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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 15
515/613

もう一人の自分(The other me)その27

 

「な、何だこれは──」

 リーダーが思わず息を飲んだ。身の危険を感じ、戦いの場から離れた所までは良かった。

 距離を外し、少しでも遠くに、安全を確保。何よりも自身の身を守る事こそが肝要であり、その為であればトーチを見捨てる事態になっても構わない。

「炎、なのか?」

 目の前にそびえ立つモノが何なのか。最初こそ壁のように感じたが、ソレがゆらゆらと揺らいでいて、時折向こう側も見えた事より、どうやらこれが蒼い炎だと判断。そしてこんなモノが自然に発生するはずもない事から判断し、イレギュラーによる現象なのは確実。

(やはりこれはクリムゾンゼロの仕業だと考えるべきだな。だが、しかし)

 頭をかきつつ考える。クリムゾンゼロ、武藤零二に関する資料はそう多くはない。理由は簡単。九条羽鳥により情報統制がかけられていたからであり、事実徹底的に隠匿され、彼を始めとしたWD関係者が入手出来たのは、敵対勢力であったWG関係筋からの情報漏洩によるものだけだったのだというのは皮肉としか言えない。

「蒼い炎、……これは何だ?」

 触れてみようとは思わなかった。情報こそ秘匿されたが、クリムゾンゼロ、深紅の零という異名は伊達ではなく、数多くの相手を屠った者であるのは事実なのだ。戦おうとは思わない。少なくとも自身では。

(だが、このままでは動けない。どうするべきか……)

 そうして足止めを食った時間は幾何だったろうか。

「何だ、とっっっ」

 それまで仄かに揺らめいていた蒼い焔が輝きを増していく。そして、────。

 周囲を蒼い輝きが照らし尽くした。


 彼の目は完全に蒼いモノに釘付けとなっている。

 だからこそ、気付けない。

 自身の背後で嗤うモノの存在に。

 酷薄な笑みを浮かべて迫る魔手に、ついぞ気付く事なく…………。

 ただ蒼い揺らめきに相対するかのような赤いモノが辺り一面にぶちまけられた。

「つまらないわ」

 紫髪の少女は銀色の瞳をきらめかせて呟く。



 ◆



「は、ハハアッッッ」

 トーチは自身の勝利を確信していた。火柱が突き立つ。赤い火柱の発する光が闇夜を照らし、まるで日中のような目映さを放つ。

(どうだ。どうだクリムゾンゼロ? お前の負けだ)

 彼はこの赤い光の先で憎い相手の身体が焼き尽くされる様を想像。思わず口元を歪ませる。

(この光が晴れれば、──)

 そして光に目が慣れ、トーチの目に飛び込んだのは赤を覆うような淡い蒼。

「な、」

 武藤零二、02は健在。火傷どころか怪我一つとてない無傷。

「【棺桶(コフィン)】」

 小さな、だが明確な言葉と共に蒼い揺らめきが蠢くと、赤いモノは嘘のように雨散霧消。跡形もなく消え去っていく。

「あ、え?」

 のみならず、蒼い揺らめきはトーチの腕に宿っていた赤褐色をすら呑み込む。

 するとどうした事だろう、トーチの腕から熱が完全に消え去り、生身となっている。

 それどころか、体内を巡っていた超高熱がまるで嘘のようになくなった。

「ば、かな、な、んだ?」

 トーチは目の前で起きた事態に理解が追い付かない。単にイレギュラーを防がれたのではなく、消え去ったのだ。

 しかも、だ。

「く、う、っっ、あり得ん」

 トーチはイレギュラーそのものを発動出来なくなっていた。

 確かに今し方しかけた攻撃はありったけ全ての熱量を込めた一撃だった。だがそれでも燃料全てをゼロになるまで注ぎ込んだ訳ではなかった。ほんの一、二%程度の燃料、熱量は残っていたはずだ。

 それが、どうしたというのか?

 体内から熱が消えていく、失われていく、損なわれていく。

「俺の、イレギュラーが消された、だと」

 そうとしか考えられなかった。勝手に消えるはずがないのだ。

「お前の、仕業かッッッ」

 問いかけに対する02の返答はない。だが、その蒼い焔の色彩がさっきよりも濃くなっている。

「なにを、し────」

 トーチの言葉が言い終わる前に決着は付く。

 蒼い焔が輝いたその瞬間、彼の肉体を超高熱が包み込み、焼き尽くす。

 彼にとって不幸中の幸いであったのは、自分が死んだ事にすら気付く暇もなかった事。

 トーチは自分自身のイレギュラーと同様の、されどそれ以上の高熱により跡形もなく消え失せた。


「…………閉じろ」

 02の言葉に呼応して、蒼い焔に変化が生じた。まるで生き物のようにうねりつつ、担い手の身体へと戻っていく。

「あと、一人いたな」

 本来なら、トーチを倒すつもりはなかった。何と言っても彼は情報源。自分では聞き出せなかった事も、他の者、つまり秀じぃなり皐月なりに任せれば引き出せる事だろう。

 最早この場に用はない。敵は跡形もなくいなくなった。

 02は踵を返すと、先だって張っておいた()の前で足止めしておいたもう一人、リーダーの元へと歩き出した。



 ◆



「これは…………」

 02の目が細められる。

 そこにあったのは、ただただ赤黒い血飛沫とそれに沈みし肉片となったもの。

 ピクリとも動かないそれは、一体どのような方法かは分からないが、見るも無惨にバラバラに分解されている。

「覗き見するなら、こんなに目立つ物を放置するな」

「フフ、覗き見するつもりはないのだけど、ね」

 ふわり、と闇夜に浮かぶ少女、即ちミラーカは心底から愉快そうな笑みを浮かべる。

 月明かりに輝く銀色の目に毒花を思わせる紫髪、雪のような白い肌はまるで妖精を思わせるも、白のワンピースにこびり付いた赤い染みと臭いがその全てを壊す。

「フフ」

 毒花の如き禍々しさを隠そうともせずに、長年の友人にそうするかの如く、ミラーカは親愛の言葉をかける。

「お久しぶりね、武藤零二。いいえ、No.02」

「僕は会いたくなかったよ。ミラーカ」

 本心からの言葉だった。彼にとって、宙に浮かびし彼女は因縁ある相手。

「ワタシはあなたに再会出来て嬉しいのよ。だって──」

「黙れ──」

 言葉を言い終える前に02がしかけた。瞬時に飛び上がり、眼前に接近。勢いを乗せた拳を放ち先制。不意を突かれたミラーカは反応すら出来ず、直撃を受けるのだが──。

「ダメね。全然ダメ」

 拳は彼女の寸前で止まっている。ミラーカが手で防いだ訳でもなければ、避けたのでもない。傍目から見れば、ただ02がすんでのところで拳を止めた、そうとしか見えないだろう。

「白い箱庭では無敵だったみたいだけど、残念ね」

「ッッッ」

 ミラーカは舌を伸ばして02の首筋を舐める。

「ぬ、っ」

 ゾワリ、とした悪寒が全身を駆け巡り、次いで例えようのない嫌悪感が生じる。

 その様を目の当たりにし、ミラーカは嗤う。

「フフ、人間らしい所もあるじゃない。いいわ、その目。嫌悪感に満ち満ちたその目。

 ワタシを殺したいんでしょうけど、……無理ね」

 ミラーカが手をクルリと回すと、突然02の身体も同じく回転する。

 ペロリと舌を伸ばして、悪女は告げる。

「だってあなた。ワタシの敵じゃありませんもの」

「──ッッッ」

 02の身体が地面に叩き付けられる。さらにメリメリ、と地面へと押し込まれるように、めり込んでいく。

「あなたのイレギュラー、コフィンでしたっけ。確かに変わった能力よね。周囲に蒼い焔を張り巡らせて()()を構築する。結界内ではあらゆる熱量(エネルギー)を封じ込める事が可能。まるでバリアー。何も知らないんじゃ無敵みたいに思っちゃうわよね」

 けどね、とミラーカは嗤う。

 同時に02の沈み込んでいた身体が突然浮き上がり、ミラーカの目の前で急停止した。

「ワタシとは相性が悪いみたいね。フフ、」

「殺すつもりなら早くそうしろ」

「あら、そう思うのかしら?」

「さぁね。確かに僕のイレギュラーはあなたには相性が悪い。勝ち目はまずない。でも、零二(かれ)ならば、或いは勝てると思っている」

「フーン。本当にそうなの?」

「ああ、あなたも知ってるはずだ。彼の中に眠るモノの正体に。あれなら、…………」

 そこまでだった。02の身体はまたも地面へと叩き付けられる。

 紫髪の少女はつまらなそうに手で前髪をいじり出す。

「もういいわ。今晩は単なる顔見せなのだし──」

 またね、という言葉と共にその姿を闇に溶け込ませて消えた。


「何とか生き延びた、か」

 夜空を見上げ、02は大の字になって小さく呟く。

「僕はともかく、彼に死なれちゃ困る。何せ間借りしてるだけなんだから」

 正直な感想だった。02はあのままミラーカと闘えばどうなっていたかを確信していた。

(今の僕じゃもう太刀打ちは出来ない。だけど、)

 自分が間借りしている彼なら、或いは。少なくとも自分よりは目があるはず。

「あー、眠たくなってきたな」

 02はあくびを一つすると、そのまま意識を失う。

 その寸前、誰かが走って来るような足音と、声が聞こえたようだったが、そんなのは今の彼にはどうだっていい。とにかく休みたかった。

(でももう少しだけ、待ってくれよ)

 かくて長い一日は終わりを迎え、新たな一日へ。


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