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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 15
516/613

もう一人の自分(The other me)その28

 

 丑三つ時。いわゆる丑の刻と呼ばれる時刻。

 古来より丑の刻参りなどという一種の呪術的儀式が行われる、とされる刻。

 明かりがなければ、辺り一面その全てが闇の中に溶け込んでしまうような錯覚を覚えてしまう。人が本能的に闇を恐れるのも無理はない。周囲全てが暗闇だというのは不安を煽るから。

 周囲にはポツリポツリと家々の明かりがあるものの、ここいらに民家はなく、あるのはただただ人気のない誰かの畑に農道だけ。

 街灯など当然ながら存在せず、車すら通らない小さな道に一台の車が停まっている。

「…………」

 そんな暗闇の中、淡い光を発するのはノートパソコン。そしてその画面に映し出されしは、02とミラーカの対峙。

「終わったか、思ったよりも呆気なかったな」

 一人の男がボンネットに腰を落として、事態の推移を見ていた。その辺のドラッグストアなりスーパーでも売っていそうな何の飾りっ気もない灰色のフード付きパーカーにジーンズ。車もありふれた大衆車で、街で見かけても誰の印象にも残らないであろう車種。

「しかし、思った以上にきついな」

 収支面、赤字黒字で云えば、恐らくは赤字。前金こそ貰っていたが、何分手駒を失ってしまったのが痛手だった。

「まぁ、情報収集という点なら及第点だろうさ」

 とは言え、ファランクスの運営など別にどうでもいい事。男の本業を鑑みれば単なる趣味の範囲でしかないモノであり、そこに所属する連中などそれこそ木っ端のようなモノ。いなくなっても別に困るモノではない。

「まぁいいさ。あの女はともかく、武藤零二の情報は高く売れる」

 欲しかった情報は入手した。買い手はいくらでもいる。せいぜい高く売り飛ばすとしよう。

 そう考えつつパソコンを閉じ、車に乗り込む。このまま静かに走り去ればそれで終わり。後日、仕掛けを回収すればそれで事は終わり、そう思い、エンジンをかけた時だった。


「あら、こんな時間にドライブかしら?」

「──っっ!」

 突然、背後から声をかけられ、男がバックミラーを確認すると、そこには誰もおらず。

「どうしたの?」

「なに、っ」

 つい今し方までいなかったはずモノが助手席にいた。

 暗闇の中でもはっきりと分かる、毒を思わせる紫色の髪に妖しく輝く銀色の目。この世のものとは思えぬ美しさと、まだ幼さを残した見た目からはおおよそ想像出来ない妖艶さを漂わせ、男は一瞬我を忘れて見入ってしまう。

「はっ、はっ」

「あら、もう我に返ったの? 思ったより自我が強いのね。ワタシの魅力にも抗えるだなんて」

「は、はぁ、」

 男は息を呑む。有り得ない。何故ここにさっきまで武藤零二と対峙していた相手がいるのか。桜音次歌音の存在という万が一の可能性を鑑みて、わざわざ数キロ以上も距離を取っていたはずだ。あの場の監視とて、イレギュラーなどは一切使わずに、カメラや小型のドローンによる電子的な物であり、仮に監視に気付かれても逃走出来るはずの距離だったのに。

「あんたは誰だ?」

「随分とつまらない問いかけなのね。まぁいいわ、ワタシはあなたの依頼人よ」

「──!」

「表情を誤魔化すのは出来てるけど、手足とか、血の流れまでは無理よね。嘘は通じないわ。

 まぁ、折角こうして出向いた訳だし、名乗ってあげる。ワタシはミラーカ。あなたの所属するWDの末席にいるものよ」

「ミラーカ、だと」

 男は今度こそは表情を誤魔化せなかった。その名はWDにおいて最も怖れるべき怪物として知られている。

上部階層(オーバークラス)なのか」

「フフ」

 紫髪の少女は応えず、ただ妖しく微笑む。それこそが回答だった。

「どうして、ここに来たんだ?」

 オーバークラスであれば、自分のような者など文字通り下っ端。相手にする必要すらない。脅すにせよ、自分で出向かずともいくらでも手下ならいるはずだろうに。

「殺すつもりはないはずだ。そのつもりならこうして口を開く前に殺してるだろう」

 彼女は答えない。ただ微笑むのみ。何もせず、ただ男を眺めているだけ。

 なのに、それなのに。男は背中にびっしょりとした汗をかいている。冷や汗、或いは脂汗かは分からない。ただ暑くもないのに、涼しさすら感じていたはずなのに、こうなっている。

「何か用事があるはずだ、早く本題に入ってくれ」

 彼は蛇に睨まれた蛙というのは、今まさしくこの状況、自分の事に違いないと実感する。

 ほんの些細な勘違いで、自分は簡単に命を断たれる。何も云わずとも、目の前にいる少女の姿を取った怪物にとって自分という存在などその程度だとその目だけで伝わってくる。

「頼む。俺はあんたに刃向かうつもりなんて持ち合わせちゃいないんだ」

 へりくだってでも、何でも構わない、この場で殺されるのだけは勘弁だった。

(自尊心? そんな物はクソ食らえだ)

 死んでは元も子もない。生き延びねば何も成し得ないのだから。

 馬鹿にされようが、見下されようが構うものか。死んでは元も子もない。


「────」

 ミラーカは男に視線を向けたまま、何の言葉も発しない。

「…………く、」

 喉が渇く。何でもいいから、口にしたくてたまらない。

 一体どの位の時間が経過しただろう。ほんの数十秒なのか、数十分、もしかしたら小一時間は経過したのかも知れない。何にせよ、彼にとって人生で最も長い時間だった。


「いいわ。生かしておいてあげる」

 一体いつの間にそうしたのか、ミラーカは助手席ではなく、後部座席から返事をした。

 まるで動きが分からない。イレギュラーなのかどうか、知りたいとも思わない。

「でもね、一つ条件があるの」

「うっ」

 指が男の頬を添うように動く。またも助手席に彼女はいた。

(考えるな、そんなのは無意味だ)

 必死に言い聞かせる。彼女に対する抵抗など考えないように。

 そんな男の考えなどミラーカには手に取るように分かる。だからこそ、御しやすい。

「今晩見たモノは忘れなさい。データは消去、記憶の片隅からも追い出すように」

「わかった」

 即答だった。死なずに済むなら、何の躊躇もない。

「代わりにワタシからプレゼントをあげる。これをどうぞ」

 そう言って彼女は不意に手首を噛み切った。ポタポタ、と血が流れ出す。

「この血を提供するわ。好きに使いなさい」

「いいのか?」

「ええ、お詫びの印よ。ワタシとしても面白い催しだったけど、あなたからすれば損害ばかりでしたしね」

「ああ、ありがとう」

「そうそう、一つだけアドバイス。今後はもう少しまともな捨て駒を使う事ね、()()()さん」

「──く、」

 それは彼にとって完全なる敗北の瞬間だった。

 男はファランクスを立ち上げると、それを知り合いのマイノリティに譲ると、自身は情報提供者となった。あくまでも自分は影に隠れ、密かにファランクスを操る。仮にリーダーがバレても既に記憶に関しては処置はしており、すぐには辿り着かないはず。

 本業をする上でもこの立ち位置は便利だった。仕事柄、情報は集まりやすかったし、活用もしやすかった。

 隠れ蓑がバレた以上、男にはもう逃げ場がない。

「は、はは」

 気付けばミラーカはいなかった。


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