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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 16
539/613

悪徳の街(The city of vices)その20

 

「ぎゃっはっは」

「おい、もうちょっともうちょっと」

「やば、電車──」


 耳を澄まさずとも聞こえてくるのは街の喧騒。

 誰もが浮かれた声をあげ、楽しそうに行き交う。

 そんな中を零二は静かに歩いている。

 ドン、と何かがぶつかった音がした。どうでもいい。そのまま無視して去ろうとするも、肩を掴まれる。

「おい兄ちゃん、肩が当たっ……ヒッ」

 どうやら因縁でも付けようとしたのだろうが、今はそんな物に関わってる場合ではない。軽く睨んだだけで逃げ出すなら、所詮はその程度の相手だという事。すぐに視線を動かし、歩みを再開する。


 下村を病院に搬送してもらう為に連絡を取った後、亘をさらわれた零二が真っ先に向かったのは、九頭龍駅裏だった。

 駅に程近い好立地にも関わらず、駅裏が何処か閑散としているのは、単純に反対側の店やら何やらが積極的に、県庁所在地である福井市から経済特区九頭龍へと変わっていく過程で行政に対して非協力的だった結果だという。

 閑散としている、という言い方は正しくないのかも知れない。実のところ、周囲を見回せばそれなりの人数が店を行き交い、駅から出て来て、入っていく。恐らくは煌びやかな照明だの派手な看板などを出す店がほぼなく、居酒屋やらファミレスやコンビニではなく、蕎麦屋や定食屋に喫茶店などといった個人経営の店ばかりがこちらには多いというのが一番の理由なのかも知れない。

 繁華街や駅前が観光客向けなのに対して、駅裏は地元客を中心にしているという事も大きいのだろう。こっち側にある店は創業数十年はざらで、中には移転してきた店もあるが、五代六代続く、百年以上続く店だって幾つもある。

 零二も蕎麦屋にはちょくちょく行くので、店主にはすっかり顔を覚えられていたりもするし、近々行ってみようかとも思う。いつもは一人で来店してるので、巫女とか歌音を連れて行っても良いかも知れない。

 そんな事を考えている間に、さっきまでの殺伐とした気分も少しは晴れ、目的地にも到着する。


 そこは閉店という札がかかった一軒の骨董品店。周囲の店と比べても一段と古めかしい店構えをしていて、今にも崩れ落ちるのでは、と思う程に老朽化が目立つ。

 零二はカンカンと呼び鈴を鳴らすと、その場で待つ。

 すぐにカチャ、と鍵が開く音がして、扉が開くと、何の躊躇もなく店へと入る。

 店内は完全に照明が落ちていて、真っ暗。構わずに歩くと、カチャ、と今度は奥から鍵が外れる音。また別の扉が開いており、その先は地下への階段。

 金属製の階段のカンカンカンカンという甲高い足音。何段降りたかも分からない。ひたすらに降り続けていった先にあったのは、忙しなく動く人々の姿。ちょっとした体育館並みの空間に何十、いや何百ものモニターがあり、それをまた何十人という人間がチェックし、何処かに電話をし、はたまたデータ入力を行っている。

 ここの映像は全て現在の九頭龍の映像であり、それらははるか頭上、衛生軌道上からの撮影されている。

 何を隠そうここは武藤の家の施設。藤原一族の武を司ってきた分家が現在受け持つ闇の部分の一つでもある。


「若、ここに足を運ばれるとはどういった事情ですかな?」

 そして奥から杖をついて姿を見せたのは、零二にとっての後見人でもあり、武藤の家の執事でもある加藤秀二かとうひでじ、つまりは秀じい。

「あれほど武藤の力は借りないと仰っていた若がここを訊ねるからには、ただ事ではあるますまい」

「冗談キツいぜ。知らねェワケはないよな。オレが今どういったトラブルに遭ってるのか」

 零二の問いに秀じいは無言を貫く。

「オレのコトを監視してるなら、オレの周囲のコトも分かるよな?」

「はい」

「なら手を貸してくれ、オレのせいで余計な犠牲が出ちまわないように」

「若──」

 頭を下げて頼む御曹司を前に、いつも冷静沈着なはずの秀じいが思わず狼狽える。

「本当ならオレだけで何とかしなきゃいけねェってのは分かってる。こんなのはズルだってのもな。だけどさ、オレのつまらねェプライドのせいで誰かがケガするのはイヤなンだよ」

「…………」

 それは彼が見て来た中で最も弱々しい声、姿だった。彼は、正確にはこの場にいた全員が今の零二の姿に驚いていた。

「下村のオッサンがケガをしちまった、オレがヘタを打ったからだ。亘のヤツがさらわれたのだって、やっぱりオレがヘタを打ったからだ」

 こんな姿の零二を彼らは初めて見た。そして彼らは今更ながらに理解した。如何に常人離れした強さや精神をもっていようとも目の前にいる武藤の次期当主はまだ少年なのだと。

「オレは勘違いしてた。オレさえしっかりしてりゃ何とかなる、オレさえ負けなきゃどうにだって出来るってな。だけどさ、そンなのただの幸運だったのさ。そうさ、オレがずっと生きてこれたのはテメェの力じゃねェ。九条の姐御が後ろ盾だったからさ、それにお前ら武藤の人間のおかげだった。ンなコトも分からずに、調子乗った結果が、これだ。死ななかったからオーケーとかじゃねェ。オレがテメェを過信しなきゃ、もっと慎重になってりゃこうはならなかった」

 だからさ、と前置きして零二は室内にいる全員に頭を下げる。

「頼むよ。手を貸してくれ、これ以上誰かが傷ついちまう前に。オレにお前らの力を貸してくれ」

 それは恐らくは彼らにとって最も弱々しい当主の姿だった。その姿を嘲笑う者は誰一人としてここにはいない。彼らは零二がどんな人生を生きてきたのか知っている。

 彼が生まれながらにして実験体として過酷な日々を過ごし、多くの命を奪った事も知っているし、様々な実験の挙げ句にイレギュラーを暴走させて施設そのものを壊滅させた。

 そして施設こと白い箱庭を潰された事により、WDの上層部に敵視され命を狙われる事態となり、九条羽鳥によって九頭龍へと連れてこられ、武藤の家に引き取られる事でようやく最低限の身の安全を保証される結果となった。

 それでも彼は命を狙われ続けた。多くの刺客に幾度となく襲われ、返り討ちにした。

 だが最低限の身の保証を保証した九条羽鳥すら今やいない。実際には生きているのだが、表向き死んだ事により身分を失い、結果、九頭龍に於けるWDが頭を失って統制をなくした今、九頭龍はかつてなく不安定な状勢となっている。

 零二にかけられた懸賞金は未だに有効であり、今この瞬間も見知らぬ誰かがその命を狙って蠢動している。何よりも自分の身をこそ守らねばならない。そのはずなのに。

「若、正直に言います。我ら武藤は本家に目を付けられております。本家を守るべき立場を忘れ、自分達の当主を最優先にし、務めを怠っていると」

「そっか、迷惑をかけてるンだな」

「いいえ。これも全て我らの不手際が原因。若のせいではありません。本家からすれば分家たる武藤が九頭龍限定とは言え、大きな権限を担うのが嫌なのでしょう。

 ここの設備や衛星の管理権限も近々奪われる事も必定でしょうな」

「そっか」

「どうせ奪われるのであれば、今ここで若の為に思う存分に活用してみせましょう」

 秀じいがそう言うと武藤の家人達もまた「当然でさぁ」「若の為に」「いいとこ見せましょう」と口々に応じると、一斉に情報を集め始める。

 無数の画像が無数のモニターに表示され、そこに映る人物が続々とデータベースと比較されていく。

 まさにスパイ映画さながらの光景が繰り広げられて、零二はそれを呆然と眺めている。

 そんな主に執事であり後見人でもある老人は言う。

「若、存分に我らを使いなさい。遠慮は要りませぬ。我らは若のお役に立てるのが嬉しいのです」

「ああ、ホント恵まれてるなオレ」

 小さく震わせるのは、果たしてどういった感情の発露であろう。求める情報を得たのはそれから数分後の事だった。


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