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任務終了

 

 パチパチ、という何かが弾ける音。その何処か甲高い音の出所は、今までそこにいた巨漢の成れの果ての姿から。

 文字通りに灰になり、彼女が憎むべき敵は消え去った。

 仲間達の仇はもういない。

(…………終わったんだね)

 縁起祀はその場に膝を付く。

 もう限界だった。そしてもうどうでも良かった。この後の事などは、彼女にはもうどうでもいい事だった。


「さってと、……もういいだろ?」

 口火を切ったのは零二からだった。

 ゴキゴキ、と首を回し、肩を回す。そうして向かい合う。

「そうね、そういう話だったものね」

 美影も涼しげな微笑を浮かべ、同様に相手へと向き直る。

 二人にとってはここからが本番であった。

 二人共に狙いは縁起祀の保持しているアンプル。

 その対マイノリティ用の生物兵器のサンプル。


 もっとも、零二の場合は具体的にはアンプルの奪取を命じられてはいない。ただ、今夜起きた一連の騒動の中心にそれがあるからに過ぎない。そういう意味では、美影に比すれば必ずしもアンプルについて執着等はしていない。

 むしろ今の興味は、さっき付かなかった決着をこの場でキッチリとする事だ。武藤零二という少年にとって、強い相手と戦う事は、自分という存在を再認識出来る時間なのだから。


 一方で、美影はというと、零二との対峙は出来れば回避したかった。エージェントとしての彼女はあくまで任務最優先。戦闘は必要最低限。出来うる事ならせずに済ませたい、というのが偽りのない本音であった。

 だが、そんな事を言った所で目の前にいる少年は納得しないだろう。クリムゾンゼロという彼のコードネームはWGでは戦闘狂バトルフリークの危険なマイノリティとしてデータ登録されている。

 実際、こうして対峙してみると、データとは少し違う事は分かった。少なくとも戦闘行為を好んでいるのは間違いないが、さっきの巨漢の様な決してイレギュラーに溺れたフリークではない。

 最低限の、自分なりのではあるが、守るべき倫理観は持ち合わせており、話し合いにも応じる。

 だが、事ここに及んでは違う。

 今、零二の興味は完全に怒羅美影というWGエージェントに向いている。自分と彼女のどちらがより強いのかに彼は注視。結論を求めている。


「面倒ね、さっさと片付けましょ。……その方が都合もいいでしょ?」

 美影はそう声をかけると髪をかき上げる。月明かりに照らされ、ふわりと黒髪がなびく。

「だな、オレも正直言ってその方がいいぜ」

 零二は頷き、同意する。

 息を吐き……腰を落として、身構える。


 二人は互いを見据え、仕掛けるタイミングを探る。

 互いに理解している。この対決は恐らくは一手で決まる、と。


 少なくとも零二には戦う為の熱量が絶対的に不足していた。

 せいぜいが残りは十秒程度。

 さっきの縁起祀との対決で用いた様な限界ギリギリの出力なら、一秒ないし二秒といった所だろうか。

 相手がさっきみたいなアホの巨漢ならいざ知らず、目の前にいる怒羅美影に中途半端な攻撃は無意味だ。

(ンじゃ、一発だな)

 取るべき選択肢は限界ギリギリでの右拳の一撃。

 そう決意し、姿勢を前屈みにした。いつでも飛び出せる様に。


 美影は冷静だった。彼女は目の前の相手が燃料切れ寸前であると正確に見抜いていた。普通に考えれば自分が負ける要素は見当たらない。あくまで普通に考えれば、だが。

 そう、自身の優位は理解していた。しかし、それでも勝利のイメージが浮かんでこない。

 相手が燃料切れになるまで適当に受け流すのが一番リスクが少ない選択肢であるのは重々承知している。

(でもそんな簡単に勝てる相手じゃないわよね)

 恐らく相手は一撃に懸けてくる。中途半端なあしらいは却って隙を作る事になりかねない。

 だからこそ、彼女もまた小手先抜きで全力でいく事にする。


(どっちが勝つのだろうか?)

 縁起祀は勝敗が読めずにいた。二人共に自分よりも強い。

 美影には何処までも冷静にあらゆる事態に対応する柔軟さが備わっており、一方の零二には何者にも屈しない精神力がある。

 どちらも甲乙付けがたい。

 だが一つだけ確信出来る事がある。

 それはこの対決が、恐らくすぐに決着が着くであろう、という事。

 互いを見合う目に宿る光には強い意思を宿っており、まさに一瞬即発。

 零二は右拳を白く輝かせる。……いつでも殴りかかれる様に。

 美影はその右手に炎を発現させる。……いつでも炎の槍を投擲出来る様に。

 じりじりとした空気が漂う。

 互いを見据え、一歩も引く気配はない。

 そうして何秒、或いは何分経過したのであろうか?

 俄に空気が一変。二人が互いに向かい動こうとしたまさにその時であった。


 その激突は唐突に打ち切られた。

 ピピピピピ。

 それは何の捻りもない、初期設定のままの着信音。

 その音がほぼ同時に二つ鳴り響く。


 互いに気を削がれたのか、何とも言えず複雑な表情のまま、その呼び出しに応じる。

 縁起祀はここで疲れがピークに達したのか、意識を失った。

 だから、二人が何故何かを呟き、或いは不平を延べながら立ち去っていくのかが分からない。

 ただ、彼女がその目を閉じる前に思った事は一つだけ。

(わたし――弱いんだな)

 という、自身の無力さだった。



 ◆◆◆



「はぁ? 今なンて言ったよ、姐御?」

 零二は思わず声を荒げた。電話越しの相手の声が、彼女が何を言っているかが一瞬理解出来なかった。

 ──聞こえませんでしたか? クリムゾンゼロ。今、この時をもって従事している任務は終了です。

 それはWD九頭龍支部長である九条羽鳥からの通告であった。


 ──いい、その任務はもう終わりです。至急撤退して、美影。

「え? 何で。もう少しよ、……あと少しで任務は完了する……」

 美影は食い下がろうと試みる。相手はWG九頭龍支部の副支部長とも言われてる、家門恵美。怒羅美影ことファニーフェイスというエージェントにとってこの支部での直接の上司。


 二人のエージェントは隠す事なく相手に不満を吐露する。

「ワケ分かンねェよ! ……だってもうすぐにでも決着付けられたンだぜ」

「ほんの少しでいいの、五秒、そう三秒でいいの。それで片は付くのよ」

 互いに上司からの任務終了という言葉に露骨に反発していた。

 二人の視線は油断なく、……互いへと向けられたままだ。


 ──今、そこでの交戦を中断して下さい。これ以上の戦闘行為は無意味です。

 九条羽鳥はいつも通りに淡々と言葉を紡ぐ。


 ──いい、貴女が戦っているクリムゾンゼロは強敵よ。しかも、彼は九頭龍に於けるWDの代表である九条羽鳥直属のエージェント。これ以上の戦闘は単にあなた達の面子とかじゃ済まない事態を招くの。だからそれ以上は禁じます。

 家門恵美は言葉や口調こそ平時と同じであったが、事の重大性を明確に伝えた。”全面戦争”を引き起こす可能性があるから退け、と言ったのだ。


「ちっ、しょうがねェな」

「分かったわよ」

 電話を切り、深く深呼吸を一つ入れる。

 二人はそれぞれに不満は抱いていたが、とりあえずは上司の言葉に従う事にした。零二は拳を下ろし、美影は炎を消す。


「へェ、意外だな」

「……何がよ? イチイチ突っかかって来るつもり?」

「いや、今日のトコはここで退け、ってお達しなンでな」

「奇遇ね、同じ様な指示がこちらにも来たわ」

「ンで、どうするよ? ……なンだったらケリ付けてもいいぜ」

 間が空いた。

 それが美影の回答である事は零二にも理解出来た。


「へっ、しゃーねェ。ンじゃまた機会があれば、だな」

 零二はそう言い残すとその場を後にした。

「……」

 美影は少しの時間、気を失っている縁起祀と、この場所の惨状を見て、立ち去った。

 二人はこうして任務終了した。

 互いに疑念を抱きつつ。


 そして縁起祀だけが、ただ一人その場に残された。


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