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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 16
524/613

悪徳の街(The city of vices)その5

 

(何なのコイツ?)

 それがこの状況で今、亘の偽らざる本心だった。

 薄暗い室内に入った時は問題なかった。その中で待ち受けられているのも予想通りだった。相手がさっき襲いかかって来たので返り討ちにした男の仲間なのと、その仕返しにこうなったのは考えれば当然だろうとは思った。

 不良、チンピラの類というのは基本的に面子というものを重視する。

 自分達の縄張りで問題があれば最終的には自分達の責任となる。

 それを無視すればどうなるか、よそに縄張りを奪われるか、或いはトップが交代する事になる。

 田舎だろうと都会だろうと、どこの場所でもそうだ。

 普通の社会には適応出来ないから外れたはずなのに、結局自分達のルールに縛られているのは笑える。

(途中までは問題なかったのに──)

 ドロップアウトとかいう、九頭龍にたむろする集団の事は知っていた。

 そもそも彼女は、ドロップアウトに接触を図るべく動いていたのだから。

 経緯はどうあれ、こいつらを屈伏させてからどうするかまで考えていたのに。

(全部台無しだ)

 目の前にいるのは、ウニ、或いはハリネズミ、たわしでも何でもいいが、ツンツン頭の少年。どういう訳かこの男が割って入ってから、おかしな事になっている。

「くっそ、お前ッッ」

 罵声を浴びせてやりたかったが、そんな余裕など全くない。こちらの攻撃の悉くを相手が捌ききっている。間違いなくあの乱入者は自分よりも強い。だからといって今更引くつもりなどない。

「負けるかあっっ」と気合いを込めた声を発して肩からぶつからんと突き出すのだが。

「う、えっ?」気付かば何故か天井を見上げていて。

「ぐっ」次の瞬間には背中から地面へと落ちている。

「……なに?」

 何が起きたか訳が分からずに混乱する彼女の目の前に「ほらよ」と手が差し出され、亘はその手を取っていた。



 ◆



 自分からは殴ったり蹴ったりはせず、相手を制圧する。

 手段は簡単で、向かってくる相手の気勢をいなしてしまえばいい。

 この場合幸いな事に、相手の少女が冷静さを欠いていたのは都合が良かった。

 もしも相手が至って冷静ならば、事態の収拾に一層手間取ったに違いない。もっとも、冷静だというなら互いの力量差を察して無駄な争いを収めて然るべきなのだが。

 何にせよ零二は零二そのものだった。


(見るべき場所は足運びだったか)

 それまで散々っぱら秀じいから教えられた数々の事。勉強、生き方、考え方、戦い方。それら諸々の中でまず最初に言われた事が相手の足運びを見ろ、というもの。

 相手の動き出しの初動を見切る事が出来れば、その後のあらゆる事態に対しても反応出来る。そんな事を何度も何度も言われ続けた。

 実際、それを実行出来た事など数える程しかない。一般人相手にそこまで意識など必要はないし、強い相手との対決に際しては、足運びを見極める前に決着してしまう事ばかり。

 秀じいのような武侠とまで呼ばれる腕前ならまだしも、零二にはそこまでの技量などあるはずもない。あくまでも観念であり、頭の片隅に入れておく程度の事だと思ってきた。

(あ、分かる)

 それが今、零二には出来ていた。感覚的なものであり理論的な理解ではない。されど分かってしまった。

 相手の動き出す際の足運び。踏み込むのか、摺り足なのか、それとも、そういった最初の出だしによって何が来るのかが分かる。

 だから。零二は自分が何をすべきなのかが分かった。理屈ではなく、身体が自然と反応していく。

 相手が大きく踏み込むのが分かった。だから膝を屈して身を低くした。そのまま踏み込んだ足の付け根を、脛に自身の肩をかけて崩す。勢い余って倒れ込む少女のジャケットの袖と襟に手を伸ばすとそのまま投げる。

「あ、」と投げた本人が驚く程に綺麗に投げが決まった。ここで害意があるならば手を外してしまうのもありだろう。または地面に叩き付けられた直後、肺から息が抜けた瞬間を狙って追撃をするのもありだ。

 だがこの場合、害意を持たない零二が選んだ選択は、地面に落ちる瞬間に手を引く事だった。それによって亘が背中に受けるはずだった衝撃は大きく軽減され、結果として彼女は何が起きたのか一瞬分からなくなり、困惑の表情を浮かべる事となる。

 その上で、零二は手を差し出す。敵意などないのを示すように真っ直ぐに。

「…………」

 相手の少女も、その手を取りゆっくり起き上がると、ぷいと顔を背ける。

「あ、あんがと」

「おお、いいって」

 そもそも今まで戦った相手同士。別に何の遠慮もないのだが。言葉にこそしないものの、互いに妙な親近感を抱いていた。


「ええ、と、アタイは新来亘。アンタは?」

「武藤零二だ。一応ここいらじゃちっとは有名人ってヤツだ。そうだよな?」

 と、周囲で黙りこくっている集団を一喝。

「ヒィッ」「うわっっ」

 亘へと向けたのとは一転、獰猛な笑みと言葉を受け、その場で腰を抜かす者まで出る始末。

 亘もまた、自分と相対していた相手の豹変っぷりに口が半開きになっている。

 そんな事など気にもせず、という具合に零二はつかつかと腰を抜かしたドロップアウトの前まで歩み寄り、腰を落とすと開口一番に「お前らが何でここにいるかは知らねェが、……言わなくても分かるよな?」という恫喝を入れる。


「か、勘弁してくれっっっっ」

 その言葉がトドメとなった。そもそも彼らが揉めていた相手はあくまでも亘という生意気そうな赤みがかったショートカットの女だ。

 あの女がこっちの仲間に手を出したのが悪い。大人しく金を差し出すなり何なりと従えば良かったのだ。

 それは彼らのみに都合のいい言い分ではあったが、今やそれどころではない。

 ボスは気絶しまままの上にあろうことか武藤零二がそこにいる。

 九頭龍のワルを自称する者なら絶対に知っておかねばならない相手。手を出したりすればそのチームは間違いなく壊滅させられる。同じ人間とは思うな、とまで言われているような相手がここにいて、自分達を睨んでいるのだ。誰とて自分達の身が大事なのは同じ。

「さっさと出てけ。オレの気が変わる前によ」

 その言葉を耳にした瞬間、彼らは我先にと逃げ出していく。恥も外聞も関係ないその醜態を目の当たりとし、亘は目の前にいる零二を興味津々に見回し始める。

「……何だよ?」

「アンタさ。強いな」

「まぁ、その辺のバカ共にゃ負けない程度にはな」

「ふーん」

 それっきり彼女は言葉を発する事なく、その場で何やら考え始める。

 零二はいきなり黙り込む相手を、訝しんで問いかける。

「おい、何だよ?」

「…………」

「ったく、何だっての」

「…………なぁ、」

「ン?」

「アンタこの辺りに詳しいのか?」

「ああ、それなりにはね」

「なら、アタイを助けてくれないか」

「どういう意味だ?」

「一緒に兄貴を探してくれないか」

「…………」

 亘の言葉を聞いて、零二が真っ先に思ったのは面倒くさい、だった。

 そもそもここに来たのはたまたま。いつもであれば無視していた事だろう。

 自分に降りかかる火の粉なら払うし、目の前で誰かが言われなき暴力を負わされればそれもまぁ、遮るだろう。

 だが、全くの赤の他人の人探しとなると、それはもう単なる気紛れじゃ済まない。

 目の前にいる少女、新来亘という相手に関わってしまう事になる。

 以前の零二であれば、恐らくは理由をつけるなりして断ったに違いない。

 だが先日以来、零二は自分が変わったような気がしてならない。何故ならば。


「ああ、構わねェよ」


 何故か、今の彼はそういった面倒にも前のめりになっていたのだから。

 そしてその事を彼自身、悪い気がしていなかったのだから。


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