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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 15
512/613

もう一人の自分(The other me)その24

 

「ハァ、ハァ、ッッッッ」

 呼吸が乱れ、心臓は今にも破裂しそうに高鳴り続ける。

「く、はぁっ」

 実際、トーチは生きた心地がしなかった。

 リーダーが自分を助け出す事は予測していた。何せファランクス内でリーダーと直線面識があるのは自分ともう一人。顔を知られては困る、という理由で他のメンバーとは全く顔を合わせずに任務を与え、詮索すれば容赦なく殺すという徹底ぶり。

 そんな恐ろしい相手に呼び出され、面と向かって言われたのだ。

 “トーチ。お前を信じるからこそ、俺も顔を見せる“

 その言葉がどれだけ嬉しかった事だろう。

 思えばそれまで他人に必要とされた事などなかった。

 誰にも必要とされず、誰にも頼らず、ただ生きていた。

 自分が底辺にいるのは分かっていた。だけど何をすればいいのかすら分からない。

 子供の頃から火事が自分の周囲で相次ぎ、家族のみならず親族からも遠ざけられた。

「ハァ、ハァ。驚いたぜ、まさかあんな手を使うなんてな」

 どうにか呼吸を整えると、視線を巡らし、いるであろうはずの相手の姿を求める。

「心配はいらない。あの三人組なら単なる犯罪請負業者だ。我々とは何の接点もない、発覚する事もないだろう」

 すぅ、と物陰から姿を見せたのが、ファランクスのリーダー。

 一見すれば何処にでもいそうなサラリーマン風の男で、街中ですれ違っても裏社会の人間とは十中八九思われない温和な雰囲気をたたえている。

 格好も仕事帰りのサラリーマンのような地味な灰色のスーツに革靴であり、顔を知らねばまずリーダーだとは思いもしないような男。

「しかし、連中明らかにハイになってたよな」

「そうだ。少しばかり薬を与えたのさ。だから仮に捕まっても何も答えられない」

「ぬかりはない、ってことか」

 トーチが感心したらしく、かぶりを振っていると、リーダーが疑問を提示した。

「ああ、それよりも、武藤零二だが」

「そうだ。あの野郎好き放題してくれやがって」

「さっき助け出す際に見たが、リカバーを何故用いなかった?」

「それが、妙な話なんだが、使えなかった。嘘じゃない本当だ」

「…………続けろ」

「何て言えばいいのか、あの野郎。話に聞いてた武藤零二って奴と何かが違うんだ。

 俺やあんたを含めて、武藤零二、クリムゾンゼロって言えば凶悪極まりない、悪党ってのが常識だったよな?」

 リーダーは小さく頷くと、先を促す。

「いや、散々殴られた訳だし、指だってへし折られた訳なんだが、感情の爆発するままに、っていうより淡々と作業でもするみたいつぅか。上手く言えないが、まるで別人みたいだった」

「成る程な」

 リーダーは今回の依頼に考えを巡らせる。トーチにせよ疑義にせよ彼らに伝えたのはあくまでも自分達が関わる部分のみ。彼らは依頼の全容を知らず、また知る必要もない。

(まるで別人。そう考えれば、クリムゾンゼロには手出し無用というのも、)

 自分すら依頼の全容を知らなかったかも、と考え至り、小さく舌打ちする。

(まぁいい。何にせよ問題はないはずだ)

 クリムゾンゼロが別人だろうが何であれ、こうなった以上は敵。例え殺すのは難しくとも、手の打ちようはある。

「いずれにせよ、逃げ出すにはまだ早いか」

「そうだぜ。俺とアンタが手を組めばあんなクソガキ一人簡単に殺せるぜ」

 武藤零二に負わされた屈辱を晴らさねば。

「────」

 リーダーは横目にて、仲間の様子を確認。彼はこれから追って来るであろう不良少年に借りを返さねばならない。傷も癒え、意気揚々と報復を誓っている。

「絶対に殺してやる、絶対に」

 確かに、クリムゾンゼロを仕留める事が可能なら、試す価値はあるだろう。懸賞金も貰える上に、他のWDの奴らよりも自分達が格上だと証明出来るのも悪くない。

(だが、どうにも気になる。何故、容易く逃げられた?)

 三人組を送り込んだのは救出目的ではなかった。可能であれば、程度の事でしかない。

 顔を見られても問題はない。名前だって同様に。

(クリムゾンゼロは情報を聞き出すべく、手間をかけたはずだ)

 確かに三人組の一人、小男にはダガーナイフで拘束を切るように命じておいた。結果はどうあれど、トーチはその意図を見抜き脱出。今は目の前にいる。

(自分がクリムゾンゼロなら、こうも易々と逃がすか? いや、そんな筈はない)

 ルサンチマンこと疑義伸介などは、武藤の手の者に捕らえられ、救出は困難。居場所すら分からない。単に尋問するのであれば、自らする理由がない。

「──そういう事か」

 リーダーはこの状況を理解した。であれば、取るべき選択は単純明快。

 トーチはそんな状況になど考えも至らずに、声を張る。

「武藤零二、ぶっ殺してやるぜっっ」



 ◆



 同時刻。

 02がトーチを尋問するのに使っていた倉庫から程近い公園。そのベンチには巫女が腰掛けている。

「本当にレイジの読み通りになった」



 トーチなる殺し屋が簡単に口を割るとは思えない。WGから奪う格好で身柄を押さえた02は、巫女に会うなり開口一番こう言った。

「囮に使おう」

 疑義の話では彼らのファランクスを動かすリーダーは用心深いらしく、接触に際して、音声のみで一方的に指示するのだそう。なので疑義はリーダーの事は何も分からない。

 尋問した皐月曰わく。

 “でも用心深い彼の顔を知っている人物を一人知っているそうよ“

 それがトーチ。九頭龍病院、つまりWG九頭龍支部に大胆にも単身乗り込み、彼女を殺そうとした相手。

 “だからぁ、安易に殺しちゃいけないわね“

 情報源が生存していれば、その漏洩を阻止すべく必ずやリーダーは動く。助けるか、始末するかまでは分からないが。間違いなく何かしらのアクションを起こすはず。

「手下を倒しても、頭が無事じゃまた同じ事の繰り返しになるかも知れない。

 だから僕はファランクスを潰す為に、こいつをわざと逃がす。

 下手に殺されるより、その方が有効だろうしね。

 そこで君の力を貸して欲しいんだ」

 ずっとこの時を待っていた。ずっと受けた恩を返したかった。そんな彼女に、頼みを断るという選択は最初から存在しなかった。



「────」

 息を殺し、耳を澄ます。集中しなければならない。

 普段は意図的に切っているスイッチを入れるように。

(歌音ちゃんはもっと簡単そうにしてるみたいだけど)

 生憎、自分は桜音次歌音ではなく神宮寺巫女。同系統のイレギュラーを使ってはいるが別人。であればそのイレギュラーにおける感覚とて違って当然。

 聴く、という行為もまた同じ。歌音にとっては当たり前のように出来る事が巫女には出来ぬように、逆もまた然り。考えるだけ、比較するだけ無意味という物だ。

「────ッ」

 聴覚を解放し、周囲の音が一気に飛び込んでいく。一見すれば静かな夜。周囲にはあまり人気がなくても耳を澄ませば虫の鳴き声もする。巫女はそれら全てを聴き取っていく。

(歌音ちゃんは確か一キロ位が限界って言ってたな)

 自分はどうだろう、と思いつつも巫女は集まってくる様々な音を区別、違う音を精査。排除していく。

「違う、……これも違う」

 さらに意識を集中し、音を、振動を聴き分けていき、そして。

「──いた。間違いない」

 彼女が探したのは声ではなく、()()。さっき聴き取ったトーチの脈打つ心臓の音。



(そうか。これは罠だな)

 リーダーがこの事態を理解したその時。


「見つけたよ」

 その場に姿を見せたのは、武藤零二の姿をした少年。02だった。


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