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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 15
510/613

もう一人の自分(The other me)その22

 

「何か質問はあるか?」

「特に何もないぜ」

「同じく」


 九頭龍駅よりおよそ五キロ。

 随分前に廃線となったある線路沿いの倉庫が集まっている場所があった。

 そこはかつては貨物列車で様々な荷物を運び、一時的に保管した集積所。錆だらけの壁をよく見れば、かつて貨物列車を運用していた会社のロゴマークが微かに見て取れる。


「よし、なら状況を確認すんぞ」


 今や人の出入りなどほぼない場所に、三人の人影がある。

 いずれも黒ずくめのタクティカルジャケットに銃火器を装備。暗視装置(ナイトビジョン)を装着した姿は明らかに普通ではない。


「これより突っこむ倉庫には目標AとBがいるはずだ」

「優先すべきはBの確保。Aとは特に交戦はしない、だったな」

「しかし、目標Aを無視してもいいのか?」

「そんな事は分かってる。だがリクエストはBの確保、なら俺たちはそいつに従うだけだ」


 彼らは誘拐業者。もっともそれぞれ軍隊や犯罪組織で経験を積んではいない。人数もここにいる三人のみ。云わばアマチュアなのだが、受けた依頼の達成率は非常に高く、これまでに数々の依頼をこなしてきた。そしてその仕事の都合上、荒事も得意としている。


「人攫いは俺たちの得意分野だ。準備はいいか?」


 三人は互いに頷き合うと、腕に装着した時計の針を合わせる。いつの頃からか、誰が言い出したかも覚えてはいないが、映画でSWATだの何だの、特殊部隊が突入前にそうしているのをカッコいいという事で真似をしたのが始まり。


「五、四、三、二──」


 緊張しながら、己が任務に突入すべく集中力を高めていたその時だった。

「──!」

 リーダー格が何かの気配を察知し、とっさに身を翻した。

 同時にパス、パス、という空気の抜けた、馴染みのある音。

「サプレッサー?」

 ここに何故敵がいる? 状況が分からぬままに、二人が倒れ、逃走を図るも、既に時遅し。

 パス、という音が再度聞こえたその瞬間には、首筋に鋭い痛み。

「う、く、そ……」

 そのまま意識は遠退き、倒れ伏した。


「とりあえず確保は出来たな」

 そこに姿を見せたのは、フードで顔を隠した男。

 銃さえなければ、誘拐業者とは違って、街中にいても全く違和感はない平凡な男。

「こんな連中に前金を払ったのは少しムカつくが、まぁ、いいか」

 そう。誘拐業者を雇ったのはこの男。彼が闇サイトで依頼を提示。それに応じたのが周りに今、転がっている連中。


「しかし、面倒な話だよ」

 男にとって今回、より正確には今日起きている一連の出来事全てが仕事だった。

 疑義伸介を使い、武藤零二を足止めさせたのもそうだし、トーチを送り込んだのもそう。

 ついでに言えば、WG九頭龍支部が動けないように、街のあちこちで騒ぎが起きるように仕組んだのもそうだ。

「金払いがいいから構わないけどな」

 全てはビジネス。金が入るので仕事の一環として行った事。

「さてさて、まだ死んでないな」

 スマホの液晶画面には、ピ、ピ、と小さな音を立てる光点が一つ表示されている。

 トーチの足首に装着してもらっている、受信器がその正体。

 生体反応、この場合、心臓や脈拍などを感知するように設定されており、対象が生存している限り、こうして点滅する代物。

「依頼じゃ、武藤零二は別に殺さなくてもいい、って話だったが。逆に言えば、殺しても構わないって事だな」

 本来の標的が生きているのは、病院近くで様子を窺っていたので分かっている。

 依頼人は金を前払いで全額支払っていて、失敗しても返す必要はない。

(どうにも臭い話だよな)

 依頼人が自分の顔を見せないのは、よくある話だ。だが金払いが良すぎなのがリーダーには引っ掛かっていた。

 だからこそ、この仕事は自分は直接手を出さずにファランクスの連中に任せた。

 そしてその懸念は的中。状況はお世辞にも順調とは言い難い。

(やっぱり、これはアレか)

 はた、と思った。これは、捨て駒なのだと。

 依頼人にとって、標的の生き死にはどちらでも構わないのだ、と。

 流石に理由までは察しようがないが。


「ちぇ、せめて仲間を助け出す努力位はしてやらなくちゃな」

 視点を眠らせた三人へ向ける。

 この連中を呼び寄せたのは、トーチを助け出すのに手が足りないから。WGとは違い、WDは組織力で劣る。何せ、ファランクスというのは所詮は少人数の集まりなのだ。その支部毎に所属する全員がまとまって行動するWGと、WDの小さなファランクスとでは動員力に雲泥の差がある。だからこそ、今回もWGが自分達に対してリアクションを取りにくくなるように色々と仕掛けたのだ。

「あんまり人数が減ったらこっちも信用に関わるからな」

 命をかけるつもりなどない。出来る事だけを着実に実行するのみ。

 リーダーはナイフを取り出すと、三人へと迫っていく。

 ビシャ、ぽたぽた、と何かが滴り落ちる音が暗闇の中、不気味に響き渡る。


「これで仕込みは終わりだ」

 不意にゆらりと何かが起き上がる。数は三つ。焦点の合わない目をギョロギョロと動かし、久地からは涎を垂らす様は、人間と言うよりも獣のようですらある。

「いいぞお前ら、行け。仕事をこなせ」

 その声に従うように、誘拐業者の三人は動き出した。

「クリムゾンゼロ、もう少しだけお付き合いを願おうか」



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