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顛末

 

 その翌日。WD九頭龍支部のある超高層ビル。

 そこは一見すると、民間警備会社のオフィス。

 仮にも九頭龍を中心に周辺地域に於ける最大手の警備会社という事もあってか、大理石をふんだんに用いたフロアを、大勢の人間が慌ただしく行き来している。電話も続々と鳴り響き、数十人はいるであろうコールセンターのオペレーターがその対応に追われる。

 この警備会社は主に企業や各種のイベント会場の警備を受け持って来たのだが、この数ヵ月で一般家庭相手の警備も受け持つ様になった。具体的に言うのなら団地、地区単位で警備員を雇い、近所の安全を守る。という名目で。

 これが図に当たった。そもそも、九頭龍は急成長の余波で、人口が急増。その結果として、各種犯罪数も飛躍的に増加傾向にあったのだ。警察も規模を増員してはいたのだが、とても対応出来るものではなく、そこの不足分を九条羽鳥は埋めるべく、この新事業を始めたのだ。

 その結果、売り上げは急増。九頭龍、という限定された活動範囲にも関わらず、一気に全国でも三位の民間警備会社にまで成長したのだ。

 今では、新規採用及びに中途採用の警備員が八千人にもなる。

 それ以前の人員も合わせれば優に一万人を越える大企業だ。

 だが、ここの本来の姿はWD、ワールドディストラクション。世界の破壊者の呼び名通りに各種の犯罪を行う組織の支部だ。

 ここには二つのフロアがある。

 一つは、急拡大する一般向けの警備を受け持つフロア。

 こちらに所属する人間の大半は、何も事情を知らない一般人だ。


 そんな中、フロアの奥にある社長室からは声が轟く。その口調と声の調子から相手はまだ若い事が伺える。

「ってー事は、あれか。今回の任務は踊らされたってコトかよ?」

 武藤零二は憮然とした表情でそう尋ねる。

 今の時間は午前九時。

 昨晩、縁起祀との対決から六時間が経過していた。

 あの工場での戦闘を終え、目の前にいる上司から突然任務終了を伝えられた零二は、中破したカスタムバイクを駆って倉庫に戻った。



 ◆◆◆



「零二ぃ、……頼むから毎度バイク壊すなって言ってるよな」

 倉庫で待っていた下村老人は、予期していた事態とは言え、中破した単車に思わず、はぁぁ、と盛大なため息を洩らす。

「下村の爺さンよぉ、仕方ねェだろう? 追撃してたら銃撃されたンだぜ。それに今回は無事にここまで持ち帰ったじゃねェかよ。寧ろ良くやった方だと思うぜ、オレはさぁ」

 にも関わらず、零二は何故か誇らしげだった。

 彼にとってこのバイクはいつも一回運転したら動かなくなり、現場に放置。それを調達屋であり、この倉庫の管理者でもある下村老人が回収する羽目になるのだから。

 そしてその都度、駆動系から何から一式修理し直す事になるのだ。そこから考えれば、今回はまさに小さな奇跡ですらあったのだ。少なくとも零二にとっては持ち帰れた事が奇跡。

 もっとも、毎回中破ないし大破したそのバイクを修理する強面の老人の側にしてみれば、どっちにしろ結局修理しなければいけない訳で、一度くらいは何事もなく戻して欲しいのだが。

「何でそこで偉そうに出来るんだお前さんは? ま、いいか。朝になったら【平和ピース使者メーカー】が来るようにだとさ。今夜はもう寝ちまえ、じゃあな零二」

 それだけ伝えると、下村老人はガラガラと倉庫のシャッターを閉じた。要はさっさと帰れ、という事らしい。


 仕方がないので、零二は素直に帰った。

 バーの裏口から鍵を使って入り、二階にある自分の寝床に入ると即座に眠ってしまった。

 そうして目を覚ましたのが七時。

 今一つ寝た気にならないのは、やはり数時間前の出来事で思っていた以上に疲労が残ってた為か。ともかく、まだ春休み中で特に宿題やら何もないので、歯を磨いて下に降りる。

 厨房にはこの小さな店の主からの手紙と作り置きしたらしき、朝食がラップをかけられている、

 どうやら店の主こと進藤は、市場にでも仕入れに行っているらしい。基本的には契約した生産者から食材は入手しているのだが、たまに彼は市場に足を運ぶ。

 何でもたまに新しい食材が取り扱われていたり、そうした食材を扱う新しい生産者との出会いを求めての事だそう。

 軽い朝食を済まし、もう一度顔を洗うとようやく目が冴えてきた。時間は八時。少しばかり早いとは思ったが、面倒な用件はさっさと片付けるに限る。そう思い、零二は彼にしては珍しく電車に乗り、移動。幸いにも、まだ春休みという事もあってか、乗客の入りは七割位で座る事も出来た。駅に着いてからはバスで超高層ビル群が続々と建造されている目的の地区にまで足を運んだのだ。


「全く何がこう、ムダにデカイもンをおっ建てるのかね」

 思わずため息を吐きながら、そう言葉を洩らす。

 何度見上げてもそう思う。この地区は通称”塔の地区”。周囲が元々は田園地帯で、高い建物など皆無だった所に突然四百メートル超の巨大建造物が無数に聳える様は圧巻だった。

 ここには現在、こうしたビルが二十は存在しているらしい。その上、今後はさらに高いビルを順次建てていく計画らしい。

 建造費用だけで優に幾つかの国が潰れる位の莫大な予算が注ぎ込まれた一大建設現場であり、将来的にはここを近未来のコロニーにしようという計画もあるそうで、詳しい事は覚えちゃいないが、とにかく国家プロジェクト絡みの実験都市をこうして作っている、とか何とか零二は誰かに聞いていた。

(こういうの見てっと、バベルの塔ってのが可愛く思えるよなぁ。見たコトなンざねェけどよ)

 そんな事を考えている内に目的地に到着。

 本来であれば未成年が入る事は不可能であるオフィスにも、彼は”特別従業員”として指紋やら網膜を登録されており、エレベーターでスキャン完了。誰にも止められる事もなく、こうしてフロアに足を運んだ。



 ◆◆◆



 そして現在。

 承服出来ないという不満を露骨に見せる零二に対し、九条は顔色一つ変えずに用意された紅茶を一口。少し間を置くと口を開く。

「今回の件はそもそも【誤報】だったのです」

 あっさりと情報の不備を認めた。

「おいおい、……いいのか認めちゃって」

「事実ですので。外の支部が先んじて故意に流された誤報により侵入し、踊らされたのが事の始まりですが。それからほぼ同時に九頭龍のWG及びにWD双方にリークがあったのです。くだんの生物兵器についての。外の支部は信憑性を持たせる為の囮でした」

「………」

 零二は無言で九条に話を続ける様に促す。

「そこで、情報の真偽と同時に現地で情勢が推移するかを見届ける為にクリムゾンゼロ、あなたを送りました。同様にファニーフェイスなるエージェントをWGは派遣。以降は周知の通りです」

 あくまでも淡々とした口調。九条羽鳥には感情が無いのでは? と零二は思わず思う。

 要は、上司はこの件を最初から疑ってた、そういう事なのだろう。だから、真偽の確認が取れたと同時にああして介入したのだ。

 WGも経緯はどうあれ、同様に真偽の確認が取れたのだろう。

「でもさ、それなら……あの件は一体なンだったンだ?」

 それは至極真っ当な疑問であった。

「それは──」

 九条羽鳥は淀みなく答えてみせた。



 ◆◆◆



 時間は四時間前に遡る。


 縁起祀はある人物に対面していた。

 その人物こそ彼女に依頼をした人物にしてEP製薬の社長である神門かんど賢明たてあき

 常に高級ブランドのスーツを纏っており、穏やかな笑顔を浮かべた男であり、また彼女にとっては”恩人”でもある。

 そもそも、今回の一件は彼の会社が偶然にして開発したインフルエンザワクチンの亜種の運搬を彼女に依頼だった。

 結果として、縁起祀は依頼を果たした。

 多くの、かけがえのない仲間、家族同然の命、という犠牲を払った上で。

 彼女の居場所はもう失われてしまった。

 鮮血に染まったその場所にもう皆はいない。


「祀さん、この度は何と言えばいいか……誠に残念です」

「…………」

 その言葉にも彼女は何も思わない。

 分かっている。言葉は届いている。だが、心は乾いたまま。

 頭では分かっていても、彼女には返すべき言葉が何も考え付かない。

「祀さん? 大丈夫ですか?」

「……すみません」

 そう消え入りそうな声で言うのが精一杯であった。

 縁起祀はそれだけ言葉を返すと、逃げ出す様にその場を立ち去った。その場に残されたのは神門賢明ただ一人。


「…………」

 沈黙が場を包んだ。

 いつまでも続くかと思えたその静寂を破ったのは、その場に姿を見せた人物。

 闇に紛れ、まるで影の様なシルエットに神門も気付く。

「おやおや、趣味が悪いなぁ──君は」

 その声色はさっきまでと明らかに違う。声の調子は同じ。だが、その言葉の端々は悪意で満ち満ちている。

「よく言う。自分で呼び寄せておいて」

 その人物の声は変声器でも使っているのか性別が判然としない。

 平坦で、抑揚のない声だ。神門は振り返る事もせずに話しかける。

「それで首尾はどうかな?」

「上々だと言える。しかし良かったのか? 偽情報でWGとWDを誘き寄せても。まだ連中と事を構える段階ではない筈だ」

 影の人物の指摘は事実であった。

 EP製薬はそれなりに力を持ってはいる。表向きはその影響力を行使してどうとでも取り繕える。だから、二つの組織も表立って何かを仕掛けては来ない。

 だが、それでもWGとWDをダシにした結果として、今後は双方から注視される事は必定だろう。

 影の人物の言葉の真意は、そこまでする価値があったのか? という問いかけであった。

 コツ、コツ、コツ。

 神門賢明は以前から足が悪い。その為に独特の足音が響く。


「勿論、いい【素材】だったろう? ──彼女は?」


 影の人物は何も答えずに姿を消す。

 そして今度こそ一人になった神門は笑う。


「そう、……これからだ。これからが楽しみだよ」


 悪意に満ちた声は、深い闇に染み込んでいくかのようだった。

 

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