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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 16
533/613

悪徳の街(The city of vices)その14

 

 亘と下村を残して外に出た零二は、電話をかけていた。

「何か情報はないか?」

 ──やれやれだ。せめて名乗ってから要件を切り出せないのかお前は?

 電話越しでもはっきりと迷惑そうな返事を返すのは、西東夲(さいとうはじめ)。耳を澄ますとカチャカチャという金属の音に、ギシギシと軋むベッドらしき音が聞こえ、その上で誰か別人の「誰?」という女性の問いかける声まで聞こえる。

 ──何でもない。仕事の電話だよ。

 その言葉は明らかに零二とは違う相手への返事であり、彼がどういった状況なのかは、そういった知識に乏しい不良少年でも察するには充分。

「何だかジャマしちまったみたいで」

 ──そう思うならいきなり電話をかけてくるな。まぁいい。それで情報っていうのは何だ?

「ああ、悪い悪い。この数日で街を訪れた探偵がいてさ、そいつが行方不明なのさ」

 ──それだけじゃ何とも言えないな。街に探偵が一体何人いると思う?

「じゃあ、これならどうだよ。その探偵が捜してたのは、とある金持ちのボンボン。そいつはどうも地元で何かしらヤバいコトをしでかしちまってコッチに逃げてきた。で、そいつはこれまた偶然にも同じ地域からコッチに進出してきたヤーサンの店で守られてた」

 ──ほう。そいつはなかなか興味深い話だな。

 電話越しにでも西東が乗り気になったのが分かったか、零二はさらに畳みかける。

「で、だ。肝心の探偵についての情報が全く浮かばない。コイツはいくら何でも妙な話だと思わなねェかい?」

 ──誰かが意図的に隠蔽してると言いたいのか?

「少なくともオレはそう思うね」

 ──逆に探偵がいない可能性についてはどう思う?

「いンや。ソレよか探偵が有能だったとは思わないか? 有能だから余計な調査とかすっ飛ばして、速攻で本丸を攻めたとか」

 ──可能性はあるな。地元で調査をあらかた片付けた上でこっちには最低限の行動のみを取る。確かに足取りが乏しくなるかもな。

「一応調べてみてくれねェか。金はキッチリ払うしさ」

 零二としては気を遣ったつもりの発言ではあったが、西東にすればそれは迷惑だったか、ハァ、という嘆息混じりの返答がくる。

 ──あのな。俺はこれでも公務員だ。とりあえず給料は貰ってるし、生活費にも困っちゃいない。下手に金を貰えば問題になっちまう。だから金はいらん。

「そういうもンか」

 ──ああ、そういうものだ。では、とりあえず電話に出れるようにはしとけ。絶対寝るなよ。

 そう言って通話は切れた。やはり機嫌が悪そうだったのは彼が()()()()()()()に及んでいたからだろうか。もっとも、知識としては知ってるが零二には行為がそれ程いいものなのかは理解出来ない訳だが。

「ま、いいか。とりあえず一旦倉庫に戻ると……」

 と言いかけて足を止める。

 背中越しにこちらを刺すような視線を感じたからだった。

「オイ、何処の誰かは知らねェけどよ、──隠れてないで出て来いよ」

 するとその言葉に呼応するかのように、物影から何者かが姿を現す。

「いい勘してるな」と言う言葉を吐いたのはおよそ二メートルはあろうかという長身痩躯の男。郊外の倉庫なので周囲に明かりなど当然存在せず、暗闇の中にやたら背丈の高いシルエットだけが浮かぶように見える。

「随分とデケェな。で、誰だよアンタ?」

「知る必要などない。お前は今から死ぬ訳だからなあ」

 言うや否やで銀色の刃先が一閃。それを零二は後ろに飛び退いて躱す。

「──うおっと」

「よく避けたな」

 背丈の高い男は暗闇でもはっきりと認識出来るような、ジュルリと、自らの得物を舐める。

「うえ、気持ち悪ぃ」

「ぬかせ、ッッ」

 刃先が今度は真っ直ぐに突き出される。長身の上に素早く無駄の少ない動きから繰り出されるナイフは脅威だろう。あくまでも一般的には。

「っと」

「へぶっ」

 だが次の瞬間、呻き声をあげたのは零二ではなく背丈の高い男。突き刺さるはずのナイフは胸部には届かずに、右手により外側へと大きく逸れている。そして逆に左のアッパーが顎を突き上げた。強烈なカウンターを前に、背丈の高い男はぐらぐらとする意識を「う、ああっっ」と声を張り上げて堪えて踏み留まると反撃に転じる。次々と繰り出されるナイフの攻撃は喉や心臓、或いは内臓めがけて正確に放たれる。

「お、お、なかなかやるじゃねェか」

 だが零二はそれも容易く捌く。まるで踊るように左右の手で逸らす。

「ち、くしょうがっっ」

 一向に相手を仕留められず、それどころか軽々と対処される事に苛立ちを隠し切れない男は一旦距離を取るべく飛び退く。零二はそれには付き合う事なくその場で待機。

「おまえ、何なんだ? ただのガキじゃないのかよ」

 背丈の高い男は完全に困惑していた。目の前のガキを殺すだけの簡単な仕事のはずだった。それがどうしてこうなっているかが理解出来ない。

「ハ? ンなコトも知らずにオレを狙ってきたのかよ。冗談だろ」

 零二は苦笑するしかない。これまで幾度となく命を狙われた経験があるが、目の前の相手はどうやら自分が狙う相手の事を何も知らずに襲ってきたらしい。

「ハァ、……せめて相手について少しは調べ上げてから襲ってこいよ」

 何も知らないなら、と零二は予定を変更。自分から攻める事にした。

 何をした訳でもなく、単に前へ飛び出して間合いを潰し、そのままの勢いで膝を顔面に叩き込む。イレギュラーなど一切用いる事もない、単に身体能力のみの攻撃。ただ素早く強烈な一撃の前に背丈の高い男は「グゲラッ」為す術なく崩れ落ちる。

「ったく、手応えがないにも程があるっての」

 零二は気絶した男の財布やスマホを物色、何がしかの証拠を探す。早々に財布を投げ捨ててスマホを操作し「あぁ、みっけ」とSNSのやり取りを発見する。

 そこにあったのは、Sとだけイニシャルで表示された相手とのメッセージの数々。

 部分部分が数字などで表示されているのは一種の暗号なのか、それとも符丁のようなものか。

「コイツ、これでも一応殺し屋だったンだな」

 気絶した相手を尻目にメッセージを読み進めていくと、Sというのは犯罪の請負業者らしく、受けた依頼を実行するのが足元に転がっていく男のような殺し屋らしい。

「お、……見つけたか」

 画面を操作していく内に見つけたのは、殺し屋が数日前からここいら一帯で嗅ぎ回っている探偵を捕まえろ、という依頼のを請け負った際のやり取り。

「どうやらコイツは当たりだったな」

 思わぬ拾い物をして、小躍りしたくなるのを堪えつつ、零二は周囲を見回して、この倉庫の周囲を取り囲むように巡らされてる有刺鉄線を認めた。

 すたすたと歩み寄り、左手を白く輝かせるとそのまま上から下へ一閃。更に幾度か上下左右縦斜めに動かし、有刺鉄線を切り取る。

「よっと、これでいい」

 そして手早く殺し屋の手足を縛り上げて拘束、手をぱんぱんと叩く。

「さて、下村のじいさんに連絡して──」

 そう呟きながら、スマホを手にしたまさにその時。いきなり着信を示すアラームが静かな夜に鳴り響く。

「オイオイ、何だようるせェなぁ──もし──」

 ──零二か。今すぐこっちに戻れ。少しばかりマズイ事になってる。

「何があった?」

 ──頭の悪そうなガキ共が周囲を取り囲んでやがる。どうも、お嬢さんに用事があるらしい。

「ち、わかったすぐに──うおっ」

 零二がその場を飛び退くと、直後にシュンと風を切る音がした。

 ──零二?

「下村のじいさん。悪いな、チョイと遅れるかも、だぜ」

 通話を切った零二の目の前には、つい今まで気絶していたはず、拘束していたはずの背丈の高い殺し屋の姿。

「オイオイ、……お前マイノリティだったのかよ?」

 その目にはメキメキボコボコと肉体を変異させていく相手の姿がハッキリと見えていた。


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