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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 16
528/613

悪徳の街(The city of vices)その9

 


 時刻は間もなく日付の変わる二十三時四十分。

 九頭龍の繁華街は昼間と同様に大勢の人が行き来する。

 昼間はまだ十代二十代の若者達で活気に満ちていた大通りを闊歩するのは、三十代四十代以上の働き盛りの男達という違いはあるのだが。

 顔を赤らめ、足元がふらつくのは明らかに酒が回っているのだろう。

「うぃっく」としゃっくりのようなお決まりの声を出して、千鳥足で歩く中年男の両側にてはらはらした様子で様子を伺っているのは、恐らくは部下だろうか。

 他にも通りでは派手なスーツに身を包んだ客引きの男が、通りを歩く男達に「お兄さん、こっちの店はオススメだよ。今なら一時間半額中だよ。絶対損はさせないからどうです?」とつらつらと口上を述べていたり、赤を基調にした派手なドレスを大胆に着こなす美女とその手を取って歩く紳士の姿。キラキラとしたネオンや喧騒に包まれ、まさしく不夜城の様相を呈している。

 そんな夜の街には少々不釣り合いな、より正確にはまだ年齢が若い男女がビルを壁にしている。

 一人は赤みがかったショートヘアの勝気そうな顔をした少女、もう一人はツンツン頭の不良少年。つまりは亘と零二の二人である。

 二人は黙して目の前の光景を眺めていたが、不意に亘が話を切り出す。


「どこの街も繁華街って似た感じだよな」

「そうか?」

「ああ、アタイはガキの時分はあちこち転々としててさ、親の仕事がそういう仕事だったから、こういうの良く見てきた」

「ふぅん。そっか」

「何さ、気のない返事返すなよ」

「いや、オレってこの街と、あとは京都位しか知らないからさ。つってもあんましちゃんと見たワケでもねェな」

「何だよアタイが羨ましいのか?」

「何言ってやがる、誰もンなコト言っちゃいねェし」

「はいはい。そうしとくそうしとく」

「釈然としねェな」


 茶化すような亘の口調に、零二は唇を尖らせるも、実のところ羨ましいと思ったのは事実。

 彼自身、自覚はあった。外の世界に出て二年経ったが、自分が知っている世界というのはまだまだ狭くて小さいものに過ぎないのだと。

 京都には行ったが、それとて大半は限られた地域で観光が出来た位で、その地域から出る事を固く禁じられた。

 その際に防人の一人にこう言われた。


 “我々としてはあなたの存在そのものが恐ろしいのだ。だから、定めた地域からは出ないでいただきたい。

 気を悪くしたかもしれない。仮にもあなたは我々にとっても恩人。あなたがいなければ京都は呪詛と異形が闊歩する異界になっていただろう。

 だが、それでもあなたの力は恐ろしいのだ。我々の仲間の中でもあなたこそ真に恐れるべきモノではないか、という声もある。非礼を承知で頼む。我々を嘲笑ってもらっても構わない。どうか、皆を不安にさせないでくれ“


 自分が決定的に違うモノなのだと、零二はこの時自覚を深めた。

 もとより自分が怪物であるとは分かっていた。でなくては、あの白い箱庭という場所で生き残れなかった。何の感情の揺らぎもなく、ただ淡々と他者を灼いた。そこにいたのは紛れもなく人間であったのに、自分と変わらないはずの人間であったのに。

 ただただ灼いて、灼き尽くした。尊厳も何も跡形もなく、燃やし尽くした。

 外の世界に出て、様々な事を学び、理解したつもりだった。

 だが結果としては、理解したつもりでしかなかった。

 自分の焔が同じマイノリティの間ですら恐れられ、脅威と見なされる。

 誰が悪いのでもない。ただ自分にその焔が宿っていただけの事。

 不思議と怒りは感じなかった。ただ再認識しただけの事。

 自分は少数派たる者からすら恐ろしいと目されるのだと。


「とにかく、アタイにとっては」

 亘は話し続けている。全国各地を転々としてきたのだと。

 零二にとって彼女の話はあまりにもかけ離れていた。九頭龍という一種の籠から迂闊に出れない自分にとって、彼女の話はまるで異世界の事かのように遠い出来事に思えた。

「ちょっと聞いてるのかよ」

 そんな心ここにあらず、といった零二の様子を見かねて亘が声を荒げる。

「あ、ああ。悪い悪い」

「まぁいいけどさ。それよりも」と言いつつ、キョロキョロと首を回し、周囲を伺うその姿は零二から見ても怪しい。

「あのさ、とりあえず落ち着け。目立ってンぞ」

 思わず窘めてしまう自分に苦笑する。流石の亘も、道行く通行人が自分へ向ける視線に気付いたのか、「そ、そうだな」と返事を返した。

「でさ、一応聞くけども」

「何だ?」

「ええ、と零二だったよな。あんた大丈夫なのか?」

「何がだよ?」

「だってさ、あんたアタイとあんまし年変わらないだろ」

「ああ、多分な」

「いくつなんだよ?」

「それ必要あるか?」

「アタイは十八。あんたは?」

「…………多分十六」

「何だよ多分って、まぁいいや。あんたの方が年下って事だよな。ふふん」

「ったく、にやにやしやがってよ」

「あー、年下か。ふっふー」

「ちぇ、…………おっと」

「何だよ、ッッ」

「来たぞ。行くぜ」

 零二はそれだけ言うと、壁から離れて歩き出す。亘もそれにあわせて、少し距離を取って歩き出した。


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