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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 15
514/613

もう一人の自分(The other me)その26

 

「く、っそ、が」

 胃液を吐き出し、苦悶に表情を歪ませつつも、トーチは何とか立ち上がる。

「な、めるな」

 自覚があった。今、こうして自分が立てたのは、相手がそうさせたから。その気さえあればいつでも仕留められたにもかかわらず、見逃されたからだと。

「勝った、とか思ってる……う゛っ」

 言い終わる前に蹴りが顔の前で寸止めされる。

「もういいかな?」

 淡々と、単純作業にでも従事するかのような言葉。

「少しだけ本気でいくよ」

「──」

 その言葉に背筋が凍り付くような感覚を覚えた。

「くっそ、がっっ」

 吐き捨てるような言葉は自身を鼓舞する為だろうか。トーチは再度足へと熱を集中。上昇気流を生じさせ、陽炎を発現。視覚を狂わせて攻撃を外そうと試みるのだが。

「生憎だけど」

 02の右ストレートの軌道が変化。陽炎にではなく、真っ直ぐトーチ本人の顎を打つ。

「くぐがっ」

 ぐらんぐらん、と脳が揺れ動き、トーチの足元がぐらついた。

「が、はっっ」

 だがさっきから幾度となく02の打撃を喰らっていたからか、たたらを踏みつつも、トーチは気が遠くなりそうなのを耐えるが、それが精一杯。

「──ん」

 02の右手を赤褐色の手が掴む。今度こそ全身を瞬時に熱して、消し炭になるまで燃やしてやらんとイレギュラーを全開にした。

「死ねっっっ」

 だが02の手には何も起きなかった。燃えるどころか、焦げ付きすらしない。

「な、」

 驚愕の表情を浮かべるトーチの鼻先へ裏拳が叩き付けられる。

「ああ、そうか」

 02は相手が混乱する様子を一瞥。よろめく相手を前蹴りで突き飛ばす。

「僕のイレギュラーを見せていなかったな」

 なら、と言うと全身を蒼い焔で包み込んでみせる。



 ◆



 当初より02とトーチの対決を距離を外して見ていたリーダーは、02の意識が自分に向いていないと確信するや、徐々に場から離れて逃げ出すも、突如として現れたその光景に目を剥く。

(聞いていたのとは、明らかに違う)

 詳しい情報がある訳ではなかったが、クリムゾンゼロの焔の色が赤だとは知っている。その焔はあらゆるモノを灼き尽くし、噂では京都では神をすら灼いてみせた、という。

(神などというモノがいるとは思わんが)

 眉唾ものの話だとばかり思っていた。実際、そんなモノがいるとも思えない。純粋に強力な力を、イレギュラーを遣うマイノリティを倒した、それだけの話だと思っていた。

「だが、これは────」

 目に映るソレは赤ではなく、蒼。猛々しく燃え盛り、何もかもを飲み込むような印象は見受けられないが、だが、怖気を覚える程に仄かで妖しく、美しい焔。

 かくなる上はトーチがやられようとも構わない。そもそもここに来たのは状況把握が主目的であり、おかげで武藤零二のファランクスには桜音次歌音以外の何者かが協力している確信も得た。

 一体どういったモノかはさておき、これ以上この場にいても危険が増すだけだと判断。幸いにも武藤零二はトーチとの対決に意識が向いている。この機を逃す手はない、とばかりに立ち去ろうとしたのだが。その歩みはこうして止まる。

 何故なら彼の眼前には、……蒼く揺らめく焔の壁が立ちはだかっていたのだから。



 ◆



「な、んだこれは?」

 目の前で起きている事態にトーチは理解が及ばない。

 赤褐色の、超高熱の腕が容易く捌かれる。蹴りも、パンチも、全ての攻撃が目の前の相手に遮られている。

 これまで炎熱系のマイノリティとは何度か戦ったが、いずれも超高熱の前に敗北。ある者は泣き叫ぶ様をじっくり見ながら燃え尽きていった。熱操作能力ヒートコントロールは瞬間的に身体能力などを引き上げる事を主目的としているが、トーチの場合はそれを身体能力にではなく、あくまでも己の体内に留めておく事によって超高熱を一定時間維持出来る。それにも限界はあって、それを突破したら熱暴走、肉体の破壊へと繋がるのだが、維持限界を超える前に排出する事、つまり熱を外部へと放つ事で問題は解決。

 トーチにとってこの超高熱こそは他者からの攻撃を防ぐ鎧であり、他者を殺す為の矛でもある。弱点としては無意識に発動出来ないので、不意打ちには弱い事位だろうか。

「ぶう゛がっ」

 鼻に裏拳が叩き込まれ、よろよろとふらついて、激痛に身悶えする。気絶しそうな程に意識は曖昧なのだが、強烈な痛み=02の攻撃がそれを許さない。

 赤褐色の腕を左手で逸らされ、そのまま縦拳が顔面を打ち抜く。右の張り手が頬を襲い、よろけた所へ狙い澄ました左の回し蹴りが一閃。完璧なタイミングで顔面を直撃。呆気なく転がっていく。

「が、は、あっ」

 無様に転がり、倒れ伏したトーチを02は冷徹な視線で見下ろす。

「ぶは、はっ」

 血の混じった唾を吐き出し、自分に何が起きたかを考える。腕の色は赤褐色のまま、間違いなくイレギュラーは発現している。では、何故さっきから全く通じないのか?

(クソガキめ、見下ろすんじゃねぇ)

 その気になればトドメを刺せるはずなのに、敢えてそうしない事に苛立ちが募る。強者の驕り、弱者への手加減、理由が何であれ、格下だと見下されているのだけは間違いない。

「く、っそ、が」

 何とか立ち上がってみせるも膝は笑っており、まともに歩く事すら困難。

 リカバーは傷を癒やすが、体力までは回復しない。何より一方的に攻撃を受け、何度も地面を転がっていく内に削られた自尊心と気力は回復出来ようはずもない。

 それでもまだトーチが戦意を喪失しないのは、偏に目の前の少年の面ばせには何の変化も生じないから。攻撃とてそう。あれだけ的確に攻撃を受けているのに、どうして深刻な怪我を負っていないのか。理由は単純だ。相手がそうならないように手を抜いているから。

 小馬鹿にされている。自分などいつでも倒せるのだ、とほのめかされ、怒りを抑えきれないからだ。

 実力差は明確。このまま戦っても勝ち目などまずない。諦めてしまえば楽なのは分かっているが、だがそれでもあの顔を歪ませてやりたい、という執念だけが彼を支えていた。


「クソガキ、本気でこい。ぶっ殺すぞ」

「そうだね。いい加減殴るのも飽きたし、そろそろ終わらせようか」

「────!」

 淡々とした口調と表情にトーチの怒りは沸騰。全身全ての熱を腕へと集中。沸き立った炎は松明とは云えない猛々しさを見せる。

「ぶっ殺してやらぁっっっっっ」

 さっきまでの攻防で相手にこちらの攻撃を回避するつもりがないのは分かっていた。受け流し、遮って反撃しようと試みるに違いない。

(せいぜいこっちを舐めてかかれ、その油断が命取りだぜ)

 トーチには目算があった。一撃必殺、一発逆転の一手がある。それさえ決まれば確実に仕留められるに違いない。

「ぶ、はっ、がっ」

 突き出した拳は左手であえなく叩き落とされ、逆襲の目潰しが迫る。目を閉じ、顔を逸らすもそれを予期していたのか、余った左手の掌底が頬を打つ。

「は、ぐ、っ」

 脳が揺れ、意識が遠退きそうになるのを唇を噛み締めて拒絶。

「しつこいね」

 02はうんざりした口調で前へ踏み込む。

「──く、があっっ」

 その一歩をこそトーチは待っていた。

 それまでとは違う、注意力散漫の一歩。油断なく的確な行動、攻撃を加えていた相手に生じた微かな隙。驕りとまではいかないにせよ、不用意なその足運びをトーチは待っていた。

「死ねやアッッッッ」

 トーチは体内の全熱量を解放。それを右腕に一点集中。赤く煌めく炎を生じさせた。

 距離はほぼゼロ距離。しかも自ら踏み込んでおり、回避不可能。文字通り全てを集約させたこの炎に触れればクリムゾンゼロであろうとも瞬時に燃え尽きる事は必定。

「────」

 対する02は淡々と手を前へ差し出す。何事もないかのように。機械的に前へ。

(勝った、終わりだッッッ)

 トーチは自身の勝利を確信。それを証明するかの如く、場に赤い炎の柱が突き立つのだった。


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