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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 16
526/613

悪徳の街(The city of vices)その7

 

「さて、人心地ついたトコで、だ」

「何なの、この部屋?」

 時刻は十九時。場所は進藤の店の二階にある部屋。

 部屋には小さなテーブルに簡素なベッドと、液晶テレビ、エアコンに、週刊誌などの雑誌類が積まれている。

 ドアはなく、階段からすぐそこにあるそこは元々は進藤が店の備品などを置いていた物置部屋。そこを一年前に零二の身を引き受けたのをきっかけとして、ベッドしかなかったここに徐々に生活物資を運び込んで、現在の形になったのだが。

「あのさ、殺風景にも程があるんだけど」

 とは言え、亘にして見れば、質素とかシンプルイズベストだとかそういった感想ではなく、何もない部屋でしかない。

「そもそも男の子の部屋に、女を入れるって神経がさ……」

「ハイハイ。この部屋が何もないのはその通り。だけどな、オレからも一言いいか?」

「何だよ、言いたい事があるならはっきりしな」

「オレはアンタを女の子だとぁ認めねェッッ」

「あん? もっかい言ってみろ」

 亘はぎろりと目を鋭く細める。

「アタイはどうして女じゃねぇつうんだ、返答次第じゃぶっ飛ばすからな」

 そう凄み、啖呵を切る様は迫力たっぷり。この場を何も知らない一般人が目にすれば、不良少年と不良少女が揉めているようにしか見えないに違いない。

 十中八九、素早くこの場から逃げ出そうと試みる事だろう。

「そういうトコだよ。何だよ胡座なンざ組みやがって、オッサンかよお前」

「はぁ? 楽なんだからいいだろ。ならお前は何だよ、正座なんかしやがってよ。お坊ちゃま君かよビビってんのかよ」

 そう指を指して指摘する亘の目には背筋をピシッと伸ばし、行儀よく正座するツンツン頭の不良少年の姿。

「あんたはあれか、ワルぶってるだけで育ちのいいお金持ちか何かなんかか」

 亘は茶化すつもりでわざとらしく、冷笑してみせたのだが。

「え、ああ。まぁ、金持ちかどうかって聞かれたら金持ちなンじゃねェかなぁ」

 彼女が期待していたのは、売り言葉に買い言葉といった具合の言い合いだったのだが、返ってきたのは、きまりが悪そうな何とも言えないぎこちない笑顔を浮かべる零二。

「え?」

 何とも言えない空気に包まれた所で、二人はこれ以上の不毛な言い合いを終わらせる事にしたのだった。


「え、えーと。気を取り直して、話をしてくれ」

 コホン、と咳払いを一つ入れた。

「わかった」

 亘もまた、これ以上話が脱線するのは嫌なのか、話を始める。

「アタイの兄貴は地元じゃそこそこ有名な探偵なんだ」

「へェ」

「まぁ、頭は悪いんだけど、腕はいいんだ。本当だぞ、警察にだって頼られたりするんだからな」

「成程ね」

「兄貴が今やってるのは、ある金持ちのボンボンを連れ戻すって仕事なんだけど」

「トラブルに巻き込まれたってコトか?」

 零二の問いかけに亘は頷いて返答する。

「だけどよ、探偵ってヤツをやってるなら、トラブルなンざしょっちゅうなンじゃねェのか? よく分からないけどよ」

「そりゃ良くも悪くもそうさ。トラブルが起きたから、起きそうだからそれを調べたりするのが探偵の仕事。兄貴の場合、大抵は荒事絡みだったし」

「じゃあ、いつものコトなンじゃねェのか?」

「違う! 兄貴はどんな事になったって、絶対にアタイに連絡をしてきた。忙しくたって、何だっていつだってだ。そいつがもう、四日もない。ないんだよ」

「…………」

 亘の勢いが急に止まった。彼女自身、話をしている内に心配になったのだろう。テーブルに載せた手がカタカタと震えている。

(ったく、……良く見なくたって、本当に心配してンのが丸わかりじゃねェかよ)

 零二が見る限り、目の前の少女が嘘をついているとは思えなかった。

「まぁ大きな声じゃ言えないけど、オレもそういったトラブルを解決してる。だからよ、一つ確認するぜ?」

「何だよ」

「善意のボランティア活動じゃねェぞ。やるからにゃ、金だって払ってもらう」

「ああ、どの道誰かに手伝ってもらうつもりだったんだ。問題ないよ」

「あくまでも兄貴ってのを探すまでがオレの仕事だ。意味は分かるよな?」

「分かるさ。探してくれればそれでいい」

 零二からの条件提示を、亘は何の躊躇もなく了承していく。それだけ零二を信用しているようにも見えるが、そこまでの信頼関係など築いた覚えなど互いにないのも知っている。

(つまりは、それだけ追い詰められてるってコトだよな)

 親指で顎を擦りつつ、零二は推測する。そしてそんなツンツン頭の不良少年を勝気な少女の視線が真っ直ぐに見据える。

「よし。その依頼受けるぜ」

 そもそもここに連れて来た時点で答えなど決まっていた。即答しなかったのは、直感や思い付きだけで物事を決める事を避けたかったから。以前のような単なる一構成員ではなく、小さくとも自分のチームを、仲間をまとめる立場にあるのだから。こういった事に思い至るだけ、成長していたというだけの事。

 一方で、ボランティア活動じゃない、金を払ってもらうという言葉は彼女にとっても、相手に対する信用を深める根拠となった。

 彼女自身が自分の兄が依頼を受ける際にどういったやり取りをしているのか、何度も見たのだ。

 金について言及するのは、決してがめつさからではない。

 自身はあくまでもプロとして仕事をするのだという決意表明であり、依頼者の覚悟を推し量る為でもある。目の前にいるツンツン頭の不良少年が果たしてどの程度有能かは、正直彼女には分からない。

 だが、少なくとも彼が依頼をこなすつもりなのは分かった。それだけで充分。

「ああ、頼むよ」

 だから、彼女は相手へと手を差し出す。

「任せとけ」

 零二はいつものように不敵な笑みを浮かべ、その手を取るのだった。



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