌で感じる事の重要性を身を以て学んだ。気配、視線、殺意など言い方は様々で、どれが正しいとか言う話でもない。

「闇討ちするっつうなら、秀じいとかみたく自分の存在を殺してからかかってきやがれ」

 零二にとってみれば、今の相手など姿は見えなくとも、全く問題のない相手。確かに彼自身の姿は視えなかった。だが周囲に微弱な熱が残っているようでは意味はない。それに何よりも殺してやる、という意識がありありとしていて、それが零二に存在を察知させた要因。つまりは彼らは零二に襲いかかるべきではなかった。戦ってはいけなかったという事。


「あら、やっぱり手も足も出ないのかしらね」

 ただ一人。チャイナドレスの女だけがその存在を完全に殺し、零二に察知される事なく一部始終を眺めていた。


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