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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 16
544/613

悪徳の街(The city of vices)その25

 

「く、は、っ。何でだ?」

「まだ分からないの? 巫女にはあんたの言葉を聴いたらすぐにそれを打ち消す【声】を出してもらってた。それだけの事よ」

「そういうコト。あんたの声、というか言葉を耳にしてから、その音に対応した声をぶつけたわけ」

「な、なに」

 トーチャーは唖然とする他ない。理屈では理解した。確かに音を打ち消す為の音、音波というのも分かる。要は周波数だ。特定の周波数の音波に対してそれを打ち消す効果のある音をぶつけて相殺、“ノイズキャンセリング“という現象だったはず。だが────。

「どうやら理解はしてるって顔ね」

「理解はしてるって、……そんな難しい話かなぁ」

「──」

 首をかしげる巫女の表情には困惑すら透けて見えた。

(馬鹿な、仮に可能だとしても、だ)

 マイノリティの数だけイレギュラーは存在し、それぞれに個性がある。似たような系統の能力だとしても全く同じ、という事はないのだ。

 だから、音に関係するイレギュラーを持ったマイノリティであれば、中には他の音を相殺し得るノイズキャンセリング、()()()()()()()()()が可能な者とていてもおかしくはない。それがそこにいるピンク色のパーカーの少女だっただけの事なのだから。

(だが、目の前にいたのはあくまでカノンだけだ)

 そう。自分と相対していたのは巫女ではない。事前にカメラの映像で確認もした。確かに彼女以外の存在は確認したのだ。万が一に際し、暗視装置(ナイトビジョン)機能を備えたカメラでも確認したのだ。誰もいなかった。いなかったからこそ、こうして仕掛けた。実際、思惑はほぼ図に当たったのだ、音に耐性があっても陥落するまで時間の問題、後ほんの少しで、ものに出来たはずなのに。

「あり、えない」

 そう。彼女はあくまでも距離を取っていた。離れた場所から音を聴いて、そして相殺する音を発した。言葉にすれば簡単だ。だがそれを実行出来る者などいない。そのはずだった。

「驚くコトじゃないと思うけどな」

「それは巫女が何も意識しなくても出来るからそう思うだけ」

「意識しなくても、だと?」

 拷問趣向者の表情がいよいよ青ざめていく。血の気が引く、というのはまさにこの事なのだろうと理解した。

「馬鹿な、そんなの聞いた事ない、ぞ」

 だって、そんなのおかしいだろうと口にしかけた。何の訓練もなく、それも離れた場所から即座に相殺させる事など果たして可能なのか?

 トーチャーは信じられない、といった感情を隠す事もなく、巫女を呆然とした顔で見ながら思う。

(本当に警戒すべきだったのはこいつだった)

 単なる武藤零二の気紛れで助けられた少女。“歌姫(ディーヴァ)“という名称の洗脳実験の為の駒。その性質上、音によって他者に影響を及ぼせる、という点では同じ。ただし向こうは自分よりもより大勢の人間に働きかける事が可能。もっとも、向こうは所詮素人、こちらは自分の出来る事を把握しているという違いがある。仮に戦うような事態に陥ってもどうとでも対処出来るだろう、と完全に眼中になかった相手。

 いざとなれば人質にでも使えばクリムゾンゼロへの牽制も可能だろう、と考えていたような相手が、今こうして自分を追い詰めたのだ。

「ま、て。待て」

 ゴホゴホ、と口から血を吐きながら歌音へと話しかける。

(このままじゃまずい。カノンは何の躊躇もなく僕を殺す)

 必死になって生き延びる方法を考え、すぐに思い至る。

「そうだ。僕は重要な情報を持っている。今後九頭龍に起きる出来事に関係する情報だ」

「──」

 歌音が無言なのを話を促す合図だと認識したトーチャーはゆっくりと身体を壁に預けつつ、立ち上がる。全身がバラバラにでもなったかのように痛みがあったが、そんなのはどうだっていい。ここが正念場だと言葉を紡ぐ。

「まずは間もなく新たな上部階層(オーバークラス)が誕生する。そいつがピースメーカーの代わりにこの街を統治するんだ。僕はそいつを知ってる。カノンにも無関係じゃない、だって──」

「──どうだっていいそんなの────」

 キィィン、という耳をつんざくような高音が響き、トーチャーの身体に衝撃が走る。

「う、えぐあっっっっ」

 その衝撃により壁は砕け、拷問趣向者はそのまま幾重もの壁をぶち破って吹き飛んでいく。

「……………………」

 まるで重機でも使ったかのような轟音と共に穿かれた無数の穴の奥。トーチャーはゆっくりと糸の切れた人形の如く、……力なく崩れ落ちていく。

 その様を見た巫女が不安に駆られ、訊ねた。

「なぁ、歌音?」

「手加減はした。死んではいないわ」

 歌音も察していたのだろう、言葉を返すと指を指す。巫女が改めて穴の奥に視線を凝らすと、奥でトーチャーがピクリと動くのが分かる。

「あんな奴、殺す価値もない。二度と顔も見たくないわ」

「うん、そうだな。おれは良く知らないヤツだけど、気色悪いのだけは分かった」

 そう答えた巫女は顔にこそ出さないものの、その実今にも吐きそうな気分だった。同じ音を手繰るマイノリティ同士ではあったが、歌音と自分ではかなり差異がある事を最近知った。歌音のような攻撃的なイレギュラーの活用は苦手だと分かったし、ノイズキャンセラー自体は歌音よりも自分の方が得意。

「フゥ」吐息を一つ入れた。

 後、これは歌音には伝えなかったが、音を()()にも違いがある。

 お互いに同系統のイレギュラーだと分かった時、巫女は正直嬉しかった。それまでマイノリティという存在やイレギュラーという異能など知らずに生きてきた彼女にとって、自分のそれはずっと違和感であり、他人と自分との間にある深い溝だった。零二との出会いで自分のような存在が大勢いる事は分かった。だけど、自分と同じような苦悩を理解してくれる相手はおらず、鬱屈としたおりとして積み重なっていく日々。

 そんな中で出会った歌音の存在は巫女にとって初めての理解者であり、かけがえのない友達となる。

 最初は()()だと思っていた。歌音もまた、自分同様に音を聴く事で多くの事を知ってしまうと聞いたから。

 だが()()()。歌音と自分とでは聴いているモノが違っていた。

 歌音は相手の発する音、心音や声の抑揚、はたまた血流の流れによっておおよその心理状態を()()するというもの。つまりは()()()。歌音がこれまで聴いてきた様々な音の比較の結果。

(おれは違う、…………だって)

 聴こえるのは音、だけではない。音に混じった()()が聴こえてくる。

 巫女が子供の頃に周囲から距離を取っていた理由はこれ。

 彼女にとって、音とは二種類。そのままの意味合いでの言の葉とその裏に隠れた本心、本音。常に二つの音が聴こえる彼女にとって、周囲は怖いものばかり。だからこそ距離を取った。

 心を閉ざす事で二つの音は聴こえなくなった。だから彼女は孤立を選んだ。施設で友達が出来るまで、彼女は内側に篭もり続けた。

 いつしか二つの音など意識せずとも聴こえなくなった事で、ようやく巫女は解放された。

 少なくとも他人と関わっても平気になった。子供の頃のアレはきっと気のせい。何かと勘違いしていたんだ、とそう思ってきた。

 “ディーヴァ“によって自分が普通ではないのだと理解した。同時に音も聴こえるようになった。最初こそ何とか誤魔化せたものの、それも今やかなり怪しくなった。

 日が経つ毎に聴力は増していくのが実感出来る。このまま本当に大丈夫なのか、それすらも怪しい。

(大丈夫、大丈夫)

 自分に言い聞かせる。歌音を助ける為だったが、トーチャーの声を聴いた結果、体調は最悪。その言葉全てが血塗れで、どす黒くて、澱んでいた。無邪気な子供が倫理観を学ぶ事なく育ったらああなるのかも知れない。それ位に相手の本心は巫女の心を大きく揺るがした。

 どうやったらこんな化け物が存在出来るのかと彼女は震えた。

「みこ、巫女?」

 気のせいだろうか、すぐ横から誰かの心配するような声。

「大丈夫だよ」

 そうだ、大丈夫。こんなの平気。

「まって、そんな風には見えない」

「大丈夫」

 平気。何の問題もない。だって何もされてない。ただよく知らない誰かの声を聴いただけ。

「だいじょう、ぶ」

 問題ない。身体はふらつくけどこんなの寝て起きればきっと問題ない。

 だから、だいじょうぶ。


「巫女、巫女──」

 歌音の目の前で巫女はゆっくりと崩れ落ちた。

「!!」

 驚いた歌音が何とか身体を抱き抱えると、その顔色は蒼白だった。


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