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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 15
509/613

もう一人の自分(The other me)その21

 

 松明(トーチ)。それが男に付けられた異名だった。

 正直言って拍子抜けだった。

 どうせなら、もっと強く、凶悪そうなのが良かった。

 自分の体温を急上昇させ、物を燃やしたり、熱したりする能力。熱操作能力に近しいものの、身体能力は向上しない。なので、最初の頃は周囲から見下されていたものだ。

 やれ、中途半端だの、派手さが足りないだの、散々っぱら馬鹿にされ、侮られた。

 されども、気付かばそういった連中はいなくなっていた。

 理由は単純明快で、より強力なイレギュラーを担う相手に敗北し、または尻尾を巻いて逃げ出したから。

 自分を馬鹿にした強いとかぬかした連中は誰も残らず、一番弱い、格下扱いだった自分が残っているというのは何とも皮肉で愉快。

 勿論、残った理由は運がいいからとかではない。弱い弱いと侮られたイレギュラーを用いた結果である。

 そうして男は結論を出した。

 “強いだの弱いだの、そんなのは別に関係ない“のだと。

 イレギュラーとは担い手の精神状態により、効力が大きく異なるという。ならば、精神状態を上手くコントロール出来さえすればいいのではないか。そしてその方法を見つけた。

 幸いにも炎熱系能力者としては、武藤零二という有名人がいるので、自分は注目されはしない。だからこそ仕事もしやすかった。

(だが、いつまでもこのまま、とはいかない)

 九条羽鳥がいなくなった今、影に潜んでいる場合ではない。名を売り、実績を積むべき時だとリーダーに説かれ、数年前から所属していたファランクスを脱退。

 そして今日の獲物は陰日向に潜んでいたトーチにとってまさに千載一遇の機会だった。


「くそ、っっ」

 舌打ちしながら、トーチは逃げていく。病院の敷地を抜け、出来るだけ人目に付かないように注意を払いつつ逃げる。

「最悪だ」

 暗殺は失敗、手傷を負わされた上によりにもよって顔を見られた。

「何故失敗した、何故だ」

 分からない。邪魔など入る余地などなかったはずなのに。

「ハァ、ハァッ」

 気を抜けば意識が途切れそうになるもその都度、ズキン、ズキンとした痛みによって現実に引き戻される。腕を失った事自体はマイノリティである以上、そこまで問題ではない。リカバーに集中すれば傷は癒え、腕も元に戻る。

「失敗した理由は何だ──」

 公園に逃げ込み、考える。手順は問題なかったはずだ、と。潜入も問題ない。それより何よりもおかしいのは、何故あの部屋に敵が待ち受けていたのだ、と考えて、はたと気づく。

「────ルサンチマンか」

 そうとしか思えなかった。この暗殺を知っているのは自分を含めて三人。リーダー、そしてルサンチマンのみ。電話越しに聞いていたに違いない。

「くそ、あの足止めしか能のない無能が──」

 こみ上げる怒りで今にも炎を噴き上げそうなのをこらえつつ、リカバーに意識を向ける。とにもかくにも、まずは腕を戻さねばならない。

(待て、足止めしか出来ないとは言え、情報が漏れたなら、)

 それはつまりは、とトーチは最悪の事態を想定。

 そしてそれは。


 ──うん、すぐ近くにいるよ。

「わかった」


 ザ、ザ、という足音にトーチは警戒心を露わにした。

 公園の茂みに身を伏せ、様子を窺う。

 嫌な予感がした。何故なら、ルサンチマンが妨害を試みた相手はあの男だったのだから。


 ──どう、見つかった?

「いいや。でもそう遠くへは行けないはずだ」


 声だけ聞く限り、相手は若い。恐らくはまだ未成年だろう。

 どうやら何者かと話しているらしいが、残念ながら会話内容までは聞こえてこない。

 だが相手が誰だろうとも関係ない。

(来い、ここまで来たら殺してやる)

 トーチはこちらへとあるいてくる何者かをやり過ごすのではなく、殺害する事を決意。息を殺し、されどいつでも飛び出せるように身構える。

 足音がさらに近付いてくる。

 ザ、ザ、ザ、ザ…………。

 そしてその音がいよいよ間近に迫った頃合いを見計らい、「うるああああ」叫び声と共にトーチは踊りかかった。

 先手必勝、この場合は先手必殺とでも言い直すべきか。今さっき再生したばかりの腕を瞬時に炎で覆って突き出す。

「死ねッッッッ」

 触れさえすれば終わり。相手の身体は瞬時に燃え上がり、事切れる。

(無関係の奴だろうが何だろうが関係ねぇ)

 炎をまとった手は狙い通りに相手へ触れた。これで詰み、ジ・エンド。

「恨むなら自分の運のなさを恨めッ」

「──ああ、同感だ」

「──へ?」

 手が掴まれ、ぐいっと引き寄せられ──。

「ひゅべフッッ」

 鼻先に左縦拳が叩き込まれる。突き抜けるような痛烈な痛みがトーチを襲う。

「捕まえた」

「──ぐがっ」

 さらに前へ引き出され、胸部に肩を用いた体当たり。息が抜けていく感覚と共にトーチの意識は遠退くも、相手は手を緩めない。

 足を払うように右膝下を蹴られ、がくりと姿勢が崩れ、左肘で鳩尾を一撃。さらに残った左膝下を払われた。完全にバランスを失って倒れ込みそうになるのを肩をぶつけて阻止。右手を手放し、後方へ突き飛ばした。そこに駄目押しとばかりに左右の手を用いて顔を挟み込むように殴打。

「か、ふぅ」

 ぱぁん、という妙に高い音、軽そうな音とは真逆に脳を激しく揺らす一撃を受け、トーチは為す術なく意識を刈り取られた。



 ◆◆◆



「──はっっ」

 トーチが目を覚ませば、そこはさっきまでとは明らかに違う場所。

 公園ではなく、錆びた臭いが鼻を突く事に合わせ、埃っぽい空気。

(何処かの倉庫か?)

 務めて冷静に状況を判断しようと試みる。焦りは禁物。それは自らの死期を早めるだけだと理解している。

 そこに声がかけられ、振り向く。

「思ったよりも冷静だね」

「──クリムゾンゼロ」

 ち、と舌打ちしたい気分だった。ルサンチマンがしくじった事が確定。

「用件は何だ?」

「分かってて聞くのか?」

「いいや、俺は生憎と学ってモノがなくてね。きちんと言ってくれなきゃ話が繋がらないんだ」

 トーチは出来るだけ情報を集めようとしている。

(しかし、妙だな)

 その一方で違和感を覚えた。

 目の前に立つのは紛れもなくクリムゾンゼロこと武藤零二だ。

 面識こそ今までなかったが、要注意人物を見間違える訳もない。

「成る程ね。確かに一方的過ぎたかも知れないな」

「あ、ああ」

 会話をしながら、抱いた違和感は消える所かより大きく広がっていく。

(何だコイツ──まるで)

 話に聞いた武藤零二とは、とかく粗暴。短気で口が悪く、すぐに手を出す。他人の言うことになど耳を貸さない。敵と判断した相手は問答無用で焼き尽くし、後には塵も残らないとか。

 無論、そんなのを鵜呑みになどするつもりはない。

 だが、噂というのは尾ひれがつくものではあるが、真実の一端を伝えるものでありもする。

 少なくとも、短気なのは事実だろう。言うこと、についても九条羽鳥には従っていた。

 “安易に他人を信用せず、慎重なのだろうさ“とはリーダーの評した言葉だったが、恐らくそういった一面を持っているのだろう、とは理解した。

 だからこそ、今回の件でクリムゾンゼロは足止めするに留めた。リーダー曰わく、彼も()()()()()だったにもかかわらずに。

(だが、こいつは)

 改めて自分の目の前に立つ少年へ視線を向ける。

 そこにいるのは武藤零二だ。だが、その印象は明らかに違う。

 トーチが思っていた武藤零二とは、まさに荒々しく燃え盛る炎。感情の赴くままに猛威を振るう、そんなイメージだった。

 それがどうだ。そこにいる武藤零二からはそうした荒々しさが欠片も見受けられない。

 淡々とした口調で、こちらを追求。それに何より──。

「君は何故彼女を狙う?」

「……っっ」

 その目だ。その目はまるで鋭利な刃物のように鋭く、突き刺さるような圧力を感じさせる。

「答えてくれるか?」

「別に、彼女、とは限らないだろう」

「とぼけるつもりなのか?」

「とぼけてなど──ぐがっかっっ」

 ベキ、という音。トーチの呻き声が響く。

 02は手首を掴むや否や、そのまま一気にへし折った。

「もう一度尋ねるよ。どうして彼女を狙った?」

 その目は、炎ではなく、まるで氷のような冷徹さをたたえていた。


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