表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 15
511/613

もう一人の自分(The other me)その23

 

「グ、アッッ」 

 倉庫内では小さな呻き声と殴打の音だけが、まるで競い合うかのように幾度も幾度も鳴り響く。

 02には容赦がなかった。いや、ないのではなく、そもそも存在しない、という例えの方が正しい。

 彼が白い箱庭で教わった事は、ただ人の殺し方と壊し方のみ。

 如何に効率的に目的を遂行すべきか、それだけを教え込まれた。

 拘束したトーチの指を躊躇なくへし折ったのを皮切りとして、殴打を開始。

 淡々と、ただた拳を幾度も幾度も叩き付ける。

 トーチは最初こそ痛みから呻き声をあげたが、いつの間にか黙り込んでいた。

 彼はこう思い始めていた。こいつは、本当に人間なのか、と。

 だからこそ、思わず言葉を発していた。

「やれよ。拷問でも何でもすればいい」

「…………」

「俺は別に仲間とか何とか義理だの人情だのには興味はない。だけどな、てめーにゃ何一つだって喋ってやるものか」

「…………」

「そうだ。その目だ。何もかも分かってますよって感じの嫌な目をしてやがる。俺はその目が気に食わねぇ」

「そうか」

「ああ、そうさ。俺はてめーが嫌いだ」

 自分自身で言いながらよくもまぁ、ペラペラと言葉が紡がれるものだ、と内心感心していた。

 トーチは、このまま何もせずに耐えるのを止めた。

 リーダーが何もせずに手をこまねいているとは思わない。ああ見えて、リーダーは身内を守る所がある。だから、今だって何か手を打っていると思うから。

「どうした? 何か言い返さないのか、クソガキ」

 挑発的な言葉を発し、相手の様子を窺って、確信を抱く。

(やはりこいつは、少なくとも今、俺を殺すつもりはない)

 そもそも殺すつもりであれば、わざわざこんな場所まで運ぶ必要などない。ああして素手で暴行したのも、聞き出したい情報があるからこそ、だ。

 殺してしまえば、情報を聞き出せない。少なくともその手段を持っていないからこそ、こんな事をしているのだ。

「おい、何か言えよ、黙ってないでよ」

 だから、この状況は必ずしも絶体絶命ではない。窮地ではある。危険な状態には変わらない。されど死なないのであれば、殺される可能性が低いのであれば、まだいくらでもやりようはあるはずだ。

 必死に頭を、知恵を巡らせ、生き延びる機会の到来を窺う。

 02は目を細める。

「そうか。あくまでも何も喋らない、そういう事なんだね」

「だから、そういってんだろクソガキッ」

「そうか」

「──」

「ならいい」

 02の言葉のトーンが変わり、トーチの背筋に寒気が走る。

「じゃあ、死ね」

 まるで氷のような冷徹な声、そして目。拳を小さく握り締めた。

(おい、マジかコイツ)

 トーチは02の様子の変化を受け、自らの選択が間違っていたのでは、と思った。

 そして気付く。目の前の少年は淡々と冷静なのだとばかり思っていたが、そうではない。

 今の今まで気付かなかったが、感情の起伏が目立ちにくいだけなのだと。

 その証拠に握り締めた拳から、血が一筋流れて、ポタ、と地面に落ちている。爪が食い込んでいた為だった。

 よく目を凝らせば、他にも気付ける部分はあった。

 その眉間にはぴくぴくとした筋が浮かび、呼吸も微かに乱れている。


 今の今まで殴られているだけで、痛みに耐えるだけで精一杯だったから見えなかったのだ。

 激情を露わにしなかっただけで、目の前の相手は機械のようなモノではなく、感情を持ったモノなのだと。

 そしてどういう訳だか身を小さく震わせており、怒り心頭なのだと今更ながらに理解した。

 迫ってくる死の危険を察知し、トーチが問いかける。

「お、おい」

 だが02に聞く耳などない。血を滴らせる拳を引き絞り──そして突き出そうとしたその時。


 事態は叫び声により動いた。


「ウッガアアアアア」

 バリバリ、という音を立てて、倉庫のシャッターが壊される。

「なっ、」

 驚きの声を上げたのはトーチ。一人の男がシャッターを文字通りの意味で、身体毎突っ込んできたのだから当然だろう。

「ムトウレイジィィィッッッッ」

 そう叫びながら、シャッターに突っ込んできた男はむくりと起き上がると、ふらふらと覚束ない足取りで02へ迫る。

「──」

 一方、狙われる立場の02は突然の乱入者にも全く動じない。

 冷静に怒りを出さずに、静かに客へ視線を向ける。

「ガアアアアアッッッ」

 男は腰からナイフを引き抜くと、飛びかかる。

「…………」

 02は無言のまま喉へと迫る凶器を一瞥。躊躇なく自ら前へ。ナイフを持った右手を内側より左手で押さえると、残った自身の右手を直線的に打ち込む。狙いは鼻柱。寸分違わずに直撃し「グ、アッッ」と小さな呻き声をあげ、男がよろめく。

 02は「ふっ」と小さく息を切ると、男との間に生じた隙間を利用。上半身を地面と平行にまで倒し、腰を入れた蹴りを放つ。強烈な蹴りは男の胸部へ叩き付けられ、突き飛ばす。

 そこに。

「ひゃっはあああ」

 今度は壁をぶち抜いて別の男、誘拐業者の頭目が襲いかかる。

 手には銃身をこれでもかとソードオフしたショットガン。

「しぃねぇぇぇぇ」

 口から泡を噴きつつ、二連装式ショットガンから散弾をばらまく。

「──!」

 直撃するかに見えた無数の小さな弾丸だが、目標には届かず、その目前にて落ちる。

「ひゃっはあああ」

 頭目はショットガンを握り締め、鈍器として使用。大きく空を切るも、彼には通じない。至近距離とは言えど、大振りの横からの攻撃など問題外。左裏拳にて銃身を叩くや否や、突き刺すような右縦拳を顎へ。頭目は脳を大きく揺さぶられて崩れ落ちる。

「ひゃああ」

 次いで姿を見せたのは三人の中で一番の小男。小柄の零二、もとい02よりも一回りは小さな男がダガーナイフを投擲。さらに予備のダガーを取り出して接近。

 02がダガーを上半身を逸らして回避するのも想定通りなのか、小男は構わず二本目のダガーを投擲。今度は大腿部を狙っての攻撃。

「──」

 だが02も相手の動きを読んでいた。ダガーの刃を右手刀で弾いて接近。左手を伸ばし、小男が三本目のダガーを抜くすんでのところで腕を掴むと、前へ引き寄せて姿勢を崩し、無防備となった足を刈り取るように払う。小男が受け身を取ろうにも、02が腕を掴んだままではままならない。さらに地面へと直撃の寸前に腕を引いてタイミングをずらす。小男は強かに背中、頭部を打ち付け、「グヴェ」と小さくか細く呻くと、口から泡を吹いて倒れる。

 だが02は止まらない。

「シッ」

 足をおもむろに引き上げるや否や、小男へと振り下ろす。小男は喉を、頸骨をへし折られ即死。一瞬全身をピクリと震わせてそのまま事切れる。

「ク、ヒャハ」

 最初に襲いかかってきた男が再度飛びかかるが、そこまでだった。その手で掴みかかる前に左手で腕を叩き落とされ、直後に斜め軌道の右裏拳が顔面を直撃。カウンターで入った一撃は男の鼻柱を完全に粉砕。ごぼりと口と鼻から血を噴き出し、倒れる。そしてしばらく脈動した後にピクリとも動かなくなった。

「へ、へへへ」

「完全に動けなくなるはずだったけど」

 いつの間にか頭目が起き上がっていた。

「おまえおまえだ。おまえをころせばぁぁぁぁ」

 絶叫にも似た叫びをあげ、着用していた黒のタクティカルジャケットを脱ぎ捨てる。同時に無数のピンが引き抜かれる音。シャツの上に無数の手榴弾が巻き付けられていた。

「くたば、え、へ?」

 困惑の言葉を吐いて頭目はその場で破裂。爆風は周囲を襲い、包み込む──はずなのだが。

「…………」

 02は全くの無傷のまま立っている。平然とした顔で周囲を見回し、倒した敵の様子を確認。粉々になった頭目以外の二人を横目で見やり、呟いた。

「そうか。彼らは捨て駒か」

 ついさっきまで拘束されていたはずのトーチの姿が忽然と消えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ