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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 16
530/613

悪徳の街(The city of vices)その11

 

「ひゃっはは、だってよー」

 紫色の照明に染まった店内に下品な声が響く。

「お前らはぁ、黙って注文取ればいいだけだっつうのよぉ、っく」

 酔っ払っているのか、呂律も回らず、その顔は真っ赤に染まっている。

「いいがらよぉ、しゃっさとボトル持って来いやボケェッッッ」

 ガツンとテーブルを蹴り、その衝撃でテーブルに置かれていた空になった酒のボトルが床に落ちてバリンと破片を撒き散らす。

「は、はいっっ」

 近くにいた店員は客に怯えながら、慌てて破片を拾い出し、横目で追加の酒を持ってくるように別の店員へ促す。

「そうだよぉ、ざいしょからそうずりゃよかっだんだぜぇ」

 客は足元でガラス片を拾い集めている店員を見下して、手にしていたグラスを傾け、中に注がれていた酒を浴びせる。

「おれはお客様だがらなぁ、おれをきぼちよぐさせりゃいいんだよぉ」

 ひゃっはは、と高笑いをして、天井へと視線を向けた。

 彼は気分が悪かった。何せこの数日もの間、ずっとこの店の中にいたから。

 ちら、と視線を部屋の入り口へ巡らす。如何にも、といった厳つい黒服が直立不動でそこにいる。

「ケッ」

 吐き捨てるような舌打ちを入れ、目を閉じる。

(つまんねぇ、いつまでここにいりゃいいんだよクソが)

 まるで隔離じゃないか、と思う。地元から離れる必要があったのは分かる。身代わりを用意したとて、そいつが裁判で有罪にならねば事件が解決しないのだから。

(ちょいとばかし、遊んだだけだっつうのによ)

 それもこれもあんなに簡単に死んだガキが悪い。殺すつもりなどなかった。ただ少しだけ楽しませてもらって、金を渡して口を塞ぐ。いつも通りの事だったはずなのに。

(ま、もうすぐ全部片も付く。そしたら少しは上等なホテルにでも行けるだろうよ)

 それまではせいぜいここで酒を喰らってるとしよう、そう結論付け、「はやぐボトル持って来いや、なぁっっ」と声を荒げる。


 その時だ。

 バリーーンという盛大にガラスが割れるような音が届き、男は思わず目を見開いた。

「な、なんだぁ」

 クッションに沈み込ませた身体を起こし、視線を部屋の入り口へ向ける。気のせいか銃声も聞こえた。

 黒服も、流石に直立不動とはいかないのだろう、耳に装着したインカムで状況の説明を求めている。

「な、何なんだよぉ」

 男が不安を抱き、ゴクリと唾を呑み込んだ次の瞬間だった。

「ヒィッッ」

 ドカッという音。次いで黒服がドア毎吹っ飛んで床に転がる。完全に気絶したのか、泡を吹いたままピクリともしない。


 そこに女の声がする。若い女らしい。

「ちょ、大丈夫なのかよ」

「問題ねェよ、気絶してるだけだから」

 もう一人は若い男の声、やたら好戦的な声。

 ずかずかとした足取りで部屋に姿を見せたのは、諦め気味に首を振る亘と零二。

 男が訊ねる。

「お、おまえ等は誰だ?」

「誰ってそりゃ決まってんだろ、悪党だよ」

 零二は獰猛に歯を剥いて笑ってみせた。



 ◆



(二分前)


「よし、ここだな」

「本当にこんな店にいるのかよ?」

 足を止めた零二に思わず亘が訊ねる。

 勝ち気な性格の亘だが、流石に目の前の場所では慎重になってしまう。

「じゃ行こうぜ」「ちょ、待てって」

 歩き出そうとする零二の肩を掴んで制すると、ぐい、と建物の影へ引っ張り込む。

「何で止めンだ?」とツンツン頭の不良少年は理解出来ない、といった顔で亘を見る。

「いや、止めるだろ。どう考えたって止めるだろ」

「だから何で?」

 全く意味が分からない、と言わんばかりの零二の表情にカッとなった亘は叫ぶ。

「どう見たってヤクザか何かだろ、あそこにいるの!!」

 物影から飛び出して指を指し示した先には、スーツを着た男が立っている。

 一見すればそれで充分に理解出来る凶悪そうな面構えをしており、周囲を威圧するように見回しているのが分かる。

 零二はそれを平然とした様子で認めた。

「ああ、ありゃヤッサンだな」

「だな、じゃねぇよ。何であんた平然としてるんだよ?」

「お前こそ何でビビってるワケ?」

「ビビってるとかじゃなくてだな、素人がヤクザとやり合うなんて有り得ないだろっっ」

「あ、そういうコトか。オレを素人だって思ってンのかよ」

 得心した、と手をポンと叩くと、零二は不意に物影から出て行く。そしてそのまま何の躊躇もなくずかずかとした足取りで店の前に立つヤクザらしき男の前へと進み出ていく。

「ちょ、ばかっっっ」

 亘が声をあげるも既に遅い。

「何だガキ?」

 凶悪そうな面構えの男が零二を見下す。身長差は二十以上はあるだろうか。体重差に至ってはそれ以上は優にあるだろう。

 普通なら相手にもならない、お話しにもなりはしないであろう差。

 だがこの場合、差があるのは事実なものの、どちらが有利であるかと云えば。

「おい、黙ってるんじゃない」

 男が前に乗り出して零二へと腕を伸ばす。大方胸ぐら辺りを掴んで、脅しあげる目論見なのだろう。

 しかしその目論見は崩れ去る。

 男の手は零二が突き出した肩で受け流され、足を払い飛ばして態勢を崩し、カウンターの張り手が男の頬を直撃。あっという間に倒してみせた。

「う、ごあっ」

「鬱陶しいぜ」

 ぐらりと崩れ落ちていく男へ、零二は吐き捨てるように言い放つと、そのまま立ち止まる事なく店の入り口へと進んでいく。

「お、おい」

 亘は思わず息を呑んだ。

 ドロップアウトの男達の怯え方を見た時から、目の前の不良少年が普通ではないとは分かっていた。だがまさかここまでとは。

 バン、と店のドアを豪快に蹴り開くと、その音で様子を見に来た男達に向かって蹴り足を戻しながら「お邪魔しまーす」とまるで悪びれる様子もなく言い放つ。

「てめぇ、何処の回し者だ」「ガキだからって許してもらえるなんて思うなよ」

 当然ながら怒り心頭の筋者達の脅し文句に対し、零二は全く動じる様子もなく、「そういうのいいからさ、とっととかかって来なよ」と手招き。

 筋者達は「上等だ。死んで詫びいれろや」「本職を舐めるもんやないぞ」と怒号の声をあげると小生意気なガキをしめるべく襲いかかる。

(やばっ)

 流石に危険だと判断し、亘が助太刀に入ろうとするも、それを見越した零二は手で制する。

 しかもあろうことか、相手が走って来ているにも関わらず、背中を向け、隙だらけといった有り様。舐めているとかそういった次元ではなく、死にたがっているとしか彼女には見えない。


 実の所、零二は向かってくる筋者達になど一切興味がなかった。

 これまで幾度かこういった組織とは揉めたのだが、彼らは常に自分達の方が格上で、ガキ相手に本気など出すものか、と小馬鹿にされたものだ。結果として彼らはそのガキ相手にコテンパンにのされてきた。


「いきがってんじゃねぇぞガ──ギィッッ」

 筋者の一人が脅し文句を言い終える前に零二の跳び膝が直撃。そのまま蹴り飛ばす。

「てめぇ、っっ」

 もう一人の筋者が腰からナイフを抜き取ると突き刺すべく繰り出すも、背中を向けたままの零二は冷静そのもの。蹴り飛ばした反動を用いて空中で身体を回すと、勢いを利用した裏拳で凶器を弾いてみせる。

 筋者は「ざける、」なと叫びながら着地する相手へ膝を見舞おうとする。しかしそれも零二には通じない。膝を胸部に受けるも微動だにしない。そのまま膝を掴むと持ち上げて放り出す。その上で涼しい顔のまま、肩から体当たりをぶつけて吹き飛ばす。


「あ、えぇっ」

 亘はあ然とする他なかった。ほんの数秒足らずでやくざ者を蹴散らした零二に、心底驚く。

「ったく、無駄な運動させるなっての」

 もっともズボンの埃をパンパンと叩いて身支度を整えるのは、あまりにも油断しすぎている様にも見えるが。

「おい、危ないっっ」

 亘の視界には側面から銃を向ける三人目の筋者の姿。

「こっの、くそガキャア」怒声を張り上げてリボルバー拳銃が火を噴く。

 耳をつんざくような轟音が室内に轟き、花瓶を撃ち砕いた。

「おんどれ、そこまでじゃ」

 零二が身動き一つしなかったのを、自身が優位に立ったのだと思い込んだか、三人目の筋者は笑ってみせる。

「冗談だろ……」

 いくら勝ち気な亘であっても、彼女はあくまで一般人。銃など目にする事など、ましてや発砲沙汰など遭遇する機会などある訳がない。

「冗談やないで。これが現実じゃ、お前ら蜂の巣にして海に沈めたるからのぉ」

 銃口を向け、ジリジリと距離を詰めていく。怒りと殺意を溢れさせながら。

「くっだらね」

 零二は一言で吐き捨てると、平然と近付いていく。

 彼らは零二が自分達とは違うとは知らない。だから。

「な、何やワレ」

 怯える様子のない相手に気圧されて、カタカタ、とその手にした銃口が震える。

「銃を使うなら、きっちり狙え。脅しじゃねェなら余計によ」

 ズカズカと三人目の筋者に詰め寄る。彼らには分からない。“死“がすぐそこにあるのに、どうしてこんなにも悠然としていられるのかが。

「あ、来るな、おい」

 気付けばジリジリと後ろへ下がって、壁を背にしていた。彼は本能的に感じたのだ。敵に回してはいけない相手なのでは、と。

 銃口は大きくブレだし、とても狙いなど付けられる精神状態でもない。

「くるなあああああああ」

 銃を投げつけ、この場から逃げようと試みるも既に手遅れ。

 零二は飛んできた銃を手で払いのけ、一目散に逃げようと試みる筋者のスーツの袖を掴む。ぐいっと引き寄せながら膝裏を蹴り付けて体勢を崩す。袖を掴んでいた手をシャツの襟首に変えて引き倒す。

「く、っがっっ」

「待てって、逃げるなよ」

 病院で目を覚ました筋者は後に語った。あのガキはまるで獣みたいだった、と。これまで出会った誰よりも凶悪で無邪気で、獰猛な笑顔だったと。


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