悪徳の街(The city of vices)その8
「でさ、おれは言ってやった訳よ、」
「はは、バカだなぁ」
「サツが怖いとかぬかしたからさ、顔面にバット叩き込んでやったぜ」
「おれらに刃向かえるヤツなんていやしねぇっつうの」
わいわいがやがやとした喧噪。夜の居酒屋なら、至って普通の光景。もっともそこにいる客が普通ではない。彼らは全員がある共通点を持っている。
「で、銀行の金とったって話だが」
「今週中に例の店を襲うんだよ」
「他の連中の動きだけど」
その店中から漏れ聞こえる会話はどれもかれもが極めて不穏で物騒なもの。有り体に言えば犯罪以外の何物でもない。彼らはその全員が犯罪者。それもただの犯罪者ではなく、マイノリティ。
──おい、お前らしっかりと稼いでいるか。
その声がスピーカー越しに店中に響くと、それまで各々好き勝手に騒いでいたのが嘘のように静まり返る。
──よし、黙ったな。じゃ、今日は飛び入りで仕事が入ってる。やるかどうかはそれぞれ好きにするといい。
声の主がそう言うのと同時に、店内にいた全員のスマホにメールが届く。
──受け取ったな。やるなら、先に進め。やらないってんなら、すぐに出ていけ。もしチクったりしたらそいつは二度と街を歩けなくなるからな。
ドスの効いた脅し文句。だが店内の誰一人として立ち上がりはしない。何故ならば。
声の主に刃向かえば、自分達がどうなってしまうのかが容易に想像出来るからだ。
自分達は犯罪者、それもただのではなく、マイノリティであり、付け加えるならば全員がWDの一員。
言うなれば犯罪者の中でもピカ一の存在であり、それを自慢に思っていたわけだが。
──近頃、街の事を嗅ぎ回ってるよそ者がいたってのは知ってるよな。何せお前らも関わったはずだからな。
金も全員で山分けだったし、悪くなかったろ?
で、だ。どうもそのよそ者を探して別のよそ者が来たらしくてな、行方を嗅ぎ回ってるらしい。
依頼人としちゃ、落ち着いて仕事が出来なくて困ってるそうでな。こうしてまた依頼が入ったって訳だ。
相手は少しばかり生意気な女だ。ただし、どうも女は鬱陶しい奴に接触しちまったみたいだ。クリックしろ。
主の指示通りに画面をクリックすると、そこに出たのは一人の少女=亘の横顔。
──見たな、その女がよそ者だ。次に進め。
そして画面をスクロールされると、別の人物の顔が表示され、店中から、おお、という声が上がる。
そこにいたのは零二だった。
──お前らもよく知ってるクリムゾンゼロだ。偶然かどうかまでは分からないが、よそ者はあのクソッタレなガキに接触した。妨害される可能性がある、つまり敵は手強いって事だ。
声の主の語気が強まり、店にいる全員が息を呑む。
──今回の仕事は、いつものような単なる小遣い稼ぎじゃない。クリムゾンゼロというお前たちにとっても邪魔な野郎を倒して、名を上げるには絶好の機会って事だ。女とは別に報酬を俺が用意してやる。当分は遊べるだけの金額を用意している。やる気があるなら、前金だってくれてやる。どうだ?
店内にいた男達の大半がこれまでに零二によって何らかの妨害を受けた経験がある。かつてはあの九条羽鳥という自分達にとっての絶対者の庇護を受けており、容易には手出し出来なかった存在。それだけでも気に食わないというのに、今でも繁華街を中心に自分達の仕事の邪魔をしてくる生意気な相手。散々苦渋を飲まされた相手に借りを返せる。しかも金まで出るとあっては、彼らに依頼を断るなどという選択肢などない。
店にいた全員がYES、NOの選択でYESを選択する。
──よし、なら早速仕事に取りかかれ。
声の主の言葉を聞いて全員が一斉に動き出す。
その様子をカメラ越しに見ながら彼は笑う。
「ま、せいぜい頑張れよ」と自分が扇動した男達を小馬鹿にするような冷たい声と共に。