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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 15
507/613

もう一人の自分(The other me)その19

 

「はい。そうですか、彼らは……分かりました。後は僕が何とかします。協力ありがとうございました」

 02は皐月からの電話で、敵が何者かを知り、狙いを知った。

「じゃあ、行かないと。巫女ちゃん、手伝ってくれるかい?」

「──」

 神宮寺巫女にとって、その言葉はずっと待っていたものだった。

 例え、目の前にいるのが自分が一緒だった武藤零二とは別の誰か、なのだとしても関係ない。彼女はずっと待っていた。

 自分を頼られるのを。自分の力で誰かを救えるのを。

 だから、返事はとっくに決まっていた。

「いいぜ」

 開口一番。一切の迷いのない笑顔と返事を返した。



 02は「ありがとう」と感謝の言葉を返す。

(悪いね。零二(きみ)にとっては望まない事だろうけど、彼女を借りるよ)

 零二にとって神宮寺巫女、という少女が妹分、というより家族同然の存在だとは理解しているつもりだった。だからこそ、彼女を自分のいる世界、日の当たらない裏側の世界へ巻き込みたくなかった事も知っていた。

(だけど、多分僕だけじゃ出来る事なんて限られているんだ)

 彼は冷静に自分の状態を推し量る。

 そもそも、ここに顔を出している自分がどういったモノかを考えれば、彼に選択肢などないのだ。

(彼女を巻き込んでしまった事は本当に悪かったと思う。だから、もし、君に出会えたらいくらでも殴るなり何なりとすればいい。だけど)

 だが、02にもどうしても守らねばならない。守らねばいけないモノがある。

 そして、理解した。

 これが罪悪感なのだと。

 あの白い箱庭ではついぞ理解出来なかった感情を、今になって知ったのだ。



 ◆◆◆



 九頭龍中心部より少し離れた国道の近くに、その場所はあった。


「さて、と。そろそろ頃合いだな、おい」

 一人の男が車を動かし、目的地へ、より正確にはその駐車場へと入っていく。

 駐車場に入る前に、わざわざゲートで本人確認証の提示が必要なのは、ここが普通の場所よりもそういったセキュリティ面に気を遣っている証左なのだろう。

「あ、あの」

 怯えた声で同乗者、車の運転手が訊ねる。

「何だ?」

 男は不快感を隠す事なく運転者に伝える。彼にとって運転手の事などどうでもいい存在でしかないのを明確に伝える為だ。

「い、いえ。その、大丈夫なんですよね?」

「何がだ?」

「い、いや。その言う通りにさえすれば何もしない、んですよね」

「ああ」

 運転手にすれば男の言葉だけが頼りだった。



 そもそも彼らの間に接点などない。マンションの地下駐車場にて、運転手が車に乗ろうとした所を後ろから忍び寄ってきた男に、羽交い締めにされ脅された。

「騒ぐな。騒げばお前の命はない」

 とても冗談に聞こえない言葉、そして締め上げる力の強さの前に運転手は屈伏。こうして望まざる同乗者を乗せてここまで来た。



 キキ、と車のタイヤの滑る音がする。

 間もなく時間は二十時。

 さすがにこの時間にもなると駐車場も空きが目立つ。

「手前には停めるな」

「は、はい」

 運転手は男の言う通りに車を駐車場の地下一階、その一番奥で駐車する。

 ここまでしたんだ。言われた事は全部こなした。なら、もう。

「これでいいでしょうか」

「ああ、いいだろう」

「それじゃ、これで」

「ああ、充分だ」

「…………ぅえ?」

 空気の抜けたような声は運転手の肺をナイフが貫いた結果。

「────」

 声を出そうにも口は塞がれている。いつの間にか手袋をしていたのは、最初からこうする……。

 じたばたと車内で精一杯の抵抗を見せるも、ここは駐車場の一番奥で周囲に人影などない。声も出せず、ナイフはまるで火でも放つかのように熱く、身を焦がすよう。

「…………か、ぐ」

 それだけ言うと、運転手は息絶える。男が手を離し、ナイフを引き抜くと、がくりと力無く首を垂れ、身体も前へと崩れていく。

「おっと」

 そのままでは車のクラクションを鳴らすのを、首に手を回して阻止。前ではなく、横へと引き倒す。

「手間を取らせやがる」

 殺した事になど何の罪悪感もないらしい。男は今殺したばかりの運転手のバッグを探ると、財布を取り出す。

「これだな」

 そして財布にあった金には目もくれずに、一枚のカードだけを奪うと、車から降りる。



「おはようございます」

「お、おはよう。夜勤かな?」

「ええ、今からです」

「そっか、カード確認したから入って」

「ありがとうございます」

 建物への出入りは、守衛がカードの照合で許可を出す。

 カードを持たない者は、様々な書類を書いた上で、本人確認を取り、登録する流れとなっており、大半の人間はそうまでしてここに入ろうとはしない。

 男が奪ったあのカードこそまさしく登録されたカードであり、彼が哀れにも命を失った理由でもある。

(しかし、本当に上手く潜れたな)

 男は正直言ってここまで容易く潜入出来るとは思いもよらなかった。

 標的がここにいる、と知った段階で、難易度は跳ね上がった。リーダーが手立てならある、といってあの哀れな運転手の事を紹介しなければ、無理矢理にでもここに押し入るリスクを冒さねばならない所だった。

(本当に髪型を似せるだけで、怪しまれないんだな)

 リーダーが何者なのかはファランクスの誰も知らないのだが、どうにも堅気とは思えない。

 ファランクス内でも彼の正体は秘密であり、それを調べるのは御法度。以前、それを破って調査した馬鹿がいたが、いつの間にかメンバーから除外されており、連絡も付かなくなった。消された、というのは誰の目から見ても明らかであり、それを契機としてメンバー内でリーダーについて調べる者は表向き存在しない。

(ま、そもそも全員の知ってる訳じゃないしな)

 そもそも、ファランクスのメンバー全員が顔合わせした事など一度もない。

 例えばルサンチマンなど、常にスマホでメールや通話での連絡しかしていない。

(まぁ、それもアリだわな。何せ、)

 自分達はあくまでも裏の世界の住人同士。今日は仲間でも、明日も同じとは限らない。

 所詮は仕事で殺しだの、情報収集だのの役割分担をしているだけの関係。

(結局、リーダーの思惑次第でどうにでもなる、そんな程度の間柄なのだろうさ)

 どうにも考え過ぎだとは思いつつも、男はエレベーターに乗り込んだ。

 以前から知ってはいたが、玄関からこのエレベーターまでは全面ガラス張り。日中ならともかくも夜になって暗闇の支配が強まっていくこの時間になると、外を見ればまるで海底から浮上していくような感覚すら覚える。

(ち、俺らしくもないな)

 しかしそれも無理もない、と思う。

 何故なら今回の標的は仕留めるのが難しい。正確に云えば、仕留める為に必要な前段階。この建物に入るのが難しかった。

 何せ、ここは真っ只中なのだから。


 チーンと音を立てて、エレベーターが目的の階に辿り着く。

 扉が開き、目の前に映るのは、一見すると病院なのだが、そこには普通の病院ではまずいないであろう、重装備の警備員の姿がある。

「…………」

 頭を下げつつ、警備員には本人確認証を提示。カードスキャンの後に、ゲート代わりの透明な扉が開く。警備員が声をかけた。

「入って」

「ああ、ありがとう」

 男はわずかに表情を引き締め、中に入る。何せここは九頭龍総合病院の特殊病棟、つまりはWG九頭龍支部なのだから。


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