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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 16
521/613

悪徳の街(The city of vices)その2


 厳しい残暑の続いた九月は終わりを告げ、十月になった。

 季節も夏から秋へと移り変わりつつあるのか、周囲を見回せば、街路樹の木の葉の色も徐々に緑から黄色や赤へと変わっていく。

 ほんの数週間前までなら街行く人々は半袖ばかりだったのに、今は長袖のシャツへ。

 繁華街の通りに並ぶ屋台にも、季節の移り変わりを反映してか、かき氷やアイスから焼き芋を売る店に変わっている。

 大勢の人が行き交い、わいわいがやがやとした賑やかな喧騒を眺める目が一つ。


「ハァ、何でこンなコトに……」

 溜め息混じりに、人々を眺めるのは武藤零二。

 彼は今、いつも世話になっているバーのマスターの代わりに彼の屋台に立っていた。

「しょうがないじゃん。マスターが急な呼び出しでいないんだぜ」

「お前はいいよなぁ。食ってるだけでいいンだものなぁ」

 そして零二の目の前で焼きそばを食べているのは、妹分である神宮寺(じんぐうじ)巫女(みこ)

「何言ってんのさ。おれ、……私がこうして食べているからお客さんだって来るんじゃんか。

 あ、来たよ。さぁ、接客接客、笑顔だぞ」

「うっせ、──はい、いらっしゃい。注文は?」

「……焼きそば一人前」

「おま、何でここに?」

 注文してきたのは、WDにおける零二の相棒であり、ファランクスの仲間でもある桜音次(おとつぎ)歌音(かのん)

「巫女に呼ばれたからだけど」

「ああ、そっすか」

 巫女と歌音の二人は同じ女子校に通ってた事を今更ながらに思い出し、小さく溜め息。

(そういや、こいつらダチだって言ってたよなぁ)

 巫女が自慢気に言っていたが、どうやら本当だったらしい。

「あいよ、焼きそば一人前」

「ありがと」

 素っ気ない返事を返すと、歌音は巫女の座っているテーブルへ。そのまま横に座ると黙々と焼きそばを食べ始める。

「ね、どう?」

「どうって?」

「焼きそばだよ。意外といけるでしょ」

「うん、まぁまぁかな」

「レイジ、今いちみたいだぞ」

「はいはい。申し訳ありませんね」

「……別にまずい訳じゃないけど」

 しまった、と思い、歌音は小さく呟くも、巫女の声にかき消される。

「歌音ちゃんは宿題もうやった?」

「やった。巫女はまだなの?」

「ええ、っと、うん」

 じと、と横目で友人に視線を向ければ、ピンク色のパーカーの少女は気まずそうな笑みを浮かべる。そう、彼女はお世辞にも勉強が得意ではなかった。大方、進捗状況が良くなく、かと言え同居人に相談するのも気が引けるからこうして呼んだに違いない、そう歌音は結論付ける。

「じゃあ、後でやろう」

「本当、ありがと」

「いいよ。焼きそば奢ってもらったわけだし」

「お安いもんです。あ、マンゴージュースも付けるから、ちょっと待っててね」

 宿題に目処が付いた巫女は足取りも軽く、喜び勇んで別の屋台へと走り出す。その背中を眺めつつ、「はぁ、」と歌音は小さく息を吐く。そんな姿に零二が声をかける。

「何だ何だ、随分と元気ねェな」

「あなたには関係ない」

「ハイハイ、そりゃそうだ」

「何で横に座る訳?」

「別にいいだろ」

「屋台はどうするの?」

「問題ねェさ、誰か来たらすぐ戻るし、それに火とかなら問題ねェワケだし」

 歌音は何か言い返そうと思うも、確かにお昼にはもう遅い時間というのも相まってか、周囲を見れば確かに屋台に並ぶ人の数も大分落ち着いている。それに本当なら鉄板などの様子、火気に注意しなければならないはずなのだが、零二は調理に火は使っていない。イレギュラーにより、自分の熱を鉄板に直接伝える事で成しているので危険も少ない。


「オレさえいればIHとかいらないワケ。便利だろ?」

「……」

 ハッハ、と笑う顔を見ると知らず知らずの内に歌音の表情まで綻ぶ。あれだけ、自分を律するように実の親に躾られ、道具として扱われ、かすれてしまったと思っていたはずの感情(モノ)がまだ残っていたのだと、最近感じる事が多くなったのを実感する日々。

(こんな野蛮でカッコ悪い奴なのに、何でだろう)

 自分でも分からない。お世辞にも善人とは程遠い、さりとて悪人とも言い切れない、せいぜいが小悪人のような青年が気になってしまう。

(でも、分かる事が一つだけ)

 その感情は、恋ではない。それだけは分かる。零二に対するソレは例えるなら、家族に対するソレに近いのだろう。

(そう考えると何だか馬鹿馬鹿しいな。だって、……私は、私にはもう)

 家族などいないのだ。父をこの手で殺し、家族、より正確には一族郎党から絶縁された。その上で仮とは言え星城の家族とも記憶を操作してもらった結果、関係は断たれた。

 これでもう二度と家族などは持てない。そう思ったのに。

「ハッハ、」

 こんなにも野蛮で下品な男に対してまたそんな感情を抱いてしまった。


「あ、レイジ何してんだよ。戻れよな」

 巫女が左右それぞれにマンゴージュースを持って戻ってくる。

「ン、何持ってきたのさ?」

 零二は妹分の手にしたカップの中身に興味津々なのか、席を立つと覗き込むや否や一体何処から取り出したのかストローを差し込んでジュースを一啜り。

「な、何すんだよバカッ」

「いやー美味い美味い。あ、お客様じゃねェか、オレ戻るわ」

「おい、逃げんな」

 巫女の抗議も虚しく、零二はタタッ、と駆け出すと屋台へ。そのまま並んでいる客の接客を始めた。


(数分後)


 歌音の目に映るのは三時前となった為が小腹を満たそうとしているのか、アメリカンドッグを求めて屋台に並ぶ大勢の客を前に、一人できりきり舞いする零二の姿。

「ああ、変わったなあいつ」

 そんな零二の姿を見て、歌音の口から本音が漏れる。

 以前の、一年前に出会った頃からはおよそ信じられない光景だと思った。

「ムゥゥゥー」

 一方で巫女へと視線を変えれば、さっきのマンゴージュースの件が尾を引いてるのか、顔をテーブルに置いて、ぷくりと頬を膨らませてふてくされている。

「まぁまぁそんなに怒らない」

「プー」

 思えば歌音と巫女が仲良くなったのも、零二がきっかけだった。

 春先の任務がきっかけでいつの間にか同居生活となり、そして気付けばこうなっていた。

 身分を偽装していた頃も友人はいた。だが星城凛と名乗っていたあの頃、周囲には常に自分を偽っていた。義理とは言え家族として迎えてくれた両親にも感謝はしていたが、記憶処置を施した以上、それも断ち切れた。

 表向きは外国へ留学という形で姿を消した彼女には、今や誰もいなくなったはずだった。

「なのに、ね」

 気付けばそこには新たな友達がいた。それも自分と同じく“音“に関わるイレギュラーを持った少女。今まで自分しか分からなかった感覚も彼女なら、理解してくれる。

 おまけに、相棒もいる。自分よりも年上のはずなのに、何処か抜けていて、乱暴で短絡的で、そのくせ妙に自分を気遣ってくれる少年が。

(私、結構幸せ者なのかもな)

 勿論、そんな事を口には出さない。

(巫女はともかく、あの馬鹿は絶対調子に乗るから)

 だから、言葉に出さない代わりに、自分でも知らぬ間にくすりと笑みをこぼす。

 その笑顔はまさしく、秋晴れのように清々しく澄んでいた。


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