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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 15
518/613

もう一人の自分(The other me)その30

 

 僕という存在はずっと生きる意味というモノを考える事なく、ただ月日を重ねていたんだと思う。

 毎日をただ生きているだけ。生きている、という事自体よく考える事もなく、ただ漠然と本で読んだ知識だけで全部を知ったつもりになっていたのだと思う。

 僕の生まれ育った場所には、知識を授ける大人はいたけど、彼らは僕にそれ以外の事は決して教えなかった。


 “さぁ、今日は昨日よりも効率良く相手を殺すんだ“

 “まだだ。この程度じゃないはずだ“

 “素晴らしい。これでわたしの理論は証明された。これからはもっともっと──“


 僕の周りにいた白衣を着た大人達が口にするのはそんな事だけ。

 僕はそれしか知らなかったから、それが正しいのだと、普通なのだと思った。



 でも、違ったんだ。

 僕は出会ってしまったんだ。

 赤い焔を全身から発する、もう一人の兄弟(ぼく)に。

 僕と同じように育てられたのに、いつも笑い、叫び、暴れるもうひとりの僕。

 彼を見て、僕の中で何かがピシリと軋んだ。

 この時だろう。僕は感情というモノを知ったのは。

 僕は彼に憧れた。

 何で彼はあんなにも眩しいんだろう。

 ()()()()()()()()()()()。どうしてこんなにも違うのだろうか。



 僕は出会ってしまった。

 彼女は炎を使って僕に向かってくる。

 僕に炎は通じない。そんな事は白衣を着た大人達は皆知っているはずだ。

 きっと彼女は何も知らないんだろう。これはつまり彼女は僕に対する生贄なのだろう。

 最近の僕がもう一人の僕を知ってから、どうも妙だと判断したからこその生贄。

 変わっていない、自分達の言う事には逆らわず、淡々と実行する実験動物なのだと証明する為の生贄。

 嫌だった。

 僕は感情というモノを知ってしまった。

 それまでは本の知識だけで、実感のなかったモノを知ってしまった。

 あれほど何も感じなかった、何も思わなかったのが嘘のように、僕の中で何かが乱れ、崩れて、揺さぶられるようだ。

 彼女の顔を見た。驚愕していた。

 僕に自分のイレギュラーが全く通じない。こうなってしまうと殆どの場合、何度か同じ事を繰り返した挙げ句、諦めてしまうのか何の抵抗も見せずに、……死んでいく。


 だけど、彼女は違った。

 驚き、恐怖し、絶望だってしているだろうに、その目は僕を真っ直ぐに見据えている。

 実力では勝てない事は分かっているのに、彼女はそれでも下を見ずに僕を見てる。


 何故だろうか。僕はそこから何も出来なかった。

 気付けば彼女に手をかける事もなく、見逃していた。

 あの時はよく分からなかったけど、今なら分かる。僕は彼女に心を奪われてしまったのだ。

 絶対的な、絶望的な状況に於いても、決して心折れずに相手をじっと見据えるその姿、いいや、その生き方を前にして、僕は心を惹かれてしまったのだ。

 いいや、それも違うか。

 多分僕は負けたんだ。自分よりもずっとずっと生きる事に真摯な彼女の姿に。


 それから僕の中で変化が起きた。

 気が付けば彼女の事を考えるようになった。

 寝る前、食事を摂取している際、シャワーを使っている時、本を読んでいる時等々……。

 毎日毎日、彼女の事が、顔が、あの目が浮かぶ。

 来る日も来る日も僕の頭の中には彼女の姿が浮かび続ける。

 この心のざわめきが何だったのかを、結局僕は最期まで理解する事は叶わなかった。

 何故って僕は、この世界から消えてしまったのだから。

 これが誰かへ対する、異性に対する好意なのだと知ったのは、死後の事。一度は消えてしまった僕が、武藤零二の中から世界を観ていてようやく理解したのだから。


 だからこそ、だ。

 僕は、どうしても彼女に会いたかった。

 死んでしまって、欠片だけの、いつ消えてなくなってもおかしくない虚ろで朧気な僕が外の世界に出れる機会なんてもう二度とないかも知れないのだ。

 武藤零二であれば、決して足を踏み入れやしない、WG九頭龍支部に僕はいる。

 ガラス張りのエレベーターに乗って、彼女がいる病室に。

 許可証は武藤の家に連絡をして取ってもらっている。

 WDという立場を考えれば普通なら有り得ないが、武藤の家はWG九頭龍支部にも協力をしており、あとは武藤零二が表立って九頭龍支部と対立していない点も考慮されたそう。

 エレベーターの扉が開いて、僕は足を前へ一歩。


「はぁ、ふぅ」

 心臓が高鳴る。こんなにも脈打つのは初めてだ。彼の意識はまだ眠ったまま。なら、この高鳴りは彼のものか、僕のものなのか?

 そんな事を考えている間に病室に到着していた。

 僕は「ふぅ」と再度深呼吸を一つ。それから静かに扉を開く。

 病室は何ていうか、静かだった。

 置かれたベッドで彼女は眠っている。

 すーすー、という静かな寝息。柔らかな顔。

 こんなにも近くに僕はいる。彼女の横に椅子を運んで腰掛ける。

「これでいい、満足だ」

 彼女の寝顔を前にして、僕は一言だけ呟く。

「────だよ」

 ああ、もう充分だ。これで、もう。

 僕の意識が途絶していき、外からまた向こうへと戻っていく。

 届かなくてもいい。聞かれなくてもいい。ただ言いたかったんだ。


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